親父の暴露


「行けないです」



 開口一番,祐輔くんはそう言った。

 事情を聞いても「いけない」の一点張りで,説得を試みても頑として譲らない。

 不穏な状況を感じ取ったのか,シーマンを抱えた大貴がおれの耳元に顔を寄せた。



「本当に申し訳ないことをしたと思っています。自分が犯した罪と向き合い,報いようとしたんです。でも・・・・・・どうしても足が動かなくて,具合も悪くなってきちゃって・・・・・・」

「甘えんなや!!」



 不意にシーマンが怒鳴り声をあげ,水槽が海底地震でも起きたかのように震えた。

 祐輔くんが息をのんでいるのが伝わる。



「おのれ,ええ加減にせえよ。そうやっていつまでも逃げながら生きていくつもりなんか? ええか。とんずらこきよったら知らんけんの。地獄の底まで追いかけちゃるで」



 一息に言い切った後,息を切らして口から泡をこぽぽと拭きこぼす。

 少し間をおいて,「それにのう」と続けた。



「もしかしたら,わしらはお前を見つけることが出来んかもしれん。この前会うたのが最後になるんかもしれん。それでも,覚えとけや。大切な時に“逃げた”ちゅう事実は,自分が一番見とる。その眼はの,きついでぇ。一生話してくれんけんの。ずっとじゃ。何か頑張ろうとしとるとき,自分に自信を持てそうなとき,心が折れそうなとき・・・・・・ありとあらゆるときに,お前はその眼に苦しめられ続けるんど。その覚悟があるんじゃの?」



 祐輔くんは今,何を思っているのだろう。

 シーマンの言葉に心動かされて前向きになっているのか,それとも・・・・・・


 「あ」という間抜けな声が思わず漏れた。

 ツー,ツーと無機質な音が,通話の終わりを機械的に示す。

 くそ,と心の中でじだんだを踏んでいたが,シーマンはなぜかギラギラと力強い目をしていた。



「苦労かけてわりい」

「なんで大貴が謝るんだよ」

「関係あらへんしな。お前ら」



 そっぽを向いて,つんと言い放つ。

 大貴は窓の外も見ながら,きまりの悪そうに鼻頭をかく。大貴なりに,申し訳ないと思っているのだろう。関係ないと言われればそれまでだが,放っておくわけにはいかない。大貴の父に親としての自覚を促し,一緒に卒業しないと。大貴にだって幸せをつかむ権利はあるのだから。



 そうこうしていると,大貴の父親が戻ってきた。



「おう,連絡はついたか?」



 陽気な声をしているが,瞳の奥の光は鋭い。来ないかもしれない,と告げた後のこと想像すると,何も返事を返せないでいた。

 おかしな様子を察知したらしく,大貴の親父は少し不服そうに見える。



「なんだよ。もしかして,来ないんじゃないだろうな。約束と違う,ってことにはならねえだろうな」



 凄んでいるわけではないのに,ひるんでしまう自分が情けない。

 怖気づいているのを悟られないようにしていると,横から大貴が声を発した。



「こーへんかもな。相当おどしといたし」



 その言葉を聞いて,大貴の父親は目を丸くした。



「脅しただと? また,なんでそんなことを・・・・・・」

「会わせたくないねん,こんなくそ親父に」

「お前なあ,いつまで意地張っているんだ」

「意地張ってんのはどっちや。自分が愛した女やろ。追いかけえや,このでくの坊!」



 おいおい,どういうことだ。話の展開についていけなくなって頭がくらくらしてきたところで,シーマンが割って入る。



「親父さん,悪いんじゃけどのう,我が子を傷つける大人の話は聞きたくないんじゃが,一生もんのでこの傷をつけたんじゃ。取りあえずここの治療費ぐらいは持ってくれんかの」



 ただでさえ情報量が多いこの状況で,この魚はなんて情報をぶっこむんだ。それに,この父親,常に違和感はあったのだが,なんだか大貴から聞いていたのと印象が違う。



「おいおい大貴。お前そのほらを吹くのはいい加減やめてくれよ。そのせいで何度児童相談所から指導があったと思っているんだ」

「え・・・・・・,あの額の傷はお父さんが付けたものじゃ・・・・・・」

「勘弁してくれよ。だからそれは,そいつが自分でつけたんだ」

「自分でつけた?」

「でたらめ言うなや! 自分のでこに煙草の火ぃおしつけるあほがどこにおるんじゃ!」



 馬をなだめるように,どうどうと大貴の父親は手のひらを下にした。



「そのまさかだよ。その傷はこいつが自分でつけたんだ。昔だから,ストーブの上にやかんを置いて温めていた時代があったんだが,まあ今頃の若いやつは知らねえよな。このばか,そのやかんを温めるところに自分の頭を打ち付けたんだ。何の音だとこっちがびっくりしたほどだ。何があったのか聞いても答えやしねえし,その件に関しては謎のままだ気づけばいつの間にかおれが悪者になってたってわけだ。こいつは悲劇の主人公を演じてるが,本当の主人公はこっちの方さ」



 ふー,と息を吐いた大貴の父親は辺りを見渡し,「ちょっと煙草吸ってくるわ」と言って喫煙スペースへと歩いて行った。胸ポケットから取り出したのは,ソフトケースの赤マルだった。


 説明を求めるように大貴の方を見ると,何食わぬ顔で忙しそうにスマホをつついている。

 「説明しろよ」,と問い詰めても一向に反応しないので,スマホを取り上げるつもりで画面をのぞき込むt,大貴はただただホーム画面を右へ左へとスライドさせているだけだった。


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