ゴーストタウン ゴースフルト

第9話 あの日の記憶

その部屋には太陽光が差し込んでいた。机上には朝ごはんが置かれていて、外からは包丁でまな板を叩く音が聞こえてくる。


(気持ちのいい朝だ。ところでこれって誰が・・・)


食器を持って台所に向かうと、宿主のカシリナがキャベツを洗っていた。無事に目を覚ました彼女は今朝から働いている。


「カシリナさん。おはようございます。ご飯ありがとうございました。もう体は?」


ダリも手から魔法で水を生み出し食器を洗う。隣ではカシリナが大きなフライパンを動かしていた。中に入った料理が鼻腔をくすぐる。


「ああ、おはよう。もうすっかりさ。アンタらのおかげだね。ちょっとマリアも連れてこっちの部屋に来ておくれ。」


態度や表情から快活さが伝わった。

言われた通り、呼び掛けにいくが、何かがおかしい。中から微かに声が聞こえてくるのだ。それは、かなりなまめかしいものだった。


「・・・さん、、そこは・・・、・・・はあぁぁ」


彼は中でマリアが襲われていると思い勢い良く扉を開ける。ふわりと生暖かい空気が外に逃げ出す。中に居たのはマリア一人だった。誰に襲われているという事は無かった。しかし、奇妙な事が二つ。一つは外は暑くもないというのにかなり肌に汗をかいている事。二つは・・・


「マリア、どうして僕の服を着て寝ているんだしかも下着も着ないで・・・」


ダリの着ていたシャツの下から豊満なものが二つ顕になっていた。


(これは!!彼シャツというやつでは?僕には刺激が・・・)


