第一章 船内での問題発生

 最上階に近い十三階の医務室に、VIPルームから電話が入った。声の主は女性だったが、相当焦っているようだ。応答に出た看護師のミネルヴァが、相手を落ち着かせながら症状を聞いていた。

 この十七日間の旅の間で十数人から連絡を受けたが、幸いにも大事には至らないケースばかりだった。あと数時間でようやく陸に着くこのタイミングでの一報は、医師としては余り嬉しくない。

 先程も電話が鳴ったけれど、直ぐに切れた。間違いか悪戯だろう。今回も大したことはない。そう高を括っていた。

 だが説明を受けている彼女の表情が、段々険しくなっていく。その様子を見ていたトーマスは、重大な異変が起こったらしいと察知し尋ねた。

「どうした?」

 すると受話器の口を押えつつ、こちらを振り向いた彼女は神妙な面持ちで話し出した。

「一四〇五号室のお客様が、急に苦しみ始めたようです。その症状を聞く限り、新型コロナを発症した疑いがあります。なので念の為に防護服を着用し、部屋へ診察に向かう必要があると思いますがどうしますか。患者は七十五歳の男性なので、重症化すると命に関わります。ちなみに電話は同室にいる若い女性からで、二人共日本人です。名前は男性が城之内様、女性は八神様」

「そんな馬鹿な」

 思わずそう呟かずにはいられなかった。何故ならこのゴールド・マーツー号は万全なコロナ感染対策と衛生管理の徹底をうたい、横浜から上海、ベトナム、シンガポール、マニラを経由し、何事もないまま旅を終えようとしていたのだ。

 例えばこの船には、三五〇の客室に七五〇名までの乗客と、五四〇名のクルーが乗船できる。だが通常の半分弱に当たる三五〇名に乗客数を抑え、乗組員は五三〇名とほぼ目一杯揃えて、コロナ対策を施してきた。

 食事もビュッフェ形式は完全に無くしく、バーやカフェ等はもちろん、五つのレストランで一人一人に配膳する形態を取っていた。

 各部屋のエアコン等を含む換気も、循環型でなく外から取り入れた空気を、逆流を防ぎながら出すシステムを採用している。病院等と同等の高度なフィルターを使用し、その清掃や換気口も定期的に行ってきた。

 それだけではない。空気中に漂うウイルスを絶つ為に、アトリウムや劇場や各階の廊下等の各所へ、人体に影響が無い紫外線を発する新機器を配置して殺菌している。

 そうした対策を取りながらも、レストラン等ではソーシャルディスタンスを保ってきた。アクリル板の設置はもちろん、皆フェィスシールドやマスクを常用しての接客をし、個別提供しかしていない。公演も席の間隔を広く取り、入れ替え制で人数制限をするという徹底ぶりだ。

 それでも毎日床を噴霧消毒し、排水管への洗浄液の投入等も行われた。自動体温測定器や消毒液も各所に配備され、通った人の靴底を殺菌する機器も各所に配置している。

 加えて各部屋にエアーカーテンもあり、容易に外気が侵入できない構造にしていた。中でも上階の一部のスイートルームは、病院に設置されているものとほぼ同じの、減圧式二重扉まであった。

 その上万が一船内で感染者が出た場合に備え、医務室は四階と十三階の二か所に設置され、十名以上の医師や看護師達がいつでも対応できる体制を取っていた。しかも一日で乗客乗員全員分の結果が出せる、PCR検査機器もある。

 さらには廊下を簡易封鎖し、一定エリアを集団隔離空間にすることが可能な、施設側の工事が一切不要であるコホーティング装置まで準備されていた。

 当然乗船前にも、乗員乗客全員をPCR検査等で徹底的にスクリーニングし、まだ完全ではないが、各国で使用し有効と認められたワクチン接種も義務付けられている。

 医務室で処置ができるよう、あらゆる種類の対新型コロナ用の治療薬やECOM等の人工呼吸器さえあった。それでも緊急を要する時にはヘリポートがあるので、ドクターヘリ等を呼び患者を陸地にある病院へと搬送する体制も常に取っていた。

