第9話

 出来るだけ長距離を移動するために、地面すれすれに自在雲を走らせる。


 M端末の情報では、時速50kmで140kmを走破できると言うが、そんなにスピードを出したら見逃してはいけないものまで見逃してしまうし、できるだけ等身大の世界を見たかったので低空を時速30kmほどで走らせている。


 対向車ならぬ対雲者がいないから、時速30kmで走っても結構なスピードが感じられる。


「すごいな、この雲」


 しかも、導きの球と組み合わせ、俺が何も言わなくてもその指し示す方向に一直線に向かって行く。


「その昔、馬、という、人が乗る生き物がいたと聞きますが、この神具は多分それ以上なのでしょうね……」


「ああ。乗り心地も早さも便利さも段違いだ」


 地図によれば、すでに大樹海と呼ばれる地域に入っている。


 しかし、そこにあった木々は腐り落ち、薪にもならない状態。


「ひどい、ですね」


 その様子を見ながらサーニャは口を押えた。


「エルフはその土地と共にあると言いますが、森エルフがこの状態で生き残っているか……」


「多分、その名残はあると思う」


 俺はまっすぐ前を指し示す導きの球を見ながら答えた。


「森エルフで困っている人をこの球は指し示しているから、この先に森エルフがいるのは確実だ」


「森エルフと会って、どうなさるのです?」


「神子になってもらう」


 俺は腕を組んで呟いた。


「今の力じゃ大地は蘇らせても、そこから育つ緑……植物が再生できない。植物がなければ、野菜も採れないし獣が生きる方法もない。【属性:植物】を持つ神子が必要なんだ」


「そう、ですわね」


 ちょっと落ち込んだ声で、サーニャは返事する。


「神子が多ければ多い程、信仰心が高ければ高い程、真悟様の御力は増すのですから」


「そうすれば、サーニャに緑を見せてあげられる」


 え? と後ろから声が聞こえた。


「緑って色、見たことないだろ。……そうだな、腐った川が緑色に近い色をしていたけど、植物の緑はもっと違う。生き生きして、柔らかくて、そうだな……何だか心が湧きたってくる。芝って草が生えている草原は、ふかふかしてて、寝転がると気持ちいい。すっごく心が落ち着く。そんな世界を、サーニャに見せてあげたい」


「私、に? 私に緑を見せるために、行くのだと?」


「そうだけど?」


 振り向いた俺と一瞬視線が合ったサーニャは、顔を赤くして目をそらした。何で?


 サーニャが目をそらしたまま動かないので、俺は前を向いた。一面の腐った木だらけの大地。ああ、本来の色に戻ればきっと綺麗なんだろうな。


「それに、困っている人がいるのも確かなんだ。ひもじいって言うのは一番悲しい状態だ。俺の力でそれを助けてあげられるって言うのなら、できるだけたくさん助けてあげたい」


「シンゴ様……なんてお優しい……」


「ん~?」


「え、いいえ……何でもありません。真悟様はまさしく再生の神なのですね……」


 なんか感動した声が聞こえてきた。


「別に再生の神様ってわけじゃないけど」


 その時、一瞬眩しい光が溢れた。


「ん?」


 自在雲がすっと止まる。


「シンゴ様?」


「近くに森エルフがいる」


 あちこちを見回す。


 ぼこ、ぼこと液体の湧く音がしている。


 そちらを見ると、明らかに腐った何かが湧いてる的感満々の場所があった。


「これは……?」


「もしかして、森エルフの聖域の泉……?」


「泉とは、このような場所なのでしょうか?」


「まさか。聖域の泉が滅びかけてるんだ」


 その傍らに、ぐったりと倒れ伏している人の形をした何か。


「ケガをしているのでしょうか……?」


 俺に続いて降りてきたサーニャさんがそっとほとんど腐った大地と同化している姿を揺すった。


「もし……もし」


「う……」


 人は微かに呻いた。


「水……水が……」


「水?」


 サーニャさんは雲に積んであった水袋を取り出して、その口元に当てた。


「水……!」


 人はサーニャから水袋を奪い取ると、ごっごっと音を立てて飲み始めた。


「あ、よかった、生きてた」


「この……水は……」


 その掠れた声は、奇妙に低い。


「何故……こんな清浄な水が……まさか、泉……?」


 その人はポコポコと泡を吹く水場を見て、がっくりと落ち込んだ。


「そうだな……もう泉が蘇ることは……」


「大丈夫?」


 俺が声をかけると、ぎょろっとした緑色の瞳が見上げてきた。


「何者だ! この森エルフの聖域に入り込むなど……!」


「え? 俺は……」


「無礼者!」


 鋭い声が飛んだ。


 サーニャだ。


「ご降臨された再生と創造の神、シンゴ様に向かって何と言うことを!」


「なっ」


「落ち着いて、サーニャ」


 俺はサーニャを片手で止めた。


「確かに俺たちはここまで勝手に入り込んだんだ。聖域ってことは一番大事な場所だろ? サーニャだって神殿に勝手に入り込まれたらいい気分はしないだろ」


「しかし、シンゴ様っ」


「いいから」


「再生と……創造の……神……?」


 緑色の瞳をした人は、呆然と俺を見た。


「まさか……」


「そうだな、とりあえず、この辺りを何とかするか」


 俺はM端末をドロドロ湧き水に向けた。


「【浄化】してから【再生】かな」


 神殿以外で使うのは初めてだけど、多分できるだろ。


「【浄化】」


 ぴ、と光が怪しい色をした水を照らした。


 すぅ、と怪しい緑色をした水が透き通り、小さく音を立てながら湧き続ける水となった。


「そんな……二度と戻らないとまで言われた泉が……」


「続いて【再生】」


 先程よりも強い光を浴び、泉を中心に白い石造りの囲が立った。


 早速M端末をマップにする。


 【聖域:森エルフの泉】


「お、よーし聖域になった。これなら神殿に【転移】できる」


「まさか……本当の……?」


「如何にも」


 呆然とする人相手に、サーニャは決闘でも挑むかのように宣誓した。


「この御方こそ、リザー家の守る原初の神殿に臨成された、再生と創造の神、トオヤ・シンゴ様。何処の民かは知りませんが、先程の無礼を謝りなさい」


「貴様、私を誰だと思ってっ」


「いいって」


 更にサーニャが何か言おうとするのを止めて、俺はその人を見た。


「この辺りの大地を【再生】する前に、まずは君からだね」


 俺はM端末を人に向けた。


「な、にを」


「【再生】【浄化】」


 二つの神威を使って、相手をキレイな姿にする。


 する。


 と。


 サーニャにも負けない美少女が現れた。


「衣服が、元の通り……! では、きさ……いや、貴方は本当に……!」


「だから言っているでしょう」


 切れ長の緑の瞳に淡い金の髪、特徴的な耳をした、男装の麗人という呼称が似合いそうな、錆びた剣を腰からぶら下げた着た美少女は、慌てて膝をついた。


「私は聖なる泉を守る森エルフの聖騎士、レーヴェ・オリア。命あるうちに再生と創造の神がいらしたというのに知らずの暴言、お許しを!」

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