幕間1 私だって……
地面が揺れた。
それが敵の攻撃によるものだと気付いて、私は咄嗟に後ろへ跳ぶ。
「姫野さん、お怪我は!?」
「うん、大丈夫!」
ベロニカさんが心配して声をかけてくれた。向こうだって余裕が無いだろうに、こんな時でも立派に委員長としての役割を果たしてくれている。
……私だってクラスの一員なんだから、へばってなんかいられないよ。
「サイコキネシス……!」
周りの地面に意識を集中させる。
浮かべ。
浮かべ。
浮かべ。
ピシッ、と幾重にも亀裂が走る。
私の意志は超常の力となり、自分の何倍もある大きさの瓦礫を地面から削り取った。
強度は少し心許ないけど、贅沢は言っていられない。
砲弾はこれで完成。あとは相手にぶつけるだけ。
「……当たって!」
強く念じると、その通りに私の隣から瓦礫が撃ち出された。
狙いはあのコバヤシとかいう背の高い人。ヨシツネちゃんと戦っている最中に悪いと思うけれど、背中から不意打ちさせてもらいます。
だって、それくらいしないと私なんかじゃ勝てっこないもの。
「喰らえぃ、猫又あつあつ炎獄!」
ヨシツネちゃんが、私の攻撃に気付いて足止めを掛けてくれた。周りに現れた炎の壁にコバヤシさんが視界を遮られている。
こっちに背を向けている上、炎の壁があるから気付かれはしない筈。不意打ちとしては理想の形になる。
「ふむ、良いコンビネーションだね」
でも瓦礫が当たる寸前、コバヤシさんはまるで背後が見えているかのように真上に跳んだ。
瓦礫の砲弾は誰も居ない空間を通り過ぎて、建物にぶつかって盛大に壊れる。
な、なんで分かったの!?
「しかしまだまだ未熟だ。我輩の虚を突くには精進が足らないな」
「なんの、ウチぁまだ120ぱーせんとしか力を出しとらんぞい!」
「……それって既に全力以上だと思うのだがね」
やめてヨシツネちゃん、おバカさんなのがバレてるよ。
鳥の羽のように、軽やかに着地を済ませるコバヤシさん。
余裕の溢れた仕種は格好良いけど、ジャージ姿なのがちょっと残念かも。
「さて、続きを始めよう。誰か我輩に手傷を負わせられる者はいないのか?」
分かってはいたけれど、ここまで実力に差があるなんて……。
私達の人数は30人。相手が3人だから、今は10人ずつに分かれて戦っている。
1対10。十倍もの人数がいるのに、コバヤシさんにも他の二人にも全然敵わない。
そもそもこの人達は、まだ本気を出していない。化け物……なんて言ったら口が悪いけど、本当にそう思ってしまいそう。
「打つ手は無しかな?なら無情なまでに圧倒させてもらうが……」
「ぶるぁあああああああッ!京都神鳴流、斬・岩・剣!!」
コバヤシさんが言いかけた時、付近に大きな叫び声と破壊音が響き渡る。
皆が一斉に音の方を向くと、近くにあった建物の屋根が、内部から打ち破られているのが見えた。
間違いない……今の声は不洞さん。
「おぉ、あっちは面白いことになっているね」
屋根の上で刃と刃を打ち鳴らせているのは、不洞さんと敵のリーダーさん。二人とも振る剣が速過ぎて全然見えない。
「リーダーに肉迫するとは、あの少女……なかなか。次は我輩が手合わせ願いたいな」
……凄い。やっぱり不洞さんは凄い。こんなに強い人達と互角に渡り合うなんて。
私もいつか、不洞さんみたいに強くなれるかな。
