第2話 高橋絢斗とアレクサンドロス・アキと御手洗綾香
「らっしゃっせー」
俺はコンビニでアルバイトをしている。
商品を棚に並べ、掃除をし、レジを打つ。
なんとも簡単でシンプルな仕事だ。
学校から帰ると俺はこのコンビニのアルバイトに精を出すのである。
理由はもちろん一つ。
お金が欲しいからだ。
「しあわせー」
客が店内に入ってくると、狂った機械のように来店の挨拶をする。
だが時に、俺は「幸せ」と口にするのだ。
これが言い方によっては「いらっしゃいませ」に聞こえるらしく、そうやって楽しんでいる時がある。
しかし心から相手の幸せを願ってそう言っているのだ。
ふざけてはいるがふざけてはいない。
いや、結局のところふざけているだけだろうな。
はい、すいません。
「先輩、ちーっす」
「おお、
バイトの後輩である
彼女は俺の一つ下の高校二年生。
肩ぐらいまで伸びたリンゴのような赤い髪、背は大変低い。
背は大変低いのだが胸は異常なほど大きい。
このアンバランスがいいという話を、コンビニに来ていた客が話をしていたのを聞いたことがある。
服装はラフな格好をしていることが多く、現在もシャツにジーンズというなんともシンプルなものだ。
彼女はとても可愛いらしく、ファンが沢山いる。
毎日のように連絡先を渡されたり、口説かれたりしているところを見るのだが……一度も誰かの誘いを受けているところはみたことがない。
彼女曰く、気になる男性がいるとのことで、その全てを断っているということだ。
「今日もモテなさそうな顔してますね」
「いきなりモテるような顔になるわけないだろ。いいからさっさと着替えてこい」
「はーい」
御手洗は毎度のことであるが、バイトに来たらわざわざ俺の腕に一度胸を押し付けてくるのだ。
その時の挑発的な笑み……こいつは人をからかって楽しむような厄介な奴なのである。
「嬉しいっすか、先輩?」
「嬉しくないね。全然嬉しくない」
嬉しくなんてない。
だけどちょっぴり興奮したのは隠しておきたいものである。
しかし彼女にはお見通しだったのか、ニヤニヤ笑いながら奥のスタッフルームへと入って行った。
俺はヤレヤレとため息をつき、レジの対応をする。
客は少し怒りを含んだ表情を浮かべているようにも見えるが……そんな顔をされても俺はしらない。
きっと御手洗のファンの一人なのだろうが、今のが羨ましいと思うならここでバイトをするがいいさ。
そんなに人を雇うほど儲けている店でもないけれど。
「先輩って彼女は作らないんすか?」
「藪から棒だな……なんだいきなり」
「だって先輩、彼女がいたなんて話聞いたことないんで」
着替えを終えて、青い制服に着替えた御手洗は、突如俺にそんなことを聞いてきた。
確かに俺は彼女がいたことはない。
そして作ろうとも思っていないのも事実である。
だって俺は彼女が必要ないのだから。
ぼっちだし、ぼっちが好きなんだし。
一人の方が楽なのだ。
そして彼女を作らない理由というものがもう一つある。
「作る気もないし、できやしないさ。お前もさっき言ってたろ? モテなさそうだって」
「あ、いや、それは冗談で……」
「ん?」
「な、なんでもないっす!」
御手洗は突然大慌てで俺から背を向け、揚げ物をやり始めた。
彼女はなぜか少し頬を染めながら、チラチラとこちらを見ている。
そして何か話しかけようとしてくるが――客がレジに並ぶ。
「いらっしゃいませ」
「お前じゃなくてさ、綾香ちゃんに対応させてよ」
「…………」
二十代のサラリーマンが俺をギロリと睨みつけながら御手洗を指名してきた。
ここはキャバクラじゃねえぞ。
ふざけんじゃねえ!