 これだけの設備を整えるには、相当な費用が掛かる。だからこそコロナ禍以降の万全なワクチンも治療薬もまだ整っていない現在のクルーズ市場は、このようなラグジュアリークラスだけが、どうにか存続できている状況なのだ。

 よって旅が終わろうとしているこのタイミングで、コロナ感染者が出るとは考え難い。想像すらしたくなかった。それでも万が一に備え、対応は必要だ。少なくとも船内における感染拡大だけは、絶対に避けなければならないからだ。

 その為気持ちを入れ替え、トーマスは言った。

「一四〇五は、この船で最上階の最もランクの高いレジェンドスィートだ。同じ階のお客様の事もある。すぐに対処しよう。一つ上の階だ。急いで向かってくれ」

 二つある医務室では、他に二名の医師と看護師六名、救命士三名で二十四時間対応できる体制を取っている。ちなみにトーマスは、医療チームのリーダーを任されていた。

 幸い医師の中に、日本人の寺畑てらはたがいる。トーマスも日本語なら多少なりとも理解できるがアメリカ人だ。日本人の患者なら、彼が適任だろう。

 日本人看護師の岸本きしもともいる。救命士の中にはいない為、現在待機しているアメリカ人のケビンを同行させるしかない。もし緊急搬送が必要となれば、男手が必要だ。

 そう判断したトーマスは、早速彼らに指示を飛ばす。ドクター寺畑は四階で待機していた為、仮眠を取っていたもう一人の医師に交代し、直接十四階へ向かうと応じた。岸本とケビンは十三階にいた為、防護服を着用させ必要な器具を持ち、できるだけ他の客に見られないよう、部屋へと向かわせた。



 部屋に駆け付けた岸本は、周囲を見渡し誰もいないことを確認して呼び鈴を押した。応対に出た女性に医務室から来た事を告げ、部屋の中へと入る。彼女は頭部まで完全に覆われた防護服を着た姿を見て、さすがに驚いたのだろう。目を丸くしていた。

 当然の反応に対し、岸本が説明をする。

「八神様ですね。万が一コロナウイルスに感染している可能性を考慮し、このような格好をしていますがご安心ください。ところで城之内様は、どちらにいらっしゃいますか」

 医務室に電話したのは、彼女に間違いなさそうだ。奥へと促され先に進むと、キングサイズのベッドに横たわり苦しんでいる男性を発見した。そこで岸本は彼女に言った。

「八神様は奥の部屋で待機して頂きますか。これから診察を始めますので」

 そこで呼び鈴が鳴った。遅れてきた寺畑が到着したらしい。彼女がドアに向かう間、早速抗原検査の道具と酸素濃度を測る機械を取り出し、岸本は患者に声をかけた。

「お加減は如何いかがですか。苦しくて胸に痛みがあると伺いましたが。熱もあるようですね」

 声を出すのも辛そうな様子で、彼は答えた。

「荷造りをしている途中、急に調子が悪くなったんだ。咳も出て息もし辛い。もしかして君達がそんな恰好をしているのは、コロナに感染しているかもしれないからか」

「それを今から確認したいと思います」

 その時背後から、寺畑が姿を見せた。ここからは彼に任せた方が良い。岸本は場所を空け、城之内が告げた話を伝える。彼は頷き簡単に自己紹介をしてから、患者の左手の指に岸本が手渡したパルスオキシメーターを付ける。血中の酸素飽和度を測る為だ。

 肺から取り込んだ酸素は赤血球に含まれるヘモグロビンと結合し、全身の臓器に行き渡る。通常は九十六%~九十九%の濃度で酸素が結合しているけれど、肺炎や心不全等により取り込みが悪くなると、この数値が低下してしまう。酸素飽和度を測れば、肺炎を起こしやすい新型コロナの早期発見と重症化の程度が判るのだ。

 一般的には九十六%以上が軽症、九十三%までが中等症、それ以下ならば明らかな異常と診断され、酸素投与を考慮する。酷くなると九十%以下になり、もっと病状が悪化すれば、八十%から七十%台にまで落ち込む。

