13.大事な時は鍵をかけよう。
「人の……上に?」
「そう。
「それは……ならないといけないの?」
「いけない。観音寺家には他に世継ぎがいないからね」
「え……」
「冗談でも何でもないよ。観音寺家は今、存亡の危機に立たされているんだ」
私は思わず、
「じゃ、じゃあ。私じゃ駄目じゃん。だって、私と薊じゃ」
「そうだね」
あまりにもあっさりとした肯定。
それは私に、言葉を失わせるには十分すぎるほどの一言で、
「今観音寺家は揺れていてね。あくまで一族経営にこだわるべきか。それとも、そんなこだわりは捨てて、外部の血を入れるべきか。その二つの主張が真っ向から対立しているんだ」
そこで言葉を切り、
「……父や母は、私の好きにしてくれていいと言ってくれているし、私もそれに甘えている。なにも考えていないわけじゃないんだ。ただ、父や母が私のためを思って「自由にしていい」と言ってくれているのだから、その思いは受け取りたい。そう思って、私は五月に告白をした」
言葉が出ない。
なんて声をかければいい?大変だね?頑張って?違う。そんなうわべだけの、誰でも言える言葉はなんの意味もない。
だから私は、
「ねえ、薊」
「なんだろうか?」
「本当に私で良いの?私、自分で言うのもなんだけど、そんな凄い人間じゃないよ?勉強だって平均点くらいしか取れないし、運動だって、凄く得意なわけじゃない。顔だって、そんなでもない、と思う。そんな私で良いの?」
思うのだ。
彼女にはもっと良い人がいるんじゃないか、と。
今のキャラクターは彼女が演じているものかもしれない。
しかし、どうしてだろう。その鍍金が剥がれた今の方が、彼女は魅力的に見える気がする。
輝きを放つ金髪も、その髪を引きたてる碧眼も。今の方が魅力的に見える。そんな気がするんだ。
だから、きっと、もっと良い人がいる。
そう。私なんかじゃなくてもっと良い人が、この「どうしようもないがんじがらめの状態」から救ってくれる。
きっと、そうだよ。
だけど、薊は首を縦に振り、
「ああ。いいんだ。私は五月がいい。五月が隣にいて欲しい」
そこで言葉を切って、
「惚れた理由なんてね、結局は一目ぼれなんだ。あの時、私を助けてくれた。だから好きになった」
視線を私に向け、
「駄目、だろうか」
「っ……」
駄目だよ、薊。
だって、私は、そんな優れた人間じゃないよ。だから、さ。もっと良い人を探しなよ。なんでも解決してくれる。それこそスーパーマンみたいな。さ。そんな漫画の主人公みたいな人が薊を助けてくれるよ。だから、ね?お願いだから。
そんな目で、私を見ないで。
◇
結局、その日はろくな会話もせずに、寝ることになった。
天蓋付きのベッドは、二人で寝るのには大きすぎるくらいだった。
そんなベッドで、今、私と薊は体を寄せ合っている。
隣からは薊の寝息が聞こえる。小さな寝息だ。それはとてもあの白馬の王子様みたいな薊には似ても似つかなくて、やっぱり薊は、私の知っている薊なんだなと思ってしまった。
そう。私の知っている薊なんだ。
何事にも怯えて、人見知りして、声もかけられずに、ちょっとでもすごまれれば今にも泣きだしそうな顔をしながら「はい」と「ごめんなさい」しか言えなかったあの薊のままだ。
その彼女に、観音寺という家はあまりにも重すぎる。
だけど、彼女は背負うことをやめようとしない。きっとやめる選択肢なんていくらでもあったはずだ。それでも彼女は歩みをとめなかった。臆病だった自分を変えることを選んだ。
他でもない、私の隣に立つために。
「はぁ…………」
どうして、と思う。
私なんて大した人間じゃない。
ただ、あの時は女の子がいじめられてると思ったから。
だから間に入った。助けた。それだけの話だ。私が普通の女の子よりもちょっと男勝りで、ちょっと勝気だった。本当にそれだけの話。それが結婚だなんて、あまりにも重すぎる。
「…………トイレ行こ」
尿意があるから眠れない。
そんな気がした。
本当はそんなことないって分かっているのに。
◇
「遠いよ……」
屋敷と言っていいレベルのサイズがある観音寺邸は、当然のごとくトイレまでの距離も長かった。
別に今すぐいかないと漏れるとかそういうレベルではないし、なんだったら、尿意なんて全くなかったわけなんだけど、それでもこの距離はちょっと堪えるので文句だけは言っておく。やっぱり、普通が一番だ。
出もしないものが出るのを待ち、流す必要もない水を流し、洗う必要性があるのかも分からない手を、これでもかと言わんばかりに入念に洗い、私はトイレを後にする。
さて、戻ろう。部屋の位置は把握しているから、そこに戻るだけならなんの問題もないはずだ。そう考えていると、
「…………ん?」
足が止まる。
真っ暗闇の中に一筋の光があったからだ。
この屋敷に住んでいる人なんて、せいぜい私と薊、風歌さんにメイドさんくらいのもののはずで、そのうち半分の可能性はほぼないに等しい。
つまりあの光はメイドさんか風歌さんの部屋から漏れ出ているものだ。どちらの部屋も場所は聞いていないので、どっちかは分からない。
「行ってみるか……」
理由があるわけではない。
けれど、話を聞いてほしいと思った。
このまま抱えて寝るにはあまりにも重すぎる。聞いてくれるかは分からないけど。
意を決して、光がある方へと歩いていく。近くまできて、その原因がはっきりする。ドアが半開き状態になっているんだ。中からは声が聞こえる。私は既に半開き状態だったドアの隙間から、中を覗、
「……………………はい?」
思考が止まった。
いや、脳が理解を拒否した。
眼前に広がったのは、部屋一面にびっちりと張りつめられた薊の写真。そして、その中央。ベッドの上、
「んっ…………私は…………くっしな、あっ……」
良い子の諸君。君たちにひとつだけ、人生の教訓をあたえよう。
自慰行為をするときはね、きちんと部屋の鍵をかけておくんだ。お姉さんとの約束だぞ?
訳:メイドさんがベッドの上でオ○ニーしてる
うん。
見なかったことにしよう。おっけー?
さて、それじゃ失礼して、部屋に戻ろう。
そう考え、足を引いた時だった、
「いっ!?」
ガッ!
ギイィィィィィ…………
思いっきり扉に足をぶつけてしまう。
足が隙間の中に入ってしまっていたらしい。
さて問題です。
半開きになってる扉の隙間に入っていた足が、内側から扉にぶつかったらどうなるでしょう?
答えは簡単だね。正解は「半開きだった扉ががっつりと開いてしまう」でした~
いや「でした~」じゃないよ。
メイドさんと私、目と目が合う。
私。既に半分以上開いた扉の前に立ち尽くして半笑い。
メイドさん。乱れた服と、秘部にあてがわれた手に、紅潮した頬。
「あ」
「あ」
「あああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
絶叫。
この番組はとんかつのおお蔵の提供でお送りしました。
なんちゃって。
……なんちゃってで解決出来たらよかったんだけどなぁ……はあ。
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