第16話 靴


 ミルミヨルが、フィルランカの靴を選ぶために付き合ってくれる事になって、フィルランカは驚いてしまった。


 ミルミヨルは、店の奥に居た、母親に店番を頼んでまで、フィルランカに付き合う必要があるのか、非常に気になった。


「あのー。 ご迷惑じゃないのですか?」


 フィルランカは、服をタダにしてもらったのに、それに加えて、まだ、面倒を見てくれるミルミヨルに悪いと思ったのだ。


「ああ、気にしないで。 あなたは、私の店を宣伝してくれるのよ。 だったら、最後まで面倒はみるわよ。 だから、一緒に来て」


 そう言うと、ミルミヨルは、フィルランカの手を取って、店を出る。


 フィルランカは、呆気に取られてしまい、ミルミヨルの言われるがまま、手を引っ張られて店を出て行った。




 ミルミヨルは、フィルランカの手をとって、隣の靴屋に入って行く。


「いらっしゃい」


 靴屋の主人は、お客が入ってきたと思い、挨拶をして、入ってきたお客の顔を見る。


「おお、ミルミヨルじゃないか。 何だい? こんな時間に」


 そう言って、ミルミヨルが手を繋いで引っ張ってきた手の先の少女の顔を見る。


「今日は、フィルランカさんに、私の所の服の宣伝を頼んだんだ。 それで、この子のきている服に似合いそうな靴を選んであげようと思ったんだよ」


「ふーん。 そうだったのか。 分かった」


 そう言って、靴屋の主人は、座っていた椅子から立ち上がって、2人の方に歩いてきた。


「しかし、何で、この子が、お前さんの店の服を宣伝してくれる事になったんだ?」


 靴屋の主人は、気になった事をミルミヨルに聞いた。


「ねえ、隣の第3区画で、花嫁修行の為に、飲食店を食べ歩いている娘の話は聞いた事があるかい」


「当たり前じゃないか。 北の第3区画で噂になっていたのを、この第5区画の住民で、一番最初に聞いたのは、このワシじゃ。 そんな健気な少女が、今時いるとは思えなかった。 いい話じゃないか。 もし、ワシが独り身だったら、成人したその日に、その家に嫁にくれとお願いに行くよ」


 それを聞いて、ミルミヨルがニヤリとすると、目で、後ろにいるフィルランカを見ろと視線を振った。


 その視線を見た靴屋の主人が、フィルランカの顔を見る。


「まさか、その噂の当人か?」


「その、まさかなのよ」


 靴屋の主人は、まじまじとフィルランカの顔を見る。


 フィルランカは、靴屋の主人に見つめられて恥ずかしかったのだろう、視線を下に向けてしまった。


「へーっ、あんたが、そうだったのか」


 靴屋の主人は、フィルランカをまじまじと見たが、直ぐに、笑顔をフィルランカに見せた。


「嬢ちゃんに似合う靴がいいのか」


 それを聞いて、ミルミヨルが、慌てて言う。


「それも絶対に必要だけど、この子は私の服を宣伝してくれるのよ。 だから、私の服にも合わせて欲しいのよ。 お願いよね。 私は、お隣の吉見で、フィルランカさんを連れてきたわけじゃないのよ。 ご主人の肥えた目が必要だから、連れてきたの。 ご主人だったら、フィルランカさんも私の服も、どっちも引き立つような靴を選んでくれるでしょ」


 靴屋の主人は、ミルミヨルの何気ない言葉に、自分への信頼を感じたのだ。


「ほほーぉ、ミルミヨル。 お前、わかっているじゃないか。 今、お前、お嬢ちゃんに服の宣伝をしてもらうと言ったな」


「ええ、だから、私の服は、宣伝費用と相殺させてもらったわ。 服を提供する代わりに、この服を着てもらって、街を歩いてもらうのよ」


 それを聞いて、靴屋の主人も何かを考えるような様子を示した。


「ところで、嬢ちゃんは、何で、ミルミヨルの服が必要だったんだ?」


 靴屋の主人は、フィルランカに聞いた。


「あのー。 私、第1区画のお店で、そのお店の料理が食べたかったのですけど、今日、行ったお店は、どこも入れてもらえなかったんです。 さっき、ご近所のお店でお昼を食べた時に、その服だと入れてもらえないと言われて、ミルミヨルさんのお店に服を買いに来ました。 そうしたら服だけじゃなくて、靴も必要だって言われたんです」


 フィルランカは、不安そうに答えた。


(ほーっ、ミルミヨルのやつ、表面的なことだけじゃなくて、この子に、本当の淑女にしようとでもしているのか? 第1区画と言っても、全ての店が、そんな持ち物までチェックするとは限らない。 3軒も回れば、服を着ているだけで入れてくれる店があるだろうに)


 靴屋の主人は、ミルミヨルが何で、この少女に肩入れするのか気になった。


(ん? さっき、ミルミヨルのやつ、宣伝するって言ったな。 それに、花嫁修行の少女の噂?)


「おい、ミルミヨル。 お前、自分の服の宣伝にちょうど良いと思ったのか」


 ミルミヨルは、自分の考えている事を見透かされたので、苦笑いをしている。


「だったら、俺にも便乗させろ。 うちで一番の靴を用意してやる」


 そう言うと、フィルランカは、少し怖くなった様子で、ミルミヨルの後ろに隠れるようにしていた。


「嬢ちゃん。 確か、名前をフィル、……。 そうだ、フィルランカだ。 うん、カインクムの鍛冶屋に住んでいるフィルランカだ。 そうだったか、うん」


 靴屋の主人は、笑顔をフィルランカに向ける。


「フィルランカちゃん。 そんな女の後ろに隠れてないで、そこの椅子にお座り。 今、店一番の靴を用意してやる。 サイズもぴったりなのをな。 あと、お前さん、まだ、成長期だろ。 靴が合わないと思ったら、直ぐに持っておいで、サイズを直すか、新しい靴に変えてあげる。 ちゃんとアフターサービスまでしてあげるから、靴が気になったらいつでもおいでよ」


 そう言って、店の中央にある椅子にフィルランカを座らせる。

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