Bouquet of lilies

桃本もも

好きな人の好きな人

「今日ね、美夜みやちゃんが、あたしのこと彼女にしたいって言ってくれたの」


 昼休み、なぎさの口から出た突然の言葉に、息が止まりそうになった。

 美夜ちゃん……桑折こおり美夜。わたしたちのクラスメイトで、2年生ながらバレー部のエースとして活躍している。

 同級生や1年生はもちろん、先輩方にも人気がある、女子校の王子さまという感じの子だ。


 わたしの幼なじみであるなぎさも、桑折美夜のファンのひとり。

 いや、ファンという言葉じゃ片づけられないかもしれない。

 並々ならぬ想いを寄せている。

 つまり……恋している、ということ。


 わたしは慌てて無表情を取り繕い、食べかけの菓子パンにかじりつく。適当に噛んで飲みこみ、何ごともなかったように口を開く。


「ふぅん。じゃあ、付き合うの? 桑折さんと」

「ふふふ~。そうだったらいいんだけどね~」

「どういうこと?」


 なぎさはもったいぶって、なかなか口を割ろうとしない。桑折美夜はバレー部の昼練でいないと分かっているくせに、わざわざ教室を見渡して、いないことを確かめてから声をひそめて言う。


「わたしが男だったら、なぎさちゃんを彼女にしたいけどな、って美夜ちゃんが言ってくれたの! これって進歩だよね? ね!」


 なんだ、そんなこと。安堵を顔に出さないようにするのは、動揺を押し隠すよりも難しかった。


「あー、うん、どうだろうね」

「これは付き合うまで秒読みだよね」

「うん、そうかもね」

「何だよぅ、幼なじみの恋路が叶いそうだっていうのに、嬉しくないのかよぅ?」


 なぎさは変な語尾をつけて、つんつんと風船をつつくように、人差し指を突き出してくる。

 さっきの安堵はどこへやら、ため息をつきたくなった。

 脈なんて全然ない。たぶん、なぎさも薄々気づいている。

 それでもこんなに喜んで、こんなにやわらかい笑顔を浮かべている。

 そんなつもりもないだろうに、桑折美夜はなぎさをこんなに輝かせている。

 わたしにはできないこと。本当に腹が立つし、悔しい。


「嬉しいよ」


 やっとの思いでしぼり出した声は、情けないくらい震えていた。


「ふふっ、デートってどこに行ったらいいかなぁ。まずカラオケでしょ? それから、おしゃれなカフェでお昼ごはん、プラネタリウムも見たいし。ゲームセンター……は、うるさくて声が聞こえなくなっちゃうの嫌だしなぁ」


 そんなの、わたしと遊ぶときと同じじゃない。

 まだ高校生だから、遊ぶにも選択肢がないのは仕方ない。

 だけど、なぎさの隣に桑折美夜が……いや、彼女だけじゃない。わたし以外の誰かがいるなんて嫌だ。


 なぎさがその誰かにしか見せない顔で笑うのも、他の人には聞かせない声で語りかけるのも、許せない。

 なぎさとわたしの思い出を、誰かに上書きされたくない。

 だから。

 だから――。


「……わたしでいいじゃん」


 聞き返してほしくて、わざと小さな声で言った。昼休みの教室のざわめきにかき消されるくらいの、小さな声で。


 わたしは『わたしが男だったら……』なんて言わない。

 わたしはわたしのまま、なぎさもなぎさのまま、恋人同士になりたい。

 なぎさを彼女にしたいし、なぎさの彼女になりたい。


 誰にも見せない顔を、誰にも聞かせない声を、わたしにだけこっそり手渡すように見せてほしい。聞かせてほしい。


 わたしの声は、小さすぎたらしい。なぎさの耳には、少しも届いていないみたいだった。聞き返してくることはなかった。

 その代わり、なぎさはにっこりと、他の誰にも見せないような笑みを浮かべてこう訊いてきた。


「ねぇ、六実むつみは? 好きな人……いないの?」


 そんなの、答えられるはずないじゃん。

 わたしは桑折美夜じゃないんだから。


 なぎさの好きな人じゃないんだから。

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