第17話 靴屋の主人
フィルランカを椅子に座らせると、フィルランカの前にしゃがみ込んだ、靴屋の主人が、下からフィルランカの顔を覗き込む。
「フィルランカちゃん。 ちょっと靴を脱がせるよ」
フィルランカは、初めて入る靴屋で、男の主人に話しかけられて、少し怖いと思うと、ミルミヨルを見る。
「ああ、フィルランカちゃん。 大丈夫だから、その親父は、靴の中身より靴の方が大事で仕方がないのよ。 靴に頬擦りしても、人の足には頬擦りしないから、安心して見てもらいな」
そのミルミヨルの話に、フィルランカは、少し引く。
フィルランカを、余計、不安にさせたと思った靴屋の主人は、ミルミヨルを見る。
「チッ! 人を変態扱いするんじゃない。 まあ、靴に頬擦りするのはいつもの事だけど」
フィルランカは、少し引き気味である。
靴屋の主人は、フィルランカを安心させる事の方が大事だと思ったようだ。
靴を脱がせる前に話をする事にしたようだ。
「安心をおし、フィルランカちゃんを綺麗に見せるのは、服だけじゃないんだよ。 人は、動きにも気品や性格も出るんだ。 靴は、人の立ち姿や歩き方に大きく影響する。 いい靴を履いていると、姿勢も良くなり歩き方も変わってくる。 フィルランカちゃんが、第1区画で料理を食べたいなら、見た目だけで靴を選んじゃいけない。 靴は、立っている時、歩いている時の事も考えて選ぶんだ」
そう言って、靴屋の主人は、椅子に座るフィルランカの前にしゃがみ込んで、靴を履き替える準備をしつつ、フィルランカを見上げている。
「フィルランカちゃん。 お店に入るときは、ドアを開けて、歩いて店の中に入るだろ。 本当に鋭い人は、その数歩で、そのお客の本質を見抜くんだよ。 歩き方一つで、人の印象は、大きく変わってくる。 だから、貴族は、靴も注意するんだ。 たかが靴といっても、それだけで、歩き方も立ち姿も変わってくるんだ」
フィルランカは、靴屋の主人の話を真剣に聴き始めた。
「なあ、フィルランカちゃん。 直立歩行、……。 いや、真っ直ぐ立って歩いている動物を、人や亜人以外に見たことはあるか?」
フィルランカは、少し考えるが、自分の知っているのは、野良猫や野良犬、道を行く馬や地竜程度だが、どれも直立歩行しているものは無い。
「いえ、動物は、真っ直ぐ立って歩いたりはしません」
「そうだろう。 じゃあ、知恵を持って、道具を使ったりするのはどうだろう」
言われて、考えるフィルランカだが、答えは直ぐに見つかった。
「それは、人だけです。 動物が道具を使ったりすることはありません」
靴屋の主人は、フィルランカの答えに満足する。
「そうだろう、動物の中で道具を使うのも、直立で歩くのも人や亜人だけなんだ。 これが偶然だと思うか?」
フィルランカは、悩んだ様子をする。
「この世の中に偶然なんてものはないんだ。 だから、直立して歩くようになった人や亜人は、知恵をつけたんだよ。 だから、人や亜人は靴を履いて、歩く事にも気を使うようになったんだよ。 その究極が、王族や貴族の様な人たちみたいに、靴にも気を使うようになったんだよ」
フィルランカは、不思議そうな表情を靴屋の主人に向ける。
「フィルランカちゃんには、ちょっと難しい話だったな。 それにこれは、俺が勝手に考えたことだから、気にすることはない」
しかし、フィルランカの表情は、目から鱗が落ちたように、スッキリした様子で、靴屋の主人を見ていた。
「いえ、とてもためになる話でした。 すごく、心に響きました。 だから、これからは、歩く事も、立ち姿にも気をつけるようにします」
フィルランカは、安心した様子を見せた。
「じゃあ、今から、フィルランカちゃんには、魔法の靴を履かせてあげる。 どこかの王族か、貴族に見えるような素敵な靴を選んであげるから、今履いている靴を脱がせてもいいかな」
「はい」
靴屋の主人は、落ち着いた様子のフィルランカを見て、フィルランカの足を上げて、履いていた木靴を脱がせて、足を置く板の上に裸足の足を乗せる。
「おい、ミルミヨル。 お前、フィルランカちゃんの靴下はどうしたんだ。 裸足じゃないか。 お前、洋服だけで、それ以外は、……。 まさか、お前、見えるところだけで、下着とかはそのままじゃないのか?」
「あっ!」
ミルミヨルは、声を上げた。
「ちっ! お前、上っ面だけ着飾らせただけだな。 ドレスの宣伝をさせるなら、その中にも気を使え! それと今すぐ、フィルランカちゃんに合う靴下を取ってこい。 それに合わせて靴も選んでやる」
「わかったわ。 今すぐ取ってくる」
「あと、靴を選んだ後は、もう一度お前の店の下着を合わせてやれ、見えないところからちゃんと揃えるから、表面も綺麗に見えるようになる。 お前のところの婆さんにでも頼んで用意しておいてもらえ」
「はいはい、じゃあ、靴下持ってくるわ」
ミルミヨルは、靴屋を出て行くが、直ぐに戻ってきた。
「これなら、どうかしら?」
ミルミヨルは、白のニーハイソックスを持ってきた。
それを見て、靴屋の主人は満足そうに頷くと、フィルランカをチラリと見た。
無言で、ミルミヨルにフィルランカに正しい靴下の履かせ方を教えろと、態度で示した。
ミルミヨルも無言でそれに答えると、フィルランカの前に蹲み込む。
「じゃあ、フィルランカちゃん、ちょっと片足を伸ばしてくれるかしら」
フィルランカは言われるがまま、片足を伸ばす。
ミルミヨルは、その足にニーハイソックスをフィルランカに履かせていく。
ソックスを履かせる手が膝の上にいくと、フィルランカは恥ずかしそうにする。
それをもう一方の足にも行う。
「いいわよ。 これで、どうかしら」
「うん。 いい感じだ。 この靴下ならどの靴を選んでも大丈夫だ」
そう言うと、靴屋の主人は、棚の一番上から一足の靴を取ってくる。
革でできた高級そうな、靴を持ってきた。
その靴は、少しだけ踵が高くなっている。
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