第2部 10
T崎警察著に連れていかれた二人の取調べは簡単に終わった。調書もとらなかったという。
二対五だ、囲まれて半ば無理矢理連れていかれたのを通行人もみている、そもそもそれで通報が入った、向こうはナイフも使っている、切られてもいる。
それでも重症を負ったのは五人のほうだったが、被害者は二人のほうだった。
向こうの話が聞けたら、また出頭してもらうかも、という話はしたらしいが。恐らく、被害届は出ないだろう。
事実出なかった。
男たちはいずれも組員の登録もされていなかった。若い男たちだ、新入りかもしれないし、金かなにかで雇われた一般人かもしれない。
根性ありそうにもみえなかったが、よほど恐ろしいものに口止めされていたのだろう。
このことは「ただの喧嘩」で処理された。異論を挟むものは誰もいなかった。
「納得いきません!」
と机を叩いて吠えたりは、タクヤもしなかった。
ただ、真下という男が気にはなった。
T崎市は昔から交通の要所であり、県内経済の中心で旨味も多い。
仕切っている組織はあるが、他所からのちょっかいも多い。
真下は、そんな「ちょっかい」の当事者になることがままある。
T崎市を仕切るメインの組織のために動いているわけではないという。
そのメインの組織にダメージを与えるために動いているわけでもないという。
勢力を拡大して自分たちで街を仕切ろうとしているのか?
まさか、警察の協力者、密偵とか……。
先の喧嘩で病院送りにされた五人は、腕、脚、あばら、手の指、など、どこかしら骨が折れていた。
ジュンペイがやるならわかる。
あの真下というほうは、あの優男にそんな力、凶暴性があるのだろうか……。
そのときはまだタクヤもそのことに思い至らなかった。
――この臭い……。
路地から出てきたのは二人、凸凹コンビだ、ズボンのポケットのスマホをチラ見、ジャケットの内側をチラ見する、真下とジュンペイだった。
そうか、この臭いは!
九月下旬の深夜、涼しくてちょうどいいという気温ではないらしい、車のエンジン、まばらな人の声がよく響いた。
「へっくしょい!」
ティーシャツに薄手のウインドブレーカーを着たタクヤのくしゃみが辺りの建物まで震わせた。寒気だったのか、臭いが鼻をくすぐったか。くしゃみの衝撃が納まるのを待たずに、タクヤは物陰を出て二人に近寄った。
二人はすぐに気付いたたようだ。ジュンペイが何か囁いた。
――逃げるかどうかの算段か。
それとも襲ってくるか。
「通報はいってないはずだけど、ヤマタクさん」
真下は友だちにでも会ったような笑顔だった、ジュンペイの笑顔は少し卑屈だ、屈強な肉体を隠しきれない半袖のティーシャツをこの日も着ている。
「休みだよ。なんだ、通報されるようなことでもしてたか」
「日頃の憂さ晴らすならいい店紹介するぜ、警官の安月給でも本番できる店とか」
「安月給なんて、いい言葉知ってんな、ジュンペイ」
タクヤと二人は一メートルほどの距離に近づいていた。「警官」の言葉が路地に響いた、タクヤは緩めた警戒を締め直す。
「半袖か、みてるこっちが寒くなる」
タクヤは鼻をすすった。
「今日は二人とも無傷か。それとも傷付け忘れたか」
「はあ?」
ジュンペイとタクヤは、それはもう大人と子どもだ。近づけば尚更。
しかし、タクヤは大男を見上げない、むしろ見下ろすように。
「冗談だよ、中、今日は何人だ」
「五人くらいですかね、暗くてはっきり覚えてないけど」
タクヤと真下が目を合わせた。
「中みてくるが、帰りたかったから帰っていいぞ、今はバッジもなにも持ってねぇからな」
路地に向かって歩き始めたタクヤの背中で、
「じゃあそうさせてもらいますよ。風邪でもひくといけないし、うちのジュンペイが」
「気をつけな、まだ生きてるやつがいるかもしれねぇからよ」
振り返らず、右手をさっと挙げて路地に入った。
路地を進んでいく、数人が地面に寝ていた、スマホを取り出し、写真を撮り始めた。
真下とジュンペイ、タクヤと別れて五分ほど歩いた、現場から北東、二人の住処は蔵町にある、人気はない。真下のスマホが鳴った。
「ああ、これはこれは」
電話で話をしている最中、真下の歩みが止まった、ジュンペイは少しいき過ぎた、電話しながら真下の脚が止まるとは珍しいことだ、振り返る、真下の笑顔がむしろ大きいように感じた、ジュンペイの顔は逆に曇る。
「わかりました」といって電話を切ったらしい、その前に今二人がいる場所を伝えていたような、スマホをすぐにしまわず画面をじっとみつめる真下。
「誰っすか?」
「ヤマタクだ、あの警官」
「シモさんの番号勝手に調べたんすか、職権濫用でしょ、訴えたほうがいいっすよ」
ん?
ジュンペイが真下を不思議そうにみている。様子が、いつもと少し違う。
「ヤツ、やっぱり侮れねぇ」
「どうしたんすか」
「『さぁ』が捕まった」
「な! そんな……」
ジュンペイは思わず、体ごと完全に振り返っていた、真下と向き合うような形になっているが、その視線、意識は真下の後方に漠然と広がっていた。
今まで全くなんとも思っていなかった、夜の闇に恐怖を感じていた、無論、自分が「怖いと思っている」ことなど、ジュンペイ本人は気付いていない。
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