第2話 婚約破棄なんか絶対しない。(ハインリヒト視点)

 僕には婚約者がいる。


 この国唯一の公爵令嬢で、教養も気品を兼ね備えたとんでもなく可愛らしい女性だ。


「ココはまだかなぁ」


 婚約者とは、我が王国コンコールド国の公爵家のひとり娘、“ルージュココ・ヴォルティス”だ。愛と親しみを込めて「ココ」と呼んでいる。


 艶やかな黒髪と緑葉のような鮮やかなグリーンの瞳を持った彼女は抱き締めたら折れてしまいそうなスタイルの持ち主でいつも怖くて触れられないでいた。


 ココとは三ヶ月に1度のお茶会でしか会えないが、彼女は極度の恥ずかしがり屋なので無理強いは出来ないのだ。なんせ、顔を合わす度に「婚約破棄しませんか?」と聞いてくるくらいの恥ずかしがり屋なのだから。


 ふふ、僕と会うのが恥ずかしいからってつい「婚約破棄」なんて言っちゃうココは可愛いなぁ。これでも長年婚約者をしているのだから、彼女の考えていることなんてお見通しだ。


 それに、僕には絶対に婚約破棄したくない理由がある。それはココの未来に関わる重要な事なのだ。


「ハインリヒト殿下、お待たせ致しました……」


「やぁ、ココ!僕も今きたとこーーーー」


 本当は三時間前からスタンバイしていたが、僕を待たせていたなんて知ったらココが気にするかもしれないからね。なんせ彼女は繊細でか細い……


 ぽっちゃりーん。


 なんて事だ。つい三ヶ月前に会った時は風が吹いたら飛ばされそうな程に細くて、抱き締めるどころか触れたら壊れそうだったのに。目の前に現れた彼女は丸々としていて抜群の安定感を模したフォルムに変化していたのだ。


 あ、胸が大きくなってる。(照)


 そうか、そう言う事か。僕は瞬時にココの気持ちを察した。今の彼女なら風どころか台風が来ても飛ばされたりしない。牛の大群だってはね飛ばしそうな弾力を持っている。これは、これなら……。


 思いっきり抱き締めても大丈夫だ!つまり、僕の愛を受け入れる準備ができたと、体型で表現してくれたんだ!もう、ココったら言葉で言えないからって見た目で体現してくれるなんて……おちゃめさんだなぁ!


「胸が大きくなった?ざっと見てEカップだね」


 つい触りたい欲求が口と手の動きに出てしまったが、ココが顔を赤くして頬を膨らますのを見てさらに愛しさが増した。


 その後はいつものように婚約破棄を勧められたが僕もいつものように断るやり取りが続く。これはあれだね、まるで熟年夫婦の定番のやり取りのようだね。


 そして楽しいお茶会も無事に終わり、ココは心なしかよろめきながら帰っていった。あぁ、結局抱き締められなかったなぁ。だってココの後ろに控えている侍女がなぜか顔面蒼白でずっと泣いているものだからなかなかそんな雰囲気になれなかったんだ。








 ***






 さて、僕とココはもうすぐ学園に入学する。学園でなら毎日ココに会えるし楽しみなのだが不安もあるのだ。なぜなら……





 実は僕が転生者で、この世界が乙女ゲームの世界だからだ。そして愛しのココは攻略対象者である王子の婚約者で悪役令嬢なのだ。


 王子に婚約破棄された悪役令嬢の末路は酷いもので、とてもじゃないが容認できるはずがない。


 だって、僕の最推しはその悪役令嬢なんだから!悪役令嬢“ルージュココ・ヴォルティス”こそ僕の理想!僕の女神!至高の存在なのだぁ!


 つまんない事故で死んでしまったが、目覚めたらその悪役令嬢が婚約者だなんてまさに夢のようだった。


 だから僕は神に誓ったのだ。絶対に婚約破棄なんかしない、ココを守り抜くと!ヒロインなんかなんぼのもんじゃい!


 それにしても突然ココのフォルムが変貌していたのには驚いたが、ゲームではそんな描写はなかったはずだ。(なんせ全ルートでの悪役令嬢の姿を拝むために鬼クリアしたので)もしかしたら僕の愛の力の作用で少しは状況が変わろうとしているのかもしれない。


「……それにしても、ぽっちゃりしたココも最強に可愛かったなぁ」


 僕は結婚したココが両手に子供を抱き抱え、ココの尻に敷かれている自分のいる子沢山家庭になるのを想像して嬉しくなったのだった。





 そう、この王子は“ルージュココ・ヴォルティス”ならば存在全てが好きなので悪役令嬢が痩せていようが太っていようが関係ないのであった。ヒロインなんてクソくらえである。


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