第32話 カインクムの反応
エルメアーナは、初めて食べる味だったこと、とても美味しいと思って夢中で食べているのだが、カインクムには、この味に思い当たるものがあった。
カインクムは、エルメアーナの喜びようと、それを嬉しく思っているフィルランカを見る。
2人が喜んで食べている姿を見て、嬉しくは思うのだが、カインクムには、美味しい味の理由に思い当たることがあり、その理由が、素直に喜べる内容ではなかったのだ。
しかし、聞かなければならないと思うと、カインクムは、フィルランカに聞く事にする。
「なあ、フィルランカ」
フィルランカは、カインクムに呼ばれて、エルメアーナからカインクムに視線を向ける。
フィルランカとしては、エルメアーナに喜んでもらうより、カインクムに喜んでもらった方が嬉しいのだ。
そんなフィルランカの思いが、伝わったとおもたのだが、フィルランカの視線の中にいるカインクムは、難しい顔をしていたのだ。
「あのー? 美味しくなかったですか?」
フィルランカは、カインクムの表情が、自分の思った通りではなかったことが心配になって聞いてしまった。
「フィルランカ。 ……。 これは、スパイスを使った料理だろ」
フィルランカは、カインクムの難しい顔より、カインクムが、美味しさの秘密が、スパイスにある事を見抜いてくれたことを嬉しく思った。
「そうなのよ。 今日ね、たまたま、豆屋さんに行ったら、スパイスが置いてあったのよ」
フィルランカは、自分の思いが通じたと思ったのだろう、笑顔になると話を続ける。
「それでね、使う量が、私の考えていた量より遥かに少なかったのよ」
フィルランカは、目を輝かせて、カインクムに話していた。
「私ったら、スパイスの使う量は、この位使うかと思ってたのよ」
カインクムの前にフィルランカは、豆屋の店主に見せたように右手を軽く曲げて、片手いっぱいにスパイスが必要なように見せた。
「だけどね。 私達が食べるために使う量は、指でつまむ程度だったのよ」
今度は、親指と人差し指で摘んだ形をカインクムに見せた。
「だからね、今回は、使う分だけ小売りしてくれたのよ」
その嬉しそうなフィルランカを、カインクムは、ただ、見ているだけになってしまった。
「それでね、私が、1回で使う量だったら、一摘みでしょ、大事に使ったら、全部の料理にも使えたのよ」
だが、カインクムには気になることがあったので、フィルランカが使ったスパイスについて、エルメアーナ程、無邪気に喜べなかった。
「なあ、フィルランカ。 それにしたって、スパイスは、値段が高かっただろう」
「うん。 高かったわよ。 1グラムで、銅貨5枚だったわ。 でも、お店の人に1グラムおまけしてもらえたのよ。 2グラムしか買わなかったけど、3グラムも買えたのよ。 だから、今日は、ほとんどの料理にスパイスが使えたのよ」
カインクムは、フィルランカが、スパイスを、2グラムも買ってきたということは、中銅貨1枚も、使われていたのだと気がついた。
その事をどうしようかと思っていると、エルメアーナが、横から話に入ってきた。
「この料理に、中銅貨1枚が使われているのか。 そんな高いのか。 だったら、この料理全部を、お店で食べたら、1人、中銅貨5枚以上になるよな。 でも、これは、美味いよ。 中銅貨5枚出しても食べたいと思うよ」
エルメアーナの何気ない一言が、フィルランカには気になった。
(これなら、中銅貨5枚の料理なの?)
フィルランカは、表情を少し曇らせた。
「フィルランカ、これ、この前、お前が、第1区画の店で食べてた料理だよな」
カインクムは、フィルランカに聞いたので、フィルランカはカインクムの話に、気持ちは移ってしまった。
「ええ、そうよ。 あそこの店の料理を真似てみたの」
「あの店の料理は、美味かったよ」
カインクムは、渋い顔でフィルランカに言う。
「なにーっ! 父、お前も、フィルランカの食べた店を使ったことがあるのかーっ! その店で食べたことがないのは、私だけなのかーっ! ……。 酷い! 私だけ、食べたことがないのか」
エルメアーナは、フィルランカもカインクムも、その第1区画の飲食店に入ったことがあるが、自分だけ入ったことがない事に気がつくと、拗ねたような表情をする。
「エルメアーナ。 そんな顔をするもんじゃない。 今、ここに出ている料理は、あそこの店の料理と一緒だ。 だから、お前も、あの店の料理を食べたのと一緒だ」
「そうなのか。 フィルランカの料理は、その店の料理と一緒なのか?」
「ああ、そうだ。 俺が食べた味と一緒だ。 だから、お前も同じ料理を食べた。 場所が店だったか、家のリビングだったかの違いだけだ」
「じゃあ、私も、父やフィルランカと同じ料理を食べられたって事でいいのか」
「そうだ。 フィルランカが、どこの店の料理だって作ってくれる。 この家に居たら、帝都中の飲食店の料理は全部食べられるってことだ」
「そうか、そうなのか、父。 私は、帝都の全ての飲食店に行く事なく、ここで食べられるのか」
「そういうことだ」
カインクムは、エルメアーナが納得してくれた事に、ホッとしていた。
(あの店に、私も連れて行けと言われたら、ちょっと厳しいからな。 3人で食べに行ったら、中銅貨じゃなくて、銀貨で支払うことになりかねないからな。 流石に、大きな仕事が終わった後じゃなければ、連れて行ってあげるわけにはいかないからな)
エルメアーナの為にもフィルランカが、料理を作ってくれることはありがたいと思った。
それも、同じ味に仕上げられるのは、ありがたいと思った。
ホッとしながら、カインクムは、フィルランカを見ると、その表情にカインクムは驚いた。
「おい、フィルランカ。 ど、どうしたんだ」
フィルランカは、カインクムを潤んだ瞳で見ていた。
「私の料理ですけど、あの店の料理と同じと、言いましたよね」
「あ、ああ」
「私の料理は、飲食店の味と同じって事なら、私は、いいお嫁さんになれるって事ですよね」
フィルランカの勢いに、カインクムは、少し引き気味になった。
「ああ、そうだな。 料理が上手なのは、いい嫁になれるだろうな」
カインクムの言葉に、フィルランカは、やったと思ったように、天井に視線を向けた。
その表情を見て、カインクムは、ホッとする。
(これで、フィルランカを嫁に出しても、恥ずかしくはないな)
カインクムは、親代わりとしてフィルランカにできることを、一つ行えたと安心したのだ。
しかし、フィルランカの考えは違っていた。
(後、9年したら、私は、お嫁さんにしてもらえるのよ)
そう思うと、フィルランカは、もっと頑張ろうと思っていた。
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