第2部 8
バックヤードを抜けて裏口から外に出る、そこに、タクヤがいる。
「またあんたか」
ジュンペイが「うんざり」いっぱいにいった。
真下は心の中で一つ「なるほど」頷いた、店のボーイたちがバツ悪そうに真下たちを見送ったこと。
「ナポリタンスパゲッティーでも食ったか、意外とおこちゃまだな」
真下は手拭で口の周りを丹念に拭きながら、
「バックヤードからこっそり覗き見とは、いい趣味ですね。斉藤くん一人を表に回して」
「男前もつれぇなぁ」
「犯人は中にいるでしょ。早く応援に入らないと、斉藤くん、一人でだいじょぶなんですか? 向こうはいちおうナイフ持ってるし、いってあげたほうがいいですよ、タクさんなら得意でしょ。じゃあ、俺たちはこれで。失礼します」
ヤマタクのことを調べると、なるほど、さぁが捕まったことも頷ける、その経歴。
「お~い、ちょちょちょちょ」
「なんですか?」
「おまえら、被害者の一人、二人だろ」
「なにいってんだ、あんた」
「ただの居合わせた人ですけど。被害者も容疑者も中にいます、今日の事は店の中だけで完結しますから。では、失礼」
「職質だし、拒否すると後々面倒になるし」
経歴からは、おかたい人間に読める、典型的模範的な警察官と。付き合いを重ねると、少々感じは違ってくる。
「ナイフ男はまだ中にいます、斉藤くん一人だけで対処させて、俺なんかと話しこんでたなんて知れたら面倒なことになりますよ」
「心配無用、もともと変わり者で通ってるからな」
心配なんかしてませんよ。そんなに嬉しそうに自虐しなくても……。
真下は一つ溜息をはいた。
「なにが聞きたいんですか?」
「ちょっと向こういくか」
タクヤが辺りを見回して小さくいった、結局みられたくないのかい。
「いいんすか、離れちゃって」
「キソウももうきてるし。容疑者の仲間と思われる人間を追いかけたとかなんとかいえばだいじょぶだから」
「あんたの『だいじょぶ』なんか知るかよ」
「容疑者じゃなく、アホな野次馬でした、て報告すりゃだいじょぶだから」
「アホって。ざけてんのか」
ジュンペイが弄ばれている。
叩けば跳ね返される、しかしじっくり踏み込むと抜けなくなる、ウーブレックか。
「わかりましたよ。タクさんあなたほんと、警察官の鑑ですね」
「ありがとよ」
誉めてませんよ。
それほど離れたわけではない。
狭い道を左に折れ右に折れ、一〇メートルほど離れて建物の影にこもる。タクヤは通りを背に、真下、ジュンペイ、そして闇と向き合う。
「今日の、偶然じゃねぇだろ」
「なにがです?」
「たまたま『居合わせた人』じゃねぇだろっていってんの」
店の周りの騒がしさが路地を抜けてくる。
「店のもんにも当然話は通っていた、時間も、だいたい目星はついてた。どうやった?」
「偶然だっていってんだろうがよ、しつけぇな、あんたも」
「なんの根拠があるんです? 刑事の勘てやつですか?」
タクヤが俯く、小さく鼻を鳴らす。
「初めて会ったとき、俺のこと知ってたろ」
顔をはっきり上げず、タクヤはまるで独り言のように、真下たちと視線も面も合わせず話した。
――読めないな、この人。
真下のペースにさせてもらえない。厄介な人と関わってしまった、真下は幾分後悔した。
突っ込むと、抜けなくなる……。
初めて会った人間の名前をいい当てる、当然相手は警戒する、身構える、警察官だし、当然だろう。
まず向こうに力んでもらう、必要以上に力んでもらったほうが、緩んだときの隙も大きくなる。
そこにつけ込む。
近づき、徐々に構えを解かせる、懐に入り込む、貸しを作り弱味を握る。
もちろん、普段からそれを意識させたりしない、なるべく貸しを積み上げる、握っている弱みをみせずにおく。
それが、いざというときの保険になる、切り札になる。
こっちはそのカードを切らなくてもいい、ちらつかせればいい、ババを持っているのはこっちだと、向こうにとってのババを。
タクヤには、通じなかった。
なぜか、ババ抜きをしようという気にならなかった……。
「いいんですか、離れますけど」
いいながら、真下はスマホを取り出す。
「シモさん、いいんすか」
普段ならどんなに数的不利な喧嘩のときでも決して取り乱したりしないジュンペイが、またしても狼狽をみせる。
タクヤを相手にすると、なにからなにまでずれていく。
「さすがに今は無理だな。おまえの家にいきゃいるのか」
「いませんよ。どこっていえないな、みつけないと」
「そんな感じの情報収集担当なのか。部屋にこもって電子機器に埋もれてるんじゃないのか」
「うちのアナリストは普通じゃない……、いや並じゃないんで」
タクヤの視線は真下をそれて背後の闇に注がれている、なにを、考えている……。
「明日連絡するわ。そろそろ戻らねぇとさすがにやべぇ」
――ある意味、この人ほど警官を謳歌している人もいないかもしれない。
「じゃ、そういうことで」
通りに出る前に顔を出して左右をきょろきょろ、タクヤは店と逆側に走っていった。
それをみたジュンペイが感心したように。
「あのおっさん、ある意味すげぇな」
遂にジュンペイまではまったか……。
「さぁ、どう思う」
「ばれてた、たぶん」
闇の中から声がする、こじんまりとした影がうっすら浮かんでいる。
店の喧騒はここまで届いている、そのざわめきに背中を向けたまま、そちらを気にするそぶりを全くみせなかった。
「警官なんか辞めたほうがよっぽど出世しそうだけどな」
真下が呟いた。
「ほんとにあいつにマキさん紹介するんすか?」
「さあな、マキ」
なんていうだろうか。社交的な部類の人間では決してないし。
「案外、あいそうな気がするな」
ジュンペイが沈んだ表情でぼそっといった。
真下も同感である。「あいそう」の「あ」が「合」うでも「会」うでも、どちらでも。
スマホを片手で操作しながら、
「とりあえず、マキのところにいってみるか」
ジュンペイが先頭に立ち、路地の外に面倒がないかを確認、二人と一人は動き出した。
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