 そこまでくれば呼吸不全で命に関わる事態と判断され、それこそECOM等を使って、より強力な酸素療法が必要となる。

 同時に寺畑は、簡易キットで抗原検査を始めた。結果は十分程で陽性と出た。かつては陰性なのに陽性と出たり、発症二日目以降しか使えなかったり等と信頼性や利便性に欠けるものもあった。

 だが今は精度も高まり、結果が出るまでの時間も大幅に短縮したキットが開発されている。とはいえ陰性の場合だと、まだ陽性の可能性もある為PCR検査をする必要があった。しかし逆の場合は、新型コロナに感染していると見て間違いはなさそうだ。

 しかも酸素飽和度を見れば、九十五%とやや低い。現在は明らかな異常とまで言えないが、患者の年齢を考慮すれば一気に重篤化する可能性もある。もちろん医務室には現在有効とされている治療薬やECOMも装備されている為、応急処置は可能だ。

 けれども二〇二〇年の初めから感染が世界中に拡散した新型コロナには、二年経った今でも完治できると断言可能な治療法は確立されていない。

 ワクチンも世界各国で多数開発されて使用しているが、万全でないのが現状だ。全員接種をしているはずの乗客でさえ、こうして発症している事がそれを証明していた。

「このまま医務室へ行っても、隔離して治療するには限界がある。最終寄港地の横浜まで後三時間かかるが、房総半島からは近い。それなら千葉に配備されているドクターヘリを呼び、国内の病院で対処した方がより確実だ。早ければ二十分以内で着く」

 ヘリポートは同じ十四階の最上階にある。この部屋から緊急搬送をするには、最も適した場所だ。同じ階のお客様以外に見られる可能性は低い。それでもコロナ感染者が出た事は、船内にいる全ての乗客乗員へ告げた方が良いだろう。

 あのダイヤモンド・プリンセス号においては、下船した乗客から感染者が出た情報を乗員達は知りながら、混乱を防ぐ為にと他の客にはしばらく伏せていた。しかし今はスマホ等で、簡単に世界中のニュースを観ることが可能だ。

 あの時もネットにより、一部の乗客達の間で伝わった。その為隠しきれず、結局情報を得てから二日後に船内アナウンスした件が問題視され、非難を浴びる事となった。

 そうした経験から情報の隠蔽は、その後の客との信頼関係を損なう恐れがあり、逆効果になるとの教訓を得ている。しかも今回の船旅が行われた経緯から考えれば、そうしたスキャンダルは運営会社にとって、致命的になりかねない。

 寺畑はリーダーのトーマスに連絡を取り、判断が間違っていないか相談していた。彼は念の為、四階の医師達にも状況を告げたらしい。そこで最終決定を委ねられたようだ。

 といっても皆寺畑の見解に間違いないだろうと、意見は一致した。そこでトーマスは船長と上海にあるこの船の運営会社に連絡を入れ、了承を取りつけたようだ。そこから横浜にある日本支店へと繋がれ、そこからヘリの手配を行ったらしい。

 方向性が決まれば、後はヘリが到着するまでにやるべき仕事をこなすだけだ。その間は部屋でそのまま待機をしつつ、病状の悪化を防ぐ処置を行えばいい。出来る事は治療薬を飲ませ、携帯式の簡易酸素吸入器を装着する程度だ。

 それらの処置を行う寺畑が、乗船してからの患者の行動確認をし始めた。その為岸本は女性にも聞き取り調査の必要があると判断し、別室で待つ彼女の下へと向かった。

 何故なら乗船時には、乗客に対し徹底的なスクリーニングを行っている。しかも既に出港から十七日も経過していた。

 よって新型コロナの感染経路は途中で寄港した場所からか、船内における他の客や接した乗員から等、ある程度限られる。またこの旅の間で誰が濃厚接触者なのかも、早期に特定しなければならない。

 彼が感染したのなら、他にも感染者がいる前提で動く必要がある。その後確実に他の客と隔離し、PCR検査等により感染拡大を未然に防ぐことが緊急課題だった。

 間違っても、ダイヤモンド・プリンセス号の二の舞になってはならない。岸本はそうした使命感を持って、彼女から話を聞き出した。

 その間救命士のケビンは綿棒を取り出し、部屋の中の主だった箇所からウイルスの採取を行うと同時に、持参していたアルコール消毒液で清掃を始めた。これは前例で実施された、環境調査を基にした行動だ。