彼女は頬を紅に染め、枕を思い切り投げつけた。ダリの顔に直撃し、部屋の外へと飛ばされる。その時、頭を壁に打ち付け頭をさする。バタンと戸を閉め、早口に怒鳴る。


「ダリさんのバカ!女の子の部屋にノック無しで入っちゃいけません!!常識ですよ!」


着替えて出てきたマリアを連れて食卓を三人で囲む。机上には色とりどりの料理が並んでいるというのに、マリアとダリの間には気まずい空気一色が流れていた。

そんな姿を見かねて、カシリナは口を開く。


「アンタらを呼んだのは他でもない。昨日の事だよ。まずは、助けてくれてありがとう。」


「「いえいえ」」


声が重なり、二人は目を合わせるがマリアはふんっとそっぽを向いてしまう。さらに空気は重くなる。


「ま、まあ、それとバイスからは色々聞いてね。私の幻覚はどうやら、本当だったようだね。ああ、でも心配しないでくれ、私も君らに恩がある。だから、誰にも言わないよ。」


「すみません。」


話は終わったのか、カシリナは席を立ちある棚の元へと歩いていく。そして、ある物を掴みマリアの方へ軽く投げた。それをマリアは両手で受け取る。


「なんですかこれ?」


「それは、私の大事なブレスレットさ。アンタは私と同じ体術で闘うみたいだから、それは役に立つよ。攻撃の増す効力が入ってる。」


「え、えええ?!いいんですか、貰っちゃって。」


この世界では魔力のこもった武器である魔導具はとても希少なものだった。その為、ダリは何故こんな物をカシリナが持っているのか気になった。


「カシリナさん。どうして魔導具を持って・・・」


金のブレスレットを見ていたマリアが大声を上げる。それの内側には彼女の本名が彫られていた。


「カシリナ=キラムって、カシリナさんの本名だったんですか?」


カシリナ=キラムというのは元Sランクパーティー所属で名の売れた冒険者である。

彼女はある日前線から離脱し、ベルンホルンで働いていた。

彼女にとって、そのブレスレットはもう必要なかった。


「アンタら、もうこの国を出るんだろ?」


「なんでそれを・・・」


「そんな気がしたさ。だから、最後に感謝のお礼さ。もう宿代は払ってくれたんだろ。幸運を祈るよ。」


そう言って、カシリナは彼らを見送った。その後、彼らはギルドに向かいバイスにお礼をして、ベルンホルンを出発した。

その国を出る頃には、魔導具が嬉しかったのか、喧嘩の事は忘れていた。

特に何も起こることはなく、数時間経った頃だった。馬車を進めていくと、まだ昼頃のはずであるのに、辺りは暗くなっていく。マリアは眉をひそめ、ダリを見上げる。


「ダリさん、やはり、やめませんか。ここ。」


「もう来てしまったんだから、行くよ。」


その国の上空では暗雲がたちこめている。紫の雷が轟音を放ち脅かせる。そこからは、離れた所にいるダリ達の元にも時々悲鳴が聞こえてくる。

故に、目前にしてマリアは駄々をこねだした。


「行きたくないです!!帰ります!!だってこの国お化けが出るじゃないですか。」


目前の国フィンツとは幽霊神出鬼没の国と呼ばれている。本当の所は解明されていないが、現象は確認されていて、数ある国の中でも人気のない国の一つである。


ダリはそんな彼女を尻目に馬車を国内へと進めていく。国境の壁にはヒビがはいり、苔が生えている。門にも傭兵達の姿は見られない。

入国し、馬車を走らせる。道には屋台や人も見られない。治安の悪さは言わずもがな。マリアは馬車の隅でうずくまっている。

突然、馬車が揺れる。マリアは毛布から顔を出す。


「何があったんですか!びっくりしたじゃないですか!」


「ああ、ごめん。すぐ目の前に人が倒れていたから。」


ダリは外に出て、倒れていたダリより少し身長の高い女性に話しかける。


「大丈夫ですか?」


倒れていた彼女は目を覚まし彼を見ると一瞬だけ目を丸くした。


「大丈夫ですか?」


「ん?あぁ、私の事かい?優しいね君。どうだと思う?」


起き上がると、首をかしげ、色白な肌の上で白銀の髪を踊らせる。少し口角の上がった口元にはホクロがあり、全体的に髪は短めだが前髪は両目に軽くかかっている。その前髪の後ろには横長の虚ろな目が開いている。首に着けた黒のチョーカー、端に白のバラのデザインの入った黒のワンピース、ガーターベルトで繋がれた長い黒のタイツは月夜に輝いていた。

薄いワンピースは胸や尻を強調する。背中には自分よりも大きな機関銃を掛けていた。


「大丈夫ではない・・・かな?い、一旦、中で話を聞きます。」


ゴクリ


マリアは外からは人を連れてきたという事で怯えていたが、ダリは無理やり彼女を馬車に入れた。マリアは馬車の隅で毛布を被って丸まってしまった。


「私はオノ=ベル。ベルでいいよ。」


彼女の声は少し掠れていた。


「僕はシャルル=ダリと言います。こっちはマリアと言います。どうして、道で・・・」


緊張が張り詰めるが彼女は感じていないかのようだった。

彼女はタバコを吸い出し、窓から外を眺める。先程までとは打って変わって外は晴れていて静かに月の光が差していた。

彼女はダリの言葉を遮った。


「へぇー。ダリくんにマリアちゃんか。いい名だね。それに、見ず知らずの人間を連れてくるなんて、本当お人好しだね。本当」


そう言うと、突然彼女はダリと鼻が触れる距離まで詰め、ナイフを首元に当てる。


「私が敵だったら、なんて考えもしなかったんでしょ。今さら反撃しようとしても無駄。私の一撃の方が早いから。」


前髪に隠れた虚ろな目の目尻が下がっている。ダリの喉は潰され、声も出ない。彼はせめてマリアだけでも逃そうと手を伸ばすが・・・


「なんてね。嘘だよ。私だって君達の事何も知らないんだから。敵かどうかなんて分かんないよ。」


彼女は両手を彼の前で広げ、笑顔になる。ダリは胸を撫で下した。


「おへ、はあ、はあ″、はあぁ」


ダリはえずいているが、心配する素振りも見せず口を進める。


「君達はどうしてここにいるの?私は言えないけど・・・」


謝罪もせずに言って、彼女は、含羞はにかんだ。ダリにとって彼女の行動は全て理不尽なものであった。


「どうしてこんな事をするんだ?」


「いいから、答えて。」


「・・・この国に魔人が居るって聞いたから・・・」


彼女は特に驚きもせず、タバコを外に投げ、膝を三角に折って座り、頭を膝の上に乗せた。


「だから来たんだ?君って、魔族の敵?」


従うしかないと考えダリは渋々答える。


「敵じゃないよ。救いたいんだ。」


「ふーん。君っていつもそう言うよね。守れもしないくせに。」


「え?」


「なんでもない。私ここで降りるね。また会えるといいね。」


そう言って終始薄い笑みを貼り付けていた彼女は馬車から飛び降りてしまった。馬車では彼女は最初から居なかったかのような静かな時間が流れていた。


「もう、行きましたか?」


マリアはひょっこりと毛布から顔だけを出す。ダリは彼女の理不尽さに苛立ちをおぼえたが、同時にその儚さに少し惹かれ始めていた。


崩れかけた壁の上、白銀の髪は空高くで揺れていた。


「まさか、こんな所で君に会うとはね。でも、、今の君に、用はないや。」


そして、白銀は国を出て、笑みを浮かべながら西へと進むのだった。

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