「駄目、コバヤシ。リーダーが負けたら次は私がリベンジする。コバヤシの番はその後」
と、いつの間にか現れた金髪の女の子コロネちゃんが、とても不満そうに目を細めていた。
というか、リーダーさんが負けるの前提なんだね……。
「むむ、それは少しばかり勝手が過ぎるというものだよコロネ。君は一度手合わせしたじゃないか」
「この間は万全の状態じゃなかった。だから無効」
「エゼルリングは、一昨日の段階では君の最強の武器だった筈だ。あれが万全でないと言い張るのかな?」
「大人が子供に譲るのは当然の理」
「こういう時だけ子供面をするのはどうかと思うのだがね」
……なんだか口論が始まっちゃったみたい。緊張感が無いなぁ。
でも彼女達と違って、私達はそんなにリラックスしていられない。
「余所見をしている暇は……ありませんわよ!!」
今までコロネちゃんと戦っていたベロニカさんが、豪快に飛び掛かって剣を振り下ろした。
「遅い。あと弱い」
「な……ッ!?」
対するコロネちゃんは大きな斧を軽々と振り回して、真正面からベロニカさんを遠くに弾き飛ばす。
どう見ても小学生くらいなのに、あの小さな体のどこにあんな力があるんだろう。
「ぐっ……これしきの事で参るわたくしではなくってよ!」
地面に剣を突き立て、そのままガリガリと削りながらベロニカさんの体がようやく止まった。
怯まずにまた走り出すベロニカさんは本当に勇気があると思う。
「神楽坂さん、援護をお願いしますわ!」
「あいよ……任せといて……」
要請を受けた満子が、生気の無い顔で2丁拳銃を構える。
満子……一体どうしたんだろう?今朝からずっと元気が無いみたいだけど。
まさか、あの日なのかな?
様子は変でも、トリガーを引く満子の腕は鈍っていない。むしろいつもよりキレがあるような気がする。
「ぶっ飛べ……もう何もかもぶっ飛べ……彼氏持ちとか地獄に堕ちろ……」
なんだかすごく怖い言葉を呟きながら、満子は何発も何発も撃鉄を打ち鳴らしていた。
満子が放つ銃弾には念が込められている。武器や物の強度と威力を増幅させるこの技は1年生の時に習う基本技術だけど、満子の念は他の誰よりも屈強に練り込まれている。
ベロニカさんのように優れた家系の出身じゃないし、私やヨシツネちゃんのように特殊な力を持っている訳でもない。
そんな満子が皆に遅れをとらない為に、徹底的に磨いてきた基礎は伊達じゃないんだから。
「……邪魔」
斧を盾代わりに構えて、銃弾から身を守るコロネちゃん。満子がリロードに入った瞬間、走り出して豪快に斧を振りかぶった。
でもその目の前ではもう、ベロニカさんが剣に光を宿らせている。
「セレネ・サイフォス!」
剣先が描く光の三日月。それは回転する斬撃となって、至近距離でコロネちゃんに放たれた。
あの距離なら、回避なんて絶対に出来ない。
「ところがぁー、どっこい。躱せないなら壊せばいい。簡単なこと」
「なッ……まさか!?」
コロネちゃんが、前に出していた足で踏ん張ってブレーキをかけた。地面に亀裂が走り、完全に止まった体をその場で捻って三日月に斧をぶつける。
拮抗は一瞬。巨大な刃に三日月は両断されて、コロネちゃんを避けるように二手へ飛んでいった。
「今度はこっちの番」
危ない!今のベロニカさんは攻撃したばかりで隙がある!
