第68話 フィルランカを心配するカインクム


 フィルランカは、皇帝陛下の落とし子という噂を聞いて、モカリナからは、噂話について、誰かから聞かれたら、肯定も否定もせずにと言われていたが、それ以降も、フィルランカに、その内容を聞いてくる生徒は誰もいなかった。


 時々、フィルランカから、他の生徒に話しかけると、周りが妙によそよそしい事に気がついたのだが、その都度、モカリナが来て、周りに上手く話を合わせてくれるように立ち居振る舞ってくれた。


 そのモカリナの態度が、周りの生徒には、噂話の真相が正しいという認識を植え付けていたようなのだ。


 フィルランカ自身、その皇帝陛下の落とし子だという噂話を聞かなければ、モカリナの立ち居振る舞いについても、気にならなかったのだろうが、聞いてしまった後は、フィルランカ自身、気になっていた。


 モカリナから、噂話の真相を聞いた後、フィルランカは、その話が気になっており、噂話の事を考える日が続いた。


 そんな日々が続くと、カインクムもフィルランカの異変に気がついた。


「なあ、エルメアーナ。 最近、フィルランカの様子が、可笑しくないか?」


「ん? そうか?」


 エルメアーナは、そっけなく答えるので、カインクムは、エルメアーナの様子を見て、呑気な娘だと思った様子で、少し、ガッカリしたような表情をした。


「お前、いつものフィルランカなら、食事の時だって、お前と話をしていたじゃないか。 フィルランカの話を聞いて、お前が笑って、時々、口の中のものを飛ばすから、フィルランカが、それを綺麗にする。 1回の食事で、フィルランカが、テーブルを5回は拭いていたが、最近は、フィルランカが話をしないから、それも無くなった」


「うーん。 私は、フィルランカの食事が美味しいから、食べるのに夢中だ」


 それを聞いて、カインクムは、ガッカリした。


(何で、俺の娘は、こんななんだ)


「私としては、食べることに集中できるから、よく味わって食べられるから、都合がいいぞ」


 カインクムは、追い討ちをかけられたのだが、そのエルメアーナの言葉で、吹っ切れたようだ。


「あのなぁ、フィルランカも一緒に住んでいる家族なんだ。 少しは、フィルランカの様子を気にしてあげたらどうなんだ。 それに、お前は、同じ歳で、同性なのだから、少しはフィルランカの気持ちもわかるだろう」


 そう言われて、エルメアーナは、考える。


「うーん。 そういえば、父に言われて気がついたが、……」


 カインクムは、やっと、エルメアーナも、フィルランカの異変に気がついてくれたと思うと、ホッとしたようだ。


「そういえば、最近、スパイスを使った料理が無かったな」


「お前は、食べ物の事しかないのかぁ!!」


 カインクムは、エルメアーナの発言に、裏切られたと思ったのだろう、イラついた様子で答えたので、さすがにエルメアーナも、その様子で、不味いと思ったようだ。


「すまない、父。 今日の夕食の時にでも、私から、フィルランカに、それとなく聞いてみる」


「ああ、頼む」


 エルメアーナが、慌てて答えたので、カインクムは、ホッとした様子をするのだが、引っ掛かったようにエルメアーナをみる。


(それとなく、……)


 カインクムは、エルメアーナの言葉尻が気になったようだ。




 その日の夕食の用意ができる頃には、カインクムもエルメアーナもリビングに集い、エルメアーナが、フィルランカを手伝って、食器を準備してくれた。


 食事の用意ができて、3人が食卓を囲むと、しばらく、無言の状態になってしまった。


 カインクムは、エルメアーナが、フィルランカに、それとなく聞くと言っていたので、黙っていたのだが、エルメアーナが、食事に夢中で、一向にフィルランカに話しかける様子はない。


 一方、フィルランカも、黙って食べるだけで、全くしゃべる様子が無いのだ。


 仕方なく、カインクムは、咳払いをするが、エルメアーナは、全く気にする気配もなく、黙々と食べていた。


 カインクムは、もう少し待とうと思い、自分も食事を始める。


 食事が進み、エルメアーナも少しゆっくり食べるようになったのを見て、カインクムが、また、咳払いをする。


 今度は、エルメアーナも気がついた様子で、カインクムを見ると、カインクムは、視線をフィルランカに向けて、昼間の話を聞けと促した。


 それを見たエルメアーナが、フィルランカに声をかける。


「なあ、フィルランカ。 学校で何かあったのか? 最近、悩んでいるみたいだから、食事中の話が無いぞ」


 カインクムは、エルメアーナの、ストレートな聞き方に唖然とした。


(おい、お前は、それとなく聞くんじゃなかったのか。 そんな直接的な聞き方だと、話せる話も話せなくなったら、どうするんだ)


 エルメアーナの質問の仕方に焦ったカインクムだったのだが、フィルランカは、エルメアーナに聞かれて、そっちに向く。


「ああ、私、どうも、皇帝陛下の落とし子だって、噂されているみたいなの」


 それを聞いて、カインクムは、固まった。


(お前、それは、不敬罪に問われる内容じゃないのか?)


 フィルランカは、エルメアーナに聞かれると、堰を切ったように話し出した。


 モカリナに、言われた、フィルランカが、皇帝陛下の落とし子で、それをナキツ家だけが、知っており、その護衛を兼ねて、モカリナが、フィルランカの周りを警戒しているのだという話を、話し始めた。


「それで、モカリナったら、何もせずに、何か聞かれても、はぐらかすようにしなさいって、否定したら、それも、言わされているのだからと、周りは取り合ってくれないと言うのよ」


 フィルランカは、困ったようにいうのだが、聞いていたエルメアーナは、キョトンとした様子で聞いていた。


「フィルランカ、お前の親は、誰なのだ?」


 突然、エルメアーナが、フィルランカに問いかけた。


 フィルランカは、エルメアーナまで、自分の親について聞くのかと思ったようだ。


「私は、父親も母親も、顔も、名前も、知らないわよ。 昔、シスターに聞いたことがあったけど、玄関に古びれた布に包まれて、置いていかれたって言ってたわ。 私の鳴き声で、シスターが気がついて、玄関に行った時には、そんな私が泣いていただけだったって、言ってたから、誰も私の親が誰なのか分からないのよ」


 その2人の話に聞き耳を立てていたカインクムには、別の思惑があった。

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