第43話 絢斗と水卜とクレープ
日曜日の朝。
今日は水卜と会うことになっていた。
彼女とは近所の公園で落ち合う予定となっており、俺はブランコに乗って彼女が現れるのを待つ。
天気は快晴。
悩んでいるのがバカらしくなるほど気持ちのいい空だ。
「おまたせ~絢斗~」
「水卜、おはよう」
水卜は肩を露出させたセーターを着ており、なんというか……派手の一言だ。
見た目は派手だがおっとりしていて柔らかい。
水卜に会う以前はこんな格好している奴は大嫌いだったけれど、今は違う。
見た目だけで判断してはいけないということを、彼女から学んだような気がする。
「今日はどこ行く~?」
「お前、甘いの大好きだろ?」
「うん、大好き~」
「じゃあ甘い物でも食べに行くか」
水卜は目を点にさせて俺を見る。
「ケ、ケチな絢斗が外で物を食べるなんて~……」
「誰がケチだ。誰が」
全額アキちゃんに投資してるだけだ。
普通のケチとは違うのだよ。
その辺間違えないでいただきたい。
まぁしかし、中学の頃から無駄な金は使わなかったからな……
一緒に出かけたこともあるけれど、いつもお金のかからないことばかりしていたような気がする。
って、中学生ぐらいならそんなものだよな?
「と、とにかく、今日は母親から金を借りて来たんだよ。だから問題はない」
「おお~。じゃあクレープとパフェとパンケーキ食べに行こ~」
「……それは食べ過ぎなのでは?」
どれだけ食うつもりなんだよ……
その中の一品で十分でしょ?
俺はそう考えていたのだが、どうやら水卜は本気らしく目の奥がキラキラと輝いているようだった。
え、本当に全部食べるの?
全部付き合わされるの?
少し不安になっていた俺であるが……水卜は本気で全部を食べるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
パンケーキを食べ、パフェを食べ、そしてクレープを食べに店に来ていた俺たち。
クレープ屋の前で俺は吐き気を覚えていた。
もう甘いのはとうぶん食べたくありません。
それぐらい今日は甘い物を満喫したと思う。し過ぎたと思う。
「じゃあ~、チョコバナナください~」
しかし水卜はなんのその。
全く勢いを失うことなく、躊躇なくクレープを注文する。
「絢斗は何食べる~?」
「い、いや、俺はいいよ……」
「ええ~? ここのクレープ美味しいよぉ」
水卜と来たのは、大型スーパーの中にあるクレープ屋さんであるのだが……こんなのどこで食べても一緒じゃないのか?
クレープ屋の前にはいくつか座る椅子が設置されており、俺は先に底に座る。
「おまたせ~」
俺の隣に座る水卜。
彼女からはほんのり甘い香りがする。
これは甘い物を食べ過ぎたからか、はたまた彼女からするいい香りなのかもう判別はできないでいた。
「ほら~、絢斗も一口食べてみてよ~」
「あ、ああ……」
お腹はもうお@@あおであるが、一口ぐらいなら……
俺は水卜が差し出すクレープの端に歯を立てる。
「……美味っ」
「でしょ~? ここの美味しいって言ったじゃない~」
水卜の言う通り、ここのクレープは美味しかった。
こんな場所にあるから舐めていたが……いや、分からないものだな。
「んふふ、美味しい~」
俺は隣で幸せそうにクレープを食べる水卜を見て、笑みを浮かべていた。
こいつとご飯を食べていたら、自分までも幸せになったような気分になる。
こういう奴と一緒にいるのは楽しいというより、心地よい。
きっとこういう気分も大事なのだろう。
中学の時からずっとこうだったかもしれない。
だからこそ俺は、彼女に恋をしたんだろうな。
「ねえ絢斗~」
「ん?」
「お願いだからさ~、私を選んでね~」
「…………」
水卜はクレープを食べる手を止め、ゆっくりと話し出す。
「春夏冬ちゃんも御手洗ちゃんも可愛いけどさ~、私の方がずっと絢斗のこと好きだったんだよ~。中学の頃から好きだったんだよ~」
「水卜……俺も中学の頃、お前のこと好きだったよ」
「絢斗~……」
水卜の顔がパッと明かるくなる。
「だけど……今は分からないんだ。誰を選べばいいか。誰が好きなのか。あの頃、仲本がいなかったらお前と付き合って……幸せな日々を送ってたんだなって思う」
「…………」
「でも、もしとかさ、そんなことってあり得ないわけで……だから俺たちは今置かれた状況で物事を考えなきゃいけないんだよ。あの頃好きだった俺じゃない。今の俺の考えで、誰を選ぶか決めなきゃいけないんだ」
俺がそう言うと、水卜は肩を震わせ出した。
「仲本……なんであんなことしたのかな~……いまだに許せないよ~」
「俺だって許せない……でももう起きてしまったことだから、俺たちは前に進むしかないんだ」
「絢斗~。私、ずっと好きだよ~。ずっとずっと好きだよ~。これまでもこれからも変わらず好きだからね~」
水卜の真っ直ぐな気持ち。
涙を流しながら訴えかけるその言葉に、俺も涙を流しそうになる。
俺たちは同じ被害者だから、気持ちはよく理解できていた。
でもだからって……だから水卜を今すぐ選ぶわけにはいかない。
だってそれは流されているだけだと思うから。
俺は涙を流す彼女の背中に手を当てる。
でもそれ以上してやれることはなにもなかった。
水卜が手に持っているクレープから、ゆっくりとチョコレートが流れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます