レズビアンが世界を救う!? ~目が覚めたらパワフル巨乳美少女に~
神山とうほ
目覚めは突然になの
第1話 君子危うきに近寄らず。それは、不慮の事故には何の意味の無い言葉
担架の車輪が廊下を駆ける。ガタガタと振動する音が、俺の鼓膜に嫌に響いた。
(…………)
意識が朦朧としていた俺の耳には、周りを囲む数人の女性の声が聞こえてくる。
かなり慌てているのは判るが、肝心な会話の内容は聞き取れない。
俺の口には医療用の呼吸器があって、送られてくる酸素が重く感じられる。
視界が霞む。ただ、どうやら自分が担架で運ばれているということだけは理解できた。
アレだ。よくテレビドラマとかで、重傷の患者が白い廊下を運ばれてるようなシーン。あんな感じ。
……あれ?重傷?
ということは、俺は怪我をしてるってことか?っていうか痛みが無い時点で、相当にアレな状態なんじゃないか?
なんだろう。そう自覚した途端にヤバい気がしてきた。頭が回転し始めたせいか、意識も少しだけハッキリしてきたような……。
「――さん!不洞さん!しっかりしてください!この指が何本に見えますか!?」
ほら、ちょっぴり聞き取れるようになったぜ。
意識の確認のためだろうか。看護婦さん(声的に美人確定キタコレ)が、俺の目の前で指を立てている。
うん。アレだな。
「……綺麗な……指だよ。ハァハァ」
腹から声を振り絞ってそう言うと、看護婦さんは「ダメだこりゃ」みたいな様子で心底ウザそうに溜め息なんぞ漏らしやがった。
畜生。今、素で「死ね」とか考えただろ絶対。後半の喘ぎ声くらい大目に見ろよ。こっちは死にかけなんだよバーロー。
いやそれにしても、呑気に愚痴れるってことは俺も割と余裕だな。
思い出すよ、今までの日々を。
小学生の頃の初恋とかさ。フラれたけど。流石に2学年も下の女の子ってのはまずかったな……相手の年齢は一桁だったし。
その後、クラス中の男子から笑いモノにされたのは俺の黒歴史よ。
中学生は人生で一番偉大なものと出会った時期だな。うん、アニメとかラノベとかだよ?どっぷりハマったけど何か?
あぁ、そういえばまだ録画したままのアニメがあったなぁ。家に帰ったらちゃんと全部消化しないと。
高校生時代は……正直、良い思い出が無いな。だってアニメとかゲームとか満喫してたから友達いねぇし。
修学旅行の宿泊先で俺だけ一人部屋ってのは泣きそうになったけどな。あれは流石に辛かった。
で、その後は受験に失敗して、浪人という名の本格ニート生活のスタート地点に……。
……って待て待て待て待て待て!今走馬灯入ってた!走馬灯入ってたし!死亡フラグ全開じゃねーか!!
これは本格的にヤバイ。意識して精神を体に繋ぎ止めてないと、マジで昇天しかねない。
俺がそう強く決意した途端、俺を運ぶ担架が急カーブに突入した。
「ぶるぁああああああああああああッ!?」
「あぁっ、不洞さん!?」
いくら何でも急すぎんだろ。血液っつーか内蔵っつーか、色んなもんが慣性の法則で飛んでいきそうになったよ。
決意したそばから成仏を狙ってくるとは、この看護婦たちもなかなか侮れん。
今の一撃はかなり効いた。もう俺の命は風前の灯よ。
頼む、誰か一番いいエリクサーをくれ。ラスボスまで溜め込んで結局使わないラストエリクサー症候群の人、ここに今あなたのエリクサーを必要としてる人間が居ます。
なんならメガポーションでもいいです。体力が回復するなら多少の妥協はやむ無しとします。命には代えられませんので。
あ、でもフェニックスの尾は……1度死ぬのが嫌なので却下です。
いいか、回復アイテムは死ぬ前に使え。頭数減ってからだと回復アイテム使用でターン浪費してる間に今度はそいつが敵にやられるんだよ。
