過去の因果。

一色 サラ

・・・

「ねえママって、昔、どんな仕事としていたの?」

カウンター席越しに座る松下と名乗る男の笑顔と言った。

「ずっと、水商売ですよ」

新塚しんづか明華めいかは営業スマイルは絶やさないように言う。

「嘘をついてはいけないよ。」

 その嫌味たらしい顔が明華の目に鮮明に映る。人を見下すような声に、不愉快さが滲み出る。

「何飲みますか?」

「話、そらさないでよ。昨日、人から聞いんだよ。昔は料亭の女将でしょう」

「そうでしかなねぇ。ちょっと、ごめんなさい。」

「とぼけないでよ。」

 何で、赤の他人に過去を追及されないといけないんだろう。そんなことを探ったところで、松下には何の得もならないだろう。

「工藤さん、何か飲みますか?」

 明華が話を逸らすように、隣の工藤に目をやる。

「ねえ、店を潰された気分ってどうなの?」

 松下はまだ言っている。どうやったら帰ってくれるのを考えるが答えなってみつからない。この小さなお店で、トラブルは避けたい。

「他人に、迷惑行為されるのは嫌だよね。もう松下さんもそんな話より飲みましょうよ」

 話を逸らしてくるように工藤が言ってくれて、ほっとした。そのあとは、松下がこのことを話題に、明華に話をしてくることはなかった。そして、何事もなく、彼らは帰っていった。

 

 トラブルとは付き物だ。こんなに頑張っても他人によって信用は底をついてしまった。

 雇っていた人間が、我が料亭で行った悪ふざけによって、客のクレームに耐えきれずみせをたたむまで追い込まれた。

 亭主だった貝島かいじま雅也まさやとは離婚して、独り身になった。子どもたちは、批判を避けるように海外に行ってしまって、明華は一人、夜の店を開いて、どうにか生きてきた。

「ねえママ、大変だよー」

常連客の園田美穂が言った。手には週刊誌を持っていた。そこには10年前、店がつぶれた経緯が書かれていた。記者の名前を見たら”工藤 満”と書かれていた。

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過去の因果。 一色 サラ @Saku89make

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