第147話 湯船から出た3人


 フィルランカとエルメアーナの口喧嘩は、終わり、ホッコリしながら、全員で湯に浸かっていると、エルメアーナが、ソワソワし始めた。


「フィルランカ、熱い」


 エルメアーナは、のぼせ始めていたようだ。


「あ、エルメアーナちゃん。 無理しなくていいわよ。 熱いなら、上がった方がいいわ」


 リズディアは、そう言って、後ろの方に控えているメイドに視線を向けると、1人のメイドが、エルメアーナの方に寄ってきた。


「ああ、そうさせてもらう」


 エルメアーナは、ゆっくりと後ろに振り返ると、湯船の淵の段差を利用して身体を、湯から出した。


 熱った身体から、湯が滴る。


 エルメアーナは、ゆっくりと、淵に手を当てて身体を伸ばしていくと、迎えに来たメイドが、エルメアーナに手を差し出してきたので、エルメアーナは、その手に自分の手を添えた。


 メイドは、エルメアーナが、立ち上がって、湯船から出ようとするのを手伝ってくれた。


「それでは、義姉様。 私も、上がらせてもらいます」


「ええ、分かったわ」


 エルメアーナにつられて、イルーミクが湯船から上がった。


 それを控えていたメイドが、慌てて、イルーミクの元に来るが、イルーミクは慣れた様子で、湯船から上がった。


 そして、エルメアーナの様子を伺った。


 エルメアーナは、メイドから、タオルを受け取ると、自分の身体を拭き始めていた。


 それを、メイドが、手伝うように、背中を拭いていた。


(熱いからと言ったけど、大丈夫そうね)


 イルーミクは、エルメアーナの様子を伺うと、メイドに身体を拭いてもらっていた。


 ただ、イルーミクは、エルメアーナから視線を外さないようにしていた。


 エルメアーナとフィルランカが、湯船に入るのをためらっていたこともあり、イルーミクは、初めての風呂で、万一の事が無いようにと、エルメアーナを心配していたのだ。


「とても気持ちよかったわ」


 エルメアーナの心配をしていたイルーミクに、フィルランカが、話しかけてきた。


 フィルランカは、エルメアーナの事を考えるのではなく、自分の感じたことを、イルーミクに話した。


(あら、フィルランカったら、エルメアーナの事が気にならないのかしら?)


 イルーミクとしたら、エルメアーナがのぼせてないか気になったのだが、フィルランカに、そんな様子は全く無いので、少し驚いたようだ。


 すると、フィルランカにも、別のメイドが近寄ってくると、フィルランカの身体をタオルで拭き出した。


 今度は、身体をタオルで触られても、特に気にする様子もない。


「ねえ、いつも、こんなお風呂に入っているの?」


 フィルランカが、イルーミクに聞いてきた。


(ああ、今度は、お腹とか、胸を拭かれても気にならないみたいね)


 イルーミクの隣に立って、同じように、メイドに身体を拭かれているフィルランカを、少し驚いた様子で見ていた。


「うん。 まあ、ここの大浴場を使う事はないけどね。 いつもは、1人用の長細い湯船に浸かるだけよ」


「凄いわ。 こんなに気持ち良くなれるなんて、お風呂って、とても、素敵なものなのね」


 フィルランカは、風呂がとても気に入ったようだ。


「ああ、フィルランカ。 私がいつも使っている湯船なら、後で見せてあげるわ。 これ程、大掛かりなもので無かったら、きっと、フィルランカの家にも置く事ができるかもしれないわ。 それと、うちの商会に手頃な物が見つけられるかもしれないわよ」


 フィルランカの様子が、変わった。


(今まで、丸いタライに湯を入れていたのよ。 足を曲げて座るだけしかできなかった。 昔は、ヘソまで湯に浸かれたけど、今は、それも叶わないわ。 あのタライの淵の高いものというのも考えたけど、それだと、淵の高さは、1m位必要になるわね。 だけど、専用の物が有るなら、それを試してみたいわ)


「あのー、見せてもらえるのですか?」


「ええ、構わないわよ。 後で時間をとるわ。 私の私室にも小さなものが有るから、それを見るといいわ。 きっと、参考になると思うわ」


(そうよね。 小さな湯船だったら、肩まで浸かることは可能だわ。 そうよね。 フィルランカ達は、タライで、一緒に湯浴みと言ってたのだから、フィルランカ達の家には、浴室が有るってことよね。 それなら、タライの代わりに湯船を置いたら、お風呂になるわね)


 フィルランカは、希望に満ちた表情をしていた。


 しかし、すぐに不安そうな表情を浮かべた。


「だけど、私の持っているお金で買える物ではないわ」


 フィルランカは、ポロリと口にした。


 すると、それを聞いて、イルーミクが、少しムッとした表情をした。


「フィルランカ。 それは、良くないわ。 まだ、買えないと決まったわけじゃないわ。 ああいったものは、ピンからキリまであるものなのよ。 それに、欲しいと思ったら、それを買うために人は努力するものなのよ。 欲しいと思うから、そのお金を貯めるものなのよ。 だから、諦めてはダメなの。 ちゃんと、現実に向き合って、購入するために必要な金額、自分の手元にある金額、これから入ってくる収入と支出を考えるのよ。 明日、購入することができなくても、毎月、少し少し、貯めていったら買えるかを考えるのよ。 その計画を立てるのよ」


 イルーミクは、商人のような事を言ったので、それを聞いて、フィルランカは、圧倒されたようだ。


「後で、私の湯船、それと、明日、商会に行きましょう。 そして、商品を見るのよ」


 フィルランカは、少し希望が見えたようだ。


「最初から、諦めるなんて、フィルランカらしくないわよ」


「そうね。 色々、考えてみる事から始めないとね。 案外、安い湯船を見つけられるかもしれないわね」


 フィルランカは、イルーミクの話に納得したようだ。


「そうよ。 それにカインクムさんに相談してみては、どうかしら? 年頃の娘が、湯船が欲しいと言ったら、買ってくれるかもしれないわよ」


 フィルランカは、焦ったような表情浮かべた。


(なんで、ここで、カインクムさんの名前が出てくるのかしら?)


 フィランカは、カインクムの名前が出たことで、少し冷静さを失ったようだ。

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