 あの船では、船内の共有部分九十七ヵ所と乗員乗客の四十九部屋四九〇ヵ所で検体を採取した結果を公表していた。その中で部屋における検出頻度で最も高かったのが、浴室内トイレ床の三十九%だ。

 次いで枕が三十四%、電話機、机が二十四%、TVリモコン二十一%等である。それらを通じ、患者周辺では接触伝播した可能性が高いと考慮され、それらの物品は適切に清掃、消毒すべきであるとの結果が出ていた。

 その為、この船ではそれらを最低一日一回行っている。他に廊下や天井排気口からも検出された事から、遠方までウイルスが浮遊した可能性は否定できないとされている。だからこの船の換気システムには相当な資金を投入し、対応を図ってきたのだ。

 そうした衛生管理の下で起こった今回の感染について、どこに不備があったのかを確かめる為にも、早期の検査が不可欠だった。もし清掃が不完全だったと判れば、他の部屋も同様と考えなければならない。

 そうなると、城之内以外にも相応の感染者が出る可能性が高い事を意味する。万が一多くの感染者が出れば、再び寄港が許されず船上で隔離される可能性もあり得た。そうならない為にも、早めに手を打たなければならない。

 岸本達三人が得た情報を互いに共有した上で、それぞれが持つ船内用の携帯電話を使い、医務室や船長がいる操舵室、ホテル部門の総支配人当たるマネージャー等に連絡をした。感染者が出たと乗組員達に伝え、その後の行動に備える為だ。

 外部からヘリが到着すれば、乗客は何事かと騒ぎ出すだろう。そうなる前に、船内放送で知らせる必要がある。もちろんそれより前に乗組員は情報を得た上で、それぞれが何をするべきかを把握し、対応に当たる準備を整えなければならなかった。

 ヘリが着陸態勢に入れば、ここにいる三人で患者を外へ運び出せばいい。既に患者が横たわるシーツの周りは、ウイルスの飛沫を防ぐ為のビニールシートで覆っている。そのままの状態で、シーツごと持ち上げれば良かった。

 患者の体重は六十キロ弱と聞いている。この部屋からヘリポートまでは、百メートル程度だ。その位なら寺畑とケビンが頭と足の部分を持ち、サイドから岸本が支えるだけで十分だと判断したらしい。

 さらに応援を呼べば、防護服の着用者がエレベーターや廊下等、複数個所で姿を現す事になる。乗客にはいずれ知れ渡るが、周知されるまでは出来るだけ穏便に済ませたい。無事患者を運び出す旨または出した時点で知らせれば、感染者は出たが安心し、落ち着くこともできるだろう。

 もちろんその時部屋にいる者は外へ出ないよう伝え、外にいる者は近くにいる乗組員の指示に従い、しかるべき場所へ移動させなければならない。と同時に各フロアの廊下等へ準備してある空間閉鎖装置を配置し、完全隔離を行う必要があった。

 そうした集団感染の防止策を取った上で部屋毎、または避難した乗客毎に順次PCR検査を受けて貰う。感染者と非感染者に分け完全隔離すれば、それ以上の拡大は防げるからだ。

 乗員も併せて八八〇名いるが、これから行えば夜中までには全員分の検査を終わらせられるだろう。そうすれば予定の到着時刻は過ぎるが、明日の朝には横浜へ着岸させ非感染者と判別出来た者から、順次下船させられる。

 もちろん下船した後も、すぐに開放はされない。まず船に乗せられた巨大な隔離用テントを設置する。そこで二回目のPCR検査を行い、陰性と出た人は通常の手続きを経た上で、正式に横浜へ出ることが許される手筈となっていた。

 万一陽性の人がいれば、そこからは国内の病院施設へ運ばれるはずだ。人数が余りに多ければ、一時的に一旦船に戻される場合もあるだろう。だがそうなっても、完全隔離した安全な状況での待機は可能だった。

