フィルランカの思いと第5区画の店々

第14話 初めてのブティック


 フィルランカは、服の予算を聞かれて困ったような表情をしていた。


 フィルランカとすれば、料理を食べて、味を知りたいだけなのだ。


 あわよくば、その作り方や、隠し味を聞ければありがたいと思っただけなので、服に掛ける費用と言われて、どう答えて良いのか困った様子を見せた。


「あのー。 私は、料理が食べたいので、着る物に掛けるお金は、最小限にしたいのです、けど」


 ミルミヨルは、それを聞いて、本気で、花嫁修行の為に、自分のお金を使う事に徹底していると思ったようだ。


「そうね。 あなたには、目的があるのだものね。 ……。 うん、分かった。 このミルミヨルが、格安で揃えてあげるわ」


 フィルランカの言葉を聞いて、ミルミヨルは頑張る気になったようだ。


「すみません」


 フィルランカが、申し訳なさそうに答える。


 それを、ミルミヨルは、健気に思ったのだろう、本気でコーディネートしてあげようと言う気になったようだ。


「ふふーん。 私は、お客様の希望に応える為に居るのよ。 お客様が、満足する事が大事なの。 もし、お客様が、買った金額以上の価値を、私が選んだ服に感じたら、どうかしら?」


 フィルランカは、聞かれて、ハッとする。


「はい、金額以上の価値を感じたら、とても嬉しいです」


 ミルミヨルは、笑顔をフィルランカに向けた。


「でしょ。 だから、あなたのような、お客様は、私の腕の見せ所なのよ。 高い服は綺麗に見えるけど、安い服でも見劣りしないように見せるのは、知恵を使うのよ。 だから、楽しみなのよ」


 そう言って、フィルランカを店の中に引っ張っていく。


 ミルミヨルは、色々、服をフィルランカに当てて、話を聞き、フィルランカの好みを見極めていく。


 ミルミヨルが選んでくれた服を、試着室で着替えて、姿見の前に立つ。


「うん。 思った通りね。 とても似合っているわよ。 後は、あなたの好みだけど、どうかしら」


 フィルランカは、着替えた服を見て、頬を赤くしていた。


「素敵です。 何だか、お姫様になった気分です」


 その言葉を聞いて、ミルミヨルは満足したようだ。


「じゃあ、それ着て帰る?」


「えっ!」


「いいじゃない。 これから、家に帰るんでしょ。 あなた、第3区画の人でしょ。 周りの連中に見せびらかして帰りなさいよ」


 ミルミヨルが、小悪魔的な笑みを見せて、フィルランカに言う。


「でもぉ……」


「大丈夫、きっと、みんな、振り返るわよ。 ああ、そうそう、歩く時、絶対に下を向いてはダメよ。 そうね、第1区画のお店に入ろうと思ったら、そういった態度も入店拒否される原因になるから、そのための練習だと思って、堂々と歩いて帰るのよ」


 その理由を聞いてフィルランカも納得したようだ。


「はい、そうですね。 着ている物だけじゃなく、態度でも断られるなら、その練習の為に、この服を着て帰ります」


 それを聞いて、ミルミヨルは、喜んだ。


(やったわ。 今、噂の花嫁修行中のフィルランカが、私の店の服を着て街を歩いてくれるのよ。 これは、いい宣伝になるわ)


 笑顔のミルミヨルに対して、フィルランカは、支払いが心配になる。


「あのー。 お代の方は、如何程になりますか?」


 不安そうに聞く、フィルランカだが、ミルミヨルは、お台の事を忘れて、今噂になっているフィルランカが、自分の服を着て歩いてくれると言うので、宣伝になると思って、頭がいっぱいだった。


「うん。 あなた、いくら持っているの?」


 ミルミヨルは、思わず、フィルランカに持っている金額を聞いてしまった。


 それを聞いて、フィルランカは、そんな事を気にすることもなく、持っている金額を正直に答えた。


「今、中銅貨3枚と、銅貨が7枚です」


 それを聞いて、ミルミヨルは、どうしようかと思ったように、少し考える。


(あら、少し足りないわね。 でも、店の宣伝効果を考えたら、値引きしても構わないわね)


「その服だと、中銅貨5枚なんだけど、あなたが、このまま着て家に帰るなら、中銅貨2枚にしてあげる」


「えっ!」


 フィルランカは驚いた。




 金額にも驚いたが、値引きの金額にも驚いた。


「あのー、そんなに高い服を、そんなに安くって、お店が赤字になってしまいませんか?」


「あら、赤字だなんて言葉を知っているのね」


 ミルミヨルは、意外そうに言った。


「ええ、私の住んでいる家は、鍛冶屋ですから、時々、お手伝いもするので、少しは分かります」


 ミルミヨルは、そう言う事なのかと思って、納得したようだ。


「フィルランカさん、あなた、歳のわりに、そんな事まで分かってしまうのね。 だったら、宣伝って分かる?」


「宣伝ですか? お店の入り口に、表通りに見えるように飾ってある、あれの事ですか?」


「うーん。 まあ、それも宣伝というかもしれないわね。 でも、ちょっと違うかもなんだけど。 つまり、あなたが、私の店の服を着て歩くのよ。 あなたは、この辺りでは、有名人だから、あなたが、その服を着て休みの日とかに歩くのよ」


 ミルミヨルは、ちょっと面白いと思ったのだろう。


 フィルランカに、何で、安くしたのかを説明を始めた。


「その服は、今まで、あなたが着ていた服とは、全く違うわよね」


「はい」


 フィルランカは、必要以上の服は持っていなかった。


 今の服も、ずいぶん長く使っている服なのだ。


「あなたが、突然、いつも着ている服と違う、その服を着て、道を歩いていたら、あなたの知り合い達は、どう思うかしら?」


「びっくりする。 かな」


「そうでしょ。 そのびっくりした人達は、その後、どうするかしら?」


「服をどうしたのか聞く? かな」


 ミルミヨルは、嬉しそうにフィルランカの答えを聞いた。


「そう、気になったら聞くわよね。 どこの店で買ったのか、可愛いと思えば自分も欲しくなる。 または、自分の娘にも着せてあげたいと思うでしょ。 だから、その服を着て、誰かに聞かれたら、私の店から買ったと言うのよ。 あ、お店の名前は、ミルミヨルの店だからね。 ちゃんと、ミルミヨルの店から買ったと伝えるのよ」


「はぁ。 いえ、はい」


 フィルランカは、それだけの事で、そんなに値引きしてくれるのかと、不思議になった。


「その宣伝を、フィルランカさんが、するの。 その代価として、中銅貨3枚となるの。 お金で支払う代わりに、その服を値引きするのよ。 どうかしら?」


 フィルランカは、少し悩んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る