などと日本の某RPGにおける理不尽なシステムに想いを馳せていると、俺を乗せた担架という名のレーシングマシンは直線的な廊下に差し掛かった。
もうちょっと速度落とそうよ。怪我人に出させて良いスピードじゃないからね、これ。
こんなスピードで突き進んでたら……嗚呼、悪い予感がする。むしろ悪い予感しかしない。
不意に誰かが飛び出してくるとか、まさかそんなベタなパターンは……。
「きゃあ!?どいてください!」
……本当にきやがったよ。
入院患者でも通り掛かったのか、「うぉい!?」と誰かがギリギリで身を躱したのが視界の端に映った。
そのせいで担架がバランスを崩し、振動で俺の体が揺さぶられる。頭がぐわんぐわんして非常に辛いです。
しかし何とか持ち直したようで、担架はそのまま直進を続ける。
だからスピード落とせって。殺す気か。
だが、これでもう驚異は無くなったはず。この看護婦たちも同じ轍を踏むなどという愚行はすまい。
ほら、右の看護婦さんなんか、ちゃんと周りを警戒してるし。
「きゃっ!?」
……転びやがった。周りを警戒してたせいで足元がお留守になってんじゃねーか。
っていうか障害物すら無かったろ。足もつれただけだろ。
災いしたのは、彼女が担架の先を掴んでいた看護婦だということ。
前方のクラッシュに巻き込まれて、後ろの看護婦も盛大にコケちまう始末。
F-1レーサーか、お前ら。
またもバランスを崩した担架がぐらぐら揺とれる。頭痛ぇ。
もうやめてゲロナースども!私のライフポイントはとっくにゼロよ!
「――まだまだぁッ!!」
残り二人にまで減った看護婦たちが、渾身の力で車体を立て直した。
まだまだって何だよ。余計なとこで根性見せんなよ。止まれば済む話だろうが。
この病院の看護婦たちは一体どんな教育を受けたんだろう?
『ナー〇のお仕事』でもこんな致命的なミスはせんぞ。
……番組のチョイスが古すぎるか。
「不洞さん、頑張ってください!もう少しで手術室です!」
やかましいわ。頑張らせてんのはどこのどいつだ馬鹿野郎。手術終わったら覚えてやがれ。
入院中の鬼ナースコールに怯えるがいい。
そんなこんなで、手術室まであと十数メートル。
結構長いな、この廊下。
やっと助かる。そう俺が油断した瞬間――、
パリィイイイイイイイン!!
隣の窓ガラスが割れ、俺の頭上を野球ボールが通り過ぎた。
よく見えたな俺。アドレナリン分泌してんのかな?
まぁそんなことはどうでも良い。問題なのは、
「ぷぎゃっ!?」
「キヨ子!!」
後方の看護婦の顔面に、野球ボールがクリーンヒットしたことだ。
ってか名前キヨ子っていうのか。昭和臭乙。
顔面に手痛い一撃を喰らったキヨ子さんはスローモーションで吹っ飛んでいき、鼻血と
かく言う俺も、顔のすぐそばに割れたガラスの破片が刺さったので失神しかけた。漏らしたやもしれん。
近くに野球場でもあるんだろうか。
バッターボックスからここまでボールを飛ばすとは、ひょっとしたら将来有望なホーマーかもしれん。
あのボール貰っときゃ良かったな。将来プレミア付けばきっと高く売れるぜ。うへへ。
なんて考えてる場合じゃない。大事なのはそこじゃない。
病院ってのは人間の命を救うためのものだろ?
救うどころか、トドメ刺す要素が満載ってどうよ。
などというツッコミを心の中だけに留めておく俺ってば紳士。
いや、単に喋る力が無いだけなんだけどさ。さっきの急カーブで体力根こそぎ持って行かれたし。
「……こうなったら私ひとりで不洞さんを届けてみせる!」
それにほら、ちょっと注意を逸らした隙に最後の看護婦さんが死亡フラグ建ててますよ。
諦めろよ!熱くなんなよ!人間、出来ないことの方が多いんだよ!