俺はそう思ったね。
まぁそう思っただけでそんなことを言う勇気など持ち合わせていないがな。
俺はソーッと御手洗の方に視線を向けると、彼女は笑顔で客の対応を始めた。
すると奴は人格が変わったのではないかと言うぐらいバカみたいに鼻の下を伸ばして情けない笑顔を浮かべて御手洗に話しかけた。
「ねえねえ綾香ちゃん。今度デートしようよ。ね、好きな物奢ってあげるからさ」
「すいません。嬉しいんすけど、客の誘いは断れと言われてるんですよ」
それは嘘であった。
角が立たないように誘いを断るためであろう。
だがそう言われても男は引き下がらない。
「そんなこと言わないでさ。ね?」
「いやー、店長に怒られますよ」
笑いながら接客をする御手洗はレシートを客に渡す。
するとその男はレシートにボールペンで何かを書き、デレデレした顔で御手洗の手をギュッと掴む。
「これ、俺の連絡先書いてるから。連絡してね」
「…………」
御手洗の額に青筋が浮かんでいる。
これは完全に怒っているな。
だが客相手に声を荒げることもできず、御手洗は我慢しているようだった。
「お客様。迷惑行為をするようでしたら、警察を呼ばせていただくことになりますが……いかがなさいますか?」
「はぁ?」
俺は耐えしのぐ彼女を見かねて、握られた手を無理矢理に引き剥がしそう言った。
男は怒りと、そして困惑した表情で俺を見る。
「め、迷惑なんてかけてねえだろうが」
「かけてますよ。お客様の誘いを受けることはできないと言っているのに、強引に誘おうとしてるでしょ? そんなの迷惑以外の何物でもないです」
「う、うっせー! 暗そうな顔してるくせに調子のんじゃねえよ!」
男はそう言い放って、そそくさと店を出て行った。
暗いのは関係あるのかと密かに怒りを覚えていたが……まぁいい。
御手洗はホッとして、ペコリと俺に頭を下げる。
「あざす。助かりました……先輩、何かあったらいつも助けてくれますよね」
「まぁ後輩だし、バイト仲間だし。だけど外でのことは助けてやれないから気をつけるんだな」
「……そんなこと言って、助けてくれるんすよね?」
「そんな都合よく助けが必要な場面に出くわすかよ」
俺はジュースの補充に行こうと歩き出すと、御手洗は背中でぼぞりと呟く。
「なんだかんだ言って助けに来てくれそうなんすよね……」
言っていることは聞こえなかったが……御手洗はどこか嬉しそうに見えた。
◇◇◇◇◇◇◇
バイトを終え、家に帰るとすでに二十二時を過ぎていた。
「あ、急がないと」
我が家は五階建てのマンションの202。
3LDKと家の広さには特に不満はない。
自室もあるので、さらに言うことがない。
いやはや、お父さん、お母さん、本当にありがとう。
リビングで食事を済ませ、サッと風呂に入る。
パジャマに着替えると時刻は二十三時前だ。
「よし。完璧だな」
俺は自室の扉を開き、中に入る。
部屋には学習机と漫画が詰まった本棚。
そしてベッドがあるが変哲もない部屋。
まぁ普通の高校生ならこんなものであろう。
俺はベッドで横になり、スマートフォンを手に取る。
これから俺が見るのは――
胸がドキドキする。
まるで好きな人に告白をする前の緊張感に似ているかもしれない。
いや、告白したことないけれど。でも多分そんな感じ。
画面に映し出されたのは、白い着物を着た銀髪の可愛い|vtuber。
その名も、アレクサンドロス・アキ!
可愛らしい3Dの彼女が、可愛らしく動く。
俺の心の癒し。オアシスそのものと言った存在だ。
彼女がいるから俺は毎日を頑張れる。
逆に言えば、彼女がいなければ頑張りもしないのだけれど。
『皆~こんばんわー。今日も元気してたぁ?』
「可愛いっ!!」
彼女が喋り出すと同時に俺の興奮はクライマックス。
いきなり最高潮までテンションが上がる。
その可愛らしい容姿と声に、昇天しそうな気分だった。
彼女が話し出すや否や、俺は『投げ銭』をする。
その額二千円。
投げ銭とは、視聴者が動画コンテンツに対してオンラインで送金する行為のことだ。
これをすることによってアキちゃんの懐が温まり、そして俺の心が温まる。
さらには、『スーパーチャット』と呼ばれる、色付きのコメントを投稿することもできるのだ。
「今日も声、可愛いです」
『わーハイブリッヂさん、いつもありがとうなぁ。でもあんま無理せんとってなぁ」
彼女は京女らしく、柔らかくそして癒しを内包した京都弁を喋るのだ。
春夏冬の京都弁を否定できなかったのはこのためだ……
京都弁を話す女子は可愛い!
京都弁と言うか、アキちゃんが可愛いのかもしれないけれど!
とにかく可愛いのだ、アキちゃんは。
誰よりも可愛く、そして最高の女なのだ!
相手は3Dの映像に生身の声を当てているだけの存在。
だがそこがいい。
生身の人間じゃないところがいいんだ。
御手洗に彼女は作らないと話をしていたが……もう俺は、この3Dの映像と魅惑的な声に骨抜きにされてしまっていたのだ!
俺は2次元の女にも3次元の女にも興味がない……
この目の前にいる、アレクサンドロス・アキちゃんにしか興味が持てない体質になってしまったのである。
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