第40話 絢斗と御手洗と彼女の気持ち
「はぁ……」
「どうしたんすか、先輩。そんな空手家の息吹みたいなことして」
「息吹じゃない。これはため息だ」
バイト中にため息をつく俺に、御手洗が声をかけてくる。
すでに外は暗く、そろそろ上がりの時間だ。
しかしバイトは終わりかけの時間がまた長い。
残り数十分が数時間にも感じられてしまう。
「で、なんでそんなため息ついてんすか?」
「ああ……ちょっと色々と問題が起きてだな」
「問題? アキちゃん病っすか?」
「それは平常運転だ。俺を病人扱いするな」
「いや、病人みたいなもんだと思うんすけど……で、アキちゃんのことじゃなかったとしたらなんなんすか?」
俺は苦笑いしながら話を続ける。
「ある意味、アキちゃんのことなんだけどな……」
「ああ……春夏冬さんのことっすか」
御手洗は俺の代わりにでもするようにため息をつく。
「で、春夏冬さんがどうかしたんすか?」
「いや、どうも春夏冬がな……その、俺のこと好きみたいなんだ」
「え!? こ、告白されたんすか?」
「いや、告白されてはないけれど……」
だが月が綺麗なんて言われたことがあるんだ。
告白されたようなもんだよな。
ある意味というか、回りくどい言い方ではあったけれど、指示したのは自分自身ではあったけれど、とにかく、告白はされていたんだ。
「あ、やっぱり告白されたかも……」
「どっちなんすか? ハッキリしないっすね」
「ハッキリしないのは俺が鈍感だった……からかな」
「あ、自覚あるんすか」
「自覚? 今でもそんなものないよ。でも鈍感の一言しか思いつかないよ」
「それ正解っす。絢斗先輩、超鈍感っすから」
こいつはハッキリと物を言う奴だな……
そんなの分かってる。
俺は鈍感だったんだ。
だって春夏冬の気持ちに気づけなかったんだから。
鈍感以外の何物でもないだろ。
「それで先輩、結局のところどうなんすか?」
「どうとはどういう意味だ?」
「だから、春夏冬さんのこと、恋愛として好きなのかどうかって意味っす」
「そういう意味か……」
俺は天井を見上げながら御手洗に話す。
「それに関してはまだ答えは出ていない。アキちゃんのことは好きだけど、それはやはり推しって意味で……でも、実際目の前にアキちゃんが現れたと思ったらやっぱり興味がないわけもないわけで……」
「ってことは、好きじゃないってことじゃないっすか? そういうことにしておきましょう! ね、ね?」
「なんでそんなに答えを急ぐんだよ……そもそも、この問題はお前には関係ないだろ?」
「やっぱ先輩は、超鈍感っすね」
それは理解している。
だけどそんなの御手洗には関係ないだろ。
御手洗と話をしている間にバイトの時間が終わり、俺と御手洗は同時に帰宅することになった。
「今日は送って行ってやろう。昨日の晩飯のお礼だ」
「あざっす」
今日は少し入りの時間が遅く、一旦家に帰った俺は自転車で来ていた。
昨日作ってくれた食事も美味しかったし、その礼も込めてだ。
こんなことするような男じゃなかったのだが……水卜の件で少し変化したのかな、俺も。
自転車の荷台に御手洗を乗せ、ゆっくりと漕ぎ始める。
「先輩。そんなにご飯美味しかったっすか?」
「ああ。美味しかった。俺の母親の料理より美味かった」
「それは嬉しいっすね」
俺の腰に手を回しながらヘラヘラ笑う御手洗。
やはり彼女も異様にモテるだけあり、相当可愛い。
これが俺じゃなかったら、この瞬間に惚れているところであろう。
お前、送り狼には気をつけろよ。
「例えばっすけど、結婚して毎日自分の料理食べれたら嬉しいっすか?」
「嬉しいな。あんな食事を毎日食えるとなれば幸せだろうな。うん。お前と結婚できるやつは幸せだよ」
「そうっすか?」
「ああ。ついでに大勢の兄妹も付いてくるし、暇することもないだろう」
「先輩はチビらから好かれてるみたいっすから丁度いいっすね」
「そうなのか?」
御手洗の兄妹のことを思い出す。
確かに少しばかり、なつかれてたような気もするな。
「先輩と結婚したら、ちょっと面倒なことも多いでしょうけど、絶対自分らのこと守ってくれるんでしょうね」
「それは分らんぞ。あっさり見捨てる可能性だって無きにしも非ずだ」
「それは無いっすよ。だって先輩、なんだかんだ言って面倒見良過ぎですもん」
「……そうか?」
面倒見がいいと言われてもいまいちピンとこない。
自覚は全くない。
ああ、鈍感な部分もそうだが、主観では見えない部分が多すぎる。
いや、最近は勉強になる毎日だ。
他人と接するのは面倒だと感じていたが、他人がいないと分からないことも多い。
御手洗の家の路地に到着し、彼女は勢いよく自転車から降りる。
「先輩、送っていただいてありがとうございました」
「ああ。別にいいよ」
御手洗は笑顔で俺に手を振る。
そして家の中に入ろうとしたその時、振り向いて大きな声で俺に言う。
「先輩!」
「ん?」
「自分、先輩のこと好きっすよ!」
「…………」
ガラガラと扉を開き、マッハの速度で中へと入る御手洗。
俺は彼女の言った言葉に硬直し、その場を動けないでいた。
御手洗が……好き?
俺のこと?
その日のその後の記憶はない。
翌日家にいたのだけれど……どうやって帰ったのだろうか。
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