今だけは修造の教えに背いてもらいたい。
どんどん大きくなっていく不安に駆られた俺は、なけなしの体力を振り絞って頭を動かし、進行方向に視線を移した。
文字が傾いている上に霞んで見えにくいが、突き当たりの扉の上には「手術中」のランプ。
よしきた!いくら何でも、これ以上俺に試練を課すほど神様も残酷じゃないだろう。
手術室の扉が、横にゆっくりと開いていく。
なるほど自動ドアかあれ。
ってか手術室って普通自動ドアだっけ?なんかそんなイメージはないけど、まぁそういう病院もあるんだろってことで納得しておこう。
そこへ向かって勢い良く、弾丸のごとく突っ込んでいく俺たち。
減速する気配は無し。止まれるかどうか心配でならない。
「大丈夫です!扉の向こうはかなり広いので、停止するには充分なスペースがあります!」
おっと、いきなり人の心読みやがったよこの姉ちゃん。
最期の最期で新スキルを見せてくれるとは、通のツボを心得ていらっしゃる。
あれ?「最期」だと俺が死ぬような雰囲気がするな。
訂正しとこう。最期じゃなくて最後だ。かしこ。
さて、あの扉を通過したらきっと俺は手術で治療されるんだろう。どんな怪我かは知らんが、こんなに辛いんだし命に関わる重傷でなかろうか。
麻酔でぐっすりと眠り、次に起きたら病院のベッドの上だったとかね。そうあってほしいね。
そんなシチュエーションを願いつつ、俺がゆっくりと瞼を閉じた時。
「え?あれ?開かない!?なんで!?」
担架を押す看護婦さんの声色が、驚愕と不安で歪んだ気がした。
開かないってことは、アレなんだろうなぁ。
うん、アレだ。
俺はもう一度目を開き、手術室の方を見る。
扉は開いていた。
開いていたのだが、何かが引っかかっているのか半開きだった。ちょうど人がギリギリ一人通れるくらいの。
もちろん担架なら、間違い無くつっかえる。
HAHAHA☆冗談キツイぜとっつぁん。
などと笑っていられる状況じゃなかった。
「んっ……くぅ、間に合わない!」
看護婦さんは必死にブレーキをかけるが、もう遅い。
だからあれだけスピード落とせと思ったろうがバカチン!さっきの読心術あんなら判るだろ!
ガツン!と甲高い音が響いた。
衝撃で扉は凹み、看護婦さんも肩をぶつけて顔をしかめている。
そして俺はというと、また慣性の何とやらのせいで、体が吹っ飛び、
僅かな扉の隙間から、手術室の中に侵入していた。
妙な浮遊感だ。全てのものがスローモーションに感じられる。
スタンドで時を止めてるときってこんな感じなんだろうか。いやアドレナリンめっちゃ出てるから遅く感じるだけなんだろうけど。
しかし今はそんなことを考えてる場合じゃない。このまま行けば、いずれ俺の体は何かに激突し大惨事になるだろう。
最悪の場合……死ぬのでは?
……まだだ!
俺はまだ死ぬ訳にはいかない!
俺はまだ何も成し遂げちゃいない!
心の中の厨二パワーはフルスロットル。俺は秘められた自身の力 (妄想乙)に意識を集中させ、強く念じる。
いくぞ。叫ぶぞ。
せーのっ
ユニバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!!!
「ぐふっ!?」
当たり前だが何が起きるという訳でもなく、呆れた神サマからのツッコミとでも言わんばかりに激しい衝撃が俺の体を突き抜けた。
ある意味奇跡的な跳躍を果たした俺の体は手術台で全身を強打し、さらに奥の方の医療機器の群れに突っ込んでいく。
もはや痛みは無い。ただ、微かだった意識が薄れていくのを感じる。
「ふ、不洞さん!?しっかりしてください!!」
看護婦さんが、慌てて俺のもとに駆け寄って来た。
なんだろう。世の男どもは、どうしてこんな暴れ馬を白衣の天使などと呼び悶えるのか。その幻想をぶち殺してやりたい。
ここにいるのは管理局の白い悪魔だ。
「――ふ洞さん!――うさん!――さ……」
真っ暗になっていく視界の中で、俺は心から決意した。
もし助かったらフルボッコにしてやんよ。
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