1.ハイパーお嬢様─観音寺薊─
1.退路はあっさりと断たれた。
人間いつだってミスはするものだ。重要なのは、そこから何かを学ぶことが出来るか。じゃないかと私は思うんだ。そう、例えば、私はこのとんでもない事態を避けることが出来なかったか、とか。そういうことを。なにせ私はまだ若いんだ。いくらでも取り返しはつくし、似たような事態に遭遇しないとも限らないからね。
思い出していく。私の今日一日を。朝起きたときは何の変哲もない日常だった気がするんだ。強いていつもと違うところをあげるとするならば、寝ている部屋がつい先日までとは絵違うことと、その部屋の中に、封の切られていない段ボール箱がいくつか山積みになっていることだ。
そう。私、
両親の都合もあって、暫くの間ずっと日本各地を転々としていた烏丸一家だけど、父の両親も、もう高齢になってきたということもあって、ここらで一回腰を落ち着けようじゃないかということになったらしい。
そんな思い付きで転勤族が一か所にとどまることが出来るようになるのかとも思ったけど、なにはともあれ、私は小学生の時以来の「生まれ故郷」に引っ越してきた。それがほんの数日前だ。
引っ越してからの数日間は忙しかった。ご近所へのあいさつ回りは両親がやってくれたから問題はなかったけど、自分の荷物を整理するだけでも結構骨が折れた。おまけに家族の手伝いにも駆り出されていたもんだから、今日の朝時点でもまだ、自室の整理は終わってなかったっていうのが実情だ。
それでも引っ越しが落ち着いてきた今日。私は母から頼まれた買い物をしに行くついでに、昔馴染みの場所を歩いて回っていたんだ。ここまでは全く問題ない。子供の頃に見た原風景を懐かしむ。実に普通のこと。だからここまでは間違っていないはずなんだ。
そして、その中の一つ。近所の公園に差し掛かり、「まだあったんだ」なんて呟きながら、昔を懐かしむようにして、中に入り、柄でもないのにブランコなんかこいじゃったりしていたら、
公園の前にリムジンが止まったのだ。
ストップ。
この時点でもう、私に逃げ場はない。だから、間違ったところがあるならばきっとこの前だ。巻き戻そう。そう。私は過去を懐かしみ、公園に入って、ブランコを漕いでいると、リムジンが、
ストップ。
おかしい。そんなはずはないと思うんだけど、回避出来るタイミングが無かった気がする。ブランコを漕いだのが余計だったような気がしないでもないけど、それをしなかったら多分滑り台を滑っていたので時間的には全く同じだったんじゃないだろうか。
そうか、分かったぞ。公園に入ったのがいけなかったんだ。うん、きっとそうだ。外から眺めるだけにしておけばよかったんだよ。そりゃそうだよね。今年から高校生になろうって女の子が、ブランコだの滑り台だのに心をときめかせてるのはおかしいよね。よかったぁ。今度からは気を付け、
「いやぁ、ここで出会うことが出来て良かった。そうじゃなかったら家まで迎えにいくところだったからね」
「駄目じゃねーか!」
「おっと」
駄目だ。駄目だったよ。この人家まで来るつもりだったよ。あの「どこのVIPですか?」って聞きたくなるようなリムジンで、一般庶民の家まで乗りつけてくるつもりだったよ。近所で変な噂が立つからやめてほしい。あ、そういう意味だと公園で見つかってて良かったのかな。
っていうか。
「え、なんで私の家知ってるの?」
「調べたからな!」
「公然とストーカー宣言しないでくれます?」
どういうことだ。おかしいじゃないか。私の家を調べた?どうやって?