 船に残るのはあくまで感染者と、その人数に対応する為に必要な非感染者の乗組員だけで済む。少なくとも、世界中を騒がせたあの事件で起こった悲劇を繰り返すことはない。その為に、この船では徹底的に訓練をしてきた。その成果を出すのは今なのだ。

 寺畑の携帯が突然鳴った。電話に出て用件を聞きながら彼は言った。

「ヘリがもうすぐ到着するそうだ。ここから運び出す準備をしよう」

 そう言い終わるや否や、船内放送が流れ出した。

「おくつろぎの所大変申し訳ございません。私は船長のビリングです。ゴールド・マーツー号にご乗船頂いている皆様に、至急ご連絡しなければならない事態が起きましたので、お聞き下さい。先程十四階にいらっしゃるお客様の容態が悪いと連絡を受け、医師による診断をした所、新型コロナウイルスの陽性反応が出ました。ただ現在千葉からドクターヘリが向かっており、緊急搬送の手配を取りましたのでご安心下さい。そこで皆様にお願いがございます。今お部屋でこの放送をお聞きの方は、こちらから指示があるまで外に出ず待機して下さい。またデッキやレストラン等共有スペースにいらっしゃる方々は、ソーシャルディスタンスを保ちながら、お近くの乗務員の指示に従って移動して頂きますようお願い致します。但し慌てる必要はございません。皆様にはこれまでお伝えしております通り、各部屋は常に換気されております。各フロアの施設内も同様で、かつウイルス除去する紫外線装置が配備されておりますので、飛沫感染のリスクはほぼゼロと言っても過言ではありません。また万が一に備え、各フロアの廊下や各所に防護服を着用した乗務員の手で、隔離部屋を設置しております。よって閉鎖された部屋またはブロック毎に留まって頂ければ、感染拡大の恐れもありません。その上で乗船前にお渡ししたマニュアルに沿って、お客様全員にPCR検査を受けて頂きます。その為防護服を着た乗組員によるご案内に、是非ご協力頂きますようお願い致します。後三時間余りで横浜に到着する予定でしたが、今しばらく船内で待機して頂く事をご了承ください。検査結果が出て陰性と判断されれば、順次下船可能になる為それまでお待ち頂くようお願い申し上げます。もう一度繰り返します。ただ今十四階に」

 英語で説明されると同時に、各所で日本語や中国語等の複数言語で同様の内容が放送され、また各フロアにあるスクリーンビジョン等にも、各国の言語に訳した文字が流れた。今頃は防護服を着た乗務員が船内に溢れ出て、外のお客様を誘導している事だろう。

 お昼近い時間帯の為、下船準備しようと部屋にいた客は少ないはずだ。まだレストランで食事中だった人もいるだろう。最後にお土産でも買おうと、四階から六階にあるショップに寄っている人や、まだ時間があるとくつろいでいた方さえいるかもしれない。

 それでも四階の劇場やカジノ、五階のコンサートシアターやプール、六階のフィットネスエリアや十一階にもあるプールやカードルームに図書館、十二階のジョギングトラックやゴルフスペース、テニスコートにはさすがにいないと思われる。

 共有スペースなら四階や五階の広いラウンジスペース、または十一階の船先端にある見晴らしの良いラウンジや大型のレザー製肘掛け椅子があるデッキで、最後の贅沢な時間を過ごしている人が多かったのではないだろうか。

 五階にあるビジネスセンターで、仕事をしている者も少ないはずだ。デスクトップPCが設置されネット通信等が出来る部屋だが、到着三時間前に利用するとは考えにくい。

 つまり今の時間なら、幸いにも限られたエリアに人が集中していると思われる。その為隔離や誘導する為に、人員が各所に散らばらないで済む。しかもただでさえ今回のクルーズでは船員の方が多いのだから、きめ細かい対応ができるだろう。

 繰り返される放送を聞きながら、寺畑の指示により患者を持ち上げヘリポートへと向かった。その前に同室にいて離れることを嫌がった八神を同じ女性である岸本が説得し、自分達が戻るまで部屋にいるよう指示した。この時点では全く問題ないと信じていたが、それは想像もしていない形で後に裏切られる事となったのだ。

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