「間に合って……!」
私は急いでサイコキネシスを発動し、近くにあった適当な瓦礫を弾薬として補充する。
でも駄目……全然間に合わない。
「エア・ヴォルテックス」
コロネちゃんの大斧を包むように鋭い風が吹き荒れる。
まるで風のチェーンソー。あんなものをまともに受けたら、いくらベロニカさんでも……。
「俺達の存在をぉ!」
「忘れてもらっちゃあ!」
「「困るぜぇええええッ!!」」
そんなピンチの中に駆け付けてくれたのはクラスの男子達5人。ベロニカさんの前に割って入って、全員で風の斧を受け止めた。
「笑止」
……のは一瞬で、コロネちゃんが斧を振り抜くとみんな遠くに飛ばされる。そのまま頭を打って気絶しちゃった。
うわぁ、痛そう……。
「貴方達の犠牲は無駄にはしませんわ!」
何とかピンチを切り抜けたシェリーさんは、再び剣に光を宿してコロネちゃんに立ち向かう。
私も負けてられない。
「ボルトキネシス」
イメージするのは雷。サイコキネシスで浮遊させた瓦礫を媒体に念じると、瓦礫が青白く発光して電気を帯び始めた。
これが私の一番得意な合わせ技。
「サンダー・バレット!」
デコピンの要領で、力を蓄えてから一気に解き放つ。
コロネちゃんの相手はベロニカさんがしてくれているから、狙うのはコバヤシさんだ。
「ほほう、やるのかね?良いよ、相手になろう」
真正面からぶつかって勝てるなんて思わない。だからちょっとズルいけど……、
「ヨシツネちゃん!」
「合点承知なのじゃ」
こっちは二人掛かり。他の皆の中にはダウンしている人もいるし、あまり応援は望めない。
「猫又剛速球!」
私の攻撃に続いてヨシツネちゃんから大きな炎の球が放たれる。一発の威力だけで言えば、私のそれよりもずっと高い。
でも素直に当てにいったら躱されるのは分かってる。だから私の方は弾道を上左右に逸らして、逃げ場の無い弾幕を張ることにした。
「なるほど、考えたな。これでは確かに我輩も回避し辛い」
対するコバヤシさんは防御の素振りすら見せず、それどころか弾幕に向かって走って来る。
「だが、残念ながら回避するに値しない威力だ。範囲が広い分、密度が薄くなっているのだよ」
そう言ってコバヤシさんは、なんと炎球をただのキックで真上に蹴り飛ばした。
嘘……熱くないの?
「ふん、見くびるでないぞ。今の剛速球は十五割の力しか使っておらんのじゃ!」
「だからそれは既に限界突破しているよ」
ひょっとして15%って言いたかったのかな?どっちにしてもヨシツネちゃんのは強がりで、実際は全力だったと思う。
「ウチの本領は近接格闘じゃ!彼の英雄ピカソすら泣いて逃げ出す技の数々を見せちゃるぞ!」
「芸術家を驚かせてどうなるのかは知らないが、そこまで自信があるなら期待せざるを得ないね」
ダメ……なんだか色んな意味で見ていられないよ。
今度勉強会でも開いてみよう。もちろんヨシツネちゃんも一緒に。
「必殺、はいぱぅわぁ猫パンチ!」
ヨシツネちゃんが大振りのパンチを繰り出す。
私でも見切れそうな拳は容易く回避され、そのお返しと言わんばかりの掌底がヨシツネちゃんの額に叩き込まれた。
「ぺもぁっ!?」
「清々しいくらいに無駄の多い拳だね。せめてもう少し脇を締めるべきと助言しておこう」
凄く強そうな一撃を受けて宙を舞い、積まれた木材の山に突っ込んで粉塵と砂が巻き上げられる。
「うにゃあぁぁ……」
急な衝撃が頭に入ったせいか、ぐるぐる目を回しながら星を追い掛けているヨシツネちゃん。
とっても可愛いけど今はそれどころじゃない。
「やれやれ……鍛練以前に格闘技としての形がなっていない。きちんとした流派を学ぶべきだ」
もう聞こえているかどうか分からないヨシツネちゃんにそう言い残し、コバヤシさんは私の方に向き直った。
やっぱり歯が立たない……どうやったらこんなに強くなれるんだろう。
「……サイコキネシス」
ううん、考えていてもダメ。今やるべきなのは、精一杯の力を敵にぶつけること。
「ほぅ、君は良い眼をするね。我輩そういう眼は嫌いじゃない。その意気込みの程、しかと見せてくれたまえよ」
勝てないのは分かってる。
でも……だからって、諦める理由になんかしたくない。
私も、もっと頑張らなくちゃ。
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