そんな心の声を察知するようにして、薊の隣に立っていたメイドさんが、
「観音寺家のコネクションをフル活用させてもらいました。後は、警察のデーターベースなどにもアクセスを、」
「ストップ」
「もうよろしいのですか?」
「うん。なんか、知ったら色々と元に戻れないワードとか情報が出てきそうだったから」
「そうですか。何か気になることがございましたらおっしゃってください」
そう言って、ぴんと姿勢を正して、薊の後ろに控えるような形になるメイドさん。
っていうか当たり前のように会話してたけど、メイドさんってのもおかしいと思うんだ。この現代。しかも日本にメイドさんっていたんだな。てっきり秋葉原のメイド喫茶にしかいない生命体なんだと思ってたよ。いや、本来はいないのかもしれないけど。
それにしても随分とまあ、綺麗な人だ。片目を隠すような形で伸びている長い銀髪は、白と黒が基調のメイド服とよくマッチしている。そして、それ以上に、隣に立っている金髪碧眼のお嬢様とのコントラストは絶妙だ。主従だとしても、親友だとしても、恋仲だとしても、これ以上ないくらいに良い相性な気がする。
薊はそんな私の思考とは関係なく、淡々と話を進めていく。
「それで、だ。五月。調べたところによると、既に地元の公立校に進学が決まっていたようだが、付き合う以上、私と一緒の学校に通って欲しいんだ。とはいえ、私が公立校に今から通うのは色々と面倒があるからな。私の進学が決まっている女学院に進学してもらいたい。お嬢様学校ではあるが、学費その他は全て私の方で負担しよう。それから、家の方なんだが、私の屋敷に空き部屋がいくつかあるから、そこに引っ越してきてもらえると嬉しい。なにせ恋人だからな。なんだったら一つの部屋に住んでもいいぞ。ダブルベッドを備え付けた部屋もあったはずだからな」
「ストップ」
「それから……どうした?」
「一ついい?」
「いいとも、さあ、きたまえ!」
両手を広げる薊。胸に飛び込めというのだろうか。そんなことしないよ?
私はオーバーリアクションの薊を無視して、
「えっと……私、薊と付き合うって言ってないんだけど……」
「え?」
なるほど。人間って本当に驚いた時はああいう目になるんだね。参考になったよ。
「なぜ、だ?私のことが嫌いなのか?」
「いや、嫌いじゃないけど」
「じゃあ、今すぐ結婚しよう」
ローハイギアかお前は。どうして嫌いと結婚の二択しかないんだよ。もうちょと間に色々あるでしょ。知り合いとか、友達とか、友達以上恋人未満とか、
恋人、とか。
とまあ、そんなことを薊にとつとつと説明したら、
「そうか……いや、いいんだ……私が勘違いしていたんだからな。私はとんでもない勘違いクソテンプレ金髪だったよ……」
落ち込むの早いなぁおい!メンタル障子紙か。
そんな彼女を尻目にメイドさんが、
「烏丸様」
「な。なに?」
烏丸様、なんて呼び方されたことなかったから、ちょっとむず痒い。ただ、そのむず痒さは次の一言で一瞬にして消し飛ぶことになる。
「もし烏丸様が告白を完全に拒否なさるのであれば、お父様の抱えている借金は何倍にも膨れ上がりますが、それでもよろしいですか?」
「なんで!?」
理不尽だった、あまりにも。
メイドさんは更に淡々と述べる。
「この雌ぶ……薊お嬢様は、」
今雌豚っていいそうになった?
「烏丸様のお父上が抱えていた借金ですが、観音寺家で全額負担をさせていただいたのです。ただし、その際に一つだけ、条件を付け加えたのです」
「条件?」
その時だった。
ピリリリリリリリ……
様々な着信音が登録されているこのご時世に全力で抵抗するような着信音が鳴り響く。間違えようがない。私のスマートフォンだ。
ピッ。
「もしもし?」
『もしもし?五月か?父さんだ。いやぁ、五月はいい友達を持ったなぁ、ホントに』
「…………はい?」
嫌な予感がする。額を冷たい汗がたらりと伝う。
『借金。観音寺さんが全部肩代わりしてくれるんだそうだ。それだけじゃないぞ。五月の学費なんかも全部持ってくれるらしい。なんでも観音寺さんのとこのお嬢さんが、昔五月に世話になったから、その恩返しがしたいってことらしい。いやぁ、素晴らしいことだ、はっはっはっ』
全く笑えなかった。
私は残った気力を絞り出すようにして、
「ねえ、お父さん?」
『ん、なんだ?』
「なんか、その、契約書……みたいなのにサインしたりしなかった?」
『ん?おお。したぞ?これにサインさえしてくれればって言うからな』
「ちなみに中身は……?」
『ざっとは読んだよ。でも、あれだろ?娘の友達の親御さんだろ?そんな人を疑うような真似は良くないからな。さくっとサインしたよ』
「……………………」
『五月?おーい』
スマートフォンから、私を呼ぶ声がする。目の前には平凡とは程遠いお嬢様が何とも幸せそうな笑顔を浮かべ、メイドさんが一言、
「そういうことです」
と述べる。
すみません。お父様。先ほど一度だけといったような気がするのですが、もう一度だけ、汚い言葉をお許しください。
私はスマートフォンに向かって思いっきり、
「性懲りもなく騙されてんじゃねーよ、アホ――――――――!!!!!!!!」
魂からの叫びだった。
どうして、こうなった。
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