その情(こころ)

シーラ

1-1 タクマ(2024.9.14修正)



大きくなったら何になりたい?

幼い頃誰でも一回は聞かれる事だ。


俺は騎士になる!!なんたってカッコイイから!


ーーー


王都に騎士の試験を受けに行く前の晩。寝ようとした俺を姉が呼び止めてきた。居間に来いってさ。


「明日早いんだぜ〜。寝させてくれよ」


「いいから、そこに座って。明日アンタがこの村を出るって、近所のおばちゃんと話していたんだけど。

そしたら、慌てたように言われたわ。アンタ、学校に寝に行ったんだって?もう一度、この国の部族についてだけでも話しておいた方が良いわよって忠告されたんだからね。私、恥ずかしかったわよ!


あ、これ地図ね。世界地図の前に、最低限この旧エン国だけ覚えていれば良いわ。

地理と部族の情報を、おさらいしておきましょう。大事な事だし。」


「そんなの必要ねぇよ。もう、ねむ〜ふがっ!?」


欠伸をした瞬間、鼻に指を突っ込まれた。痛くて目が覚める。


「何すんだ!!そんなんだから、彼氏できねぇんだよ!!」


俺の抗議は無視して、姉は話を勝手に進める。


「私達の地族(ちぞく)は、旧エン国でも一番領土を持っていて、国としても軍事的にも一番栄えているの。で、ここ一帯が一角獣(いっかくじゅう)の住む森よ。国の大切な財産だから、無闇に森に近寄っただけで罰せられるからね。幼児でも知っている事よ。

横の鉱山が水晶の採掘場。世界中に輸出している1番の貿易収入源よ。


それで、この山脈をこう、ぐる〜っと大回りして抜けた先に豪族(ごうぞく)の集落があるわ。お姉ちゃんが紡ぎ(つむぎ)の修行していた所。可愛い女の子が沢山だから、タクマには刺激が強すぎるだろうね。


そして、この地図でもわかる険しい山々を超えた先にある、孤立している部分にあるのが賢族(けんぞく)の集落。

私達が普段使っている薬は、全てここから輸入されているわ。賢族無くして薬は無い。


賢族の集落の近くにあるのが飾族(しょくぞく)の集落。場所はこの森の辺りと言われているわ。で、この何も無い広大な平地の側にあるのが赤族(あかぞく)の集落。


最後に、白族(はくぞく)には気をつけなさい。礼節をもって…って、タクマじゃ無理か。兎に角、失礼な事言わないよう頭下げておきなさい。アンタの常識が他所で通用すると思わない事……タクマ?」


「ん〜あ〜。聞いてる…聞い、て……。」


「全く、先が思いやられる。仕方のない子ね。」


俺は生返事をした後、そのまま寝入る。夢心地で姉におんぶされているのはわかった。久しぶりの硬く揺れる姉の背中は心地よかった。


ーーー


「地図は持った?お金は足りてる?途中で野宿するかもしれないから、火の水晶とテントは必要よね。あ、友達ができた時に一緒に食べるオヤツも必要だわ。はい、完成!無事合格するのを願っているわ。お土産はいらないからね。でも、期待してる。いってらっしゃい!」


一日もあれば王都に着くのに、大袈裟なヤツ。姉に一方的に大量の荷物を押しつけられ、村から放り出されて半日。やっと峠を越え開けた平坦な道にたどり着いた。もう、今日はここで野宿でいいや。足が限界でプルプルしている。


気の利く優しい姉とは聞こえが良いが、実際は押しつけて自己満足するだけ。迷惑でしかない。


「訓練かよっ‥くそ‥おしつけ、やがって、だから、男できないん、だよっ‥‥ん?何だ?」


平地の遠くで砂煙が見えた。もの凄い勢いでこちらに向かってくる。

あ、これヤバいやつだ。慌てて荷物を投げ捨て、近場の岩陰に必死で走って隠れた。


岩陰からそうっと様子を見ると、隠れている岩より巨体のクマが4頭こちらに走ってくる。突撃されたら、俺……。恐怖で全身が震え、涙と鼻水が自然と溢れてきた。


ああ、今朝は珍しく姉が朝食を作ってくれたな。卵焼きは殻が入って変にヌメッてしょっぱく、焼くだけのソーセージは変に甘い炭となっていた。

問答無用と口に突っ込まれたっけ。よりによって、あんなクソ不味いのが人生最後の食事かよ!


「せめて自分が作ったご飯を食べたかった!」


目を瞑り頭を抱えて空に向かって叫ぶと、体が宙に浮いた。と思ったら思いっきり地面に体を叩きつけられる。痛い。痛すぎる。

漏らしそうなのを堪えて目を開けたら、粉々になった岩とクマ4頭が俺の目の前に。涎を垂らして牙を剥き出しにしている。


「お、俺は騎士になってモテるんだっ!彼女も出来ないまま、清い体で人生が終わってたまるかっ!!」


死にたくない。腰が抜けているけど、腰に下げた剣を抜こうとしたら、鞘しか無い!!剣どこいった!?


クマが俺を睨みつけてる!!絶対絶命だ!!助けてお姉ちゃん!!


「ねぇちゃあああ…あ?」


震える手で鞘をクマ達に向けていると、クマの背後から何か白い塊が凄い速さで走ってくる。よく見えなかったけど、白い閃光が俺の目の前を駆け抜けたらクマが全て倒れた。ピクリともしない。


俺、助かったのか?


「あの、聞こえていますか?」


優しく肩を叩かれ我にかえると、目の前にめっちゃ可愛い子が立っていた。


年は少し歳上か20歳前後に見える。真っ直ぐ腰まで伸びる艶やかな乳白色の髪、陶器のような白い肌、パッチリした目に宝石のようなアクアマリンの瞳、精巧な人形のようだ。

いや、幼い頃に絵本で読んだ妖精か。こんなに可愛い人は初めて見た。俺は夢を見ているのかな?


「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」


形の良いピンクの唇、甘く艶のある声。細身なのに豊満な胸に目が釘付けになる。イイ匂いもするし、思わずニヤけてしまう。


「頭でも打ったんでしょうかね。可哀想に。」


「はっ!?いや、こ、これくらい大丈夫です」


ささっと顔を袖で拭うと飛び上がり、元気な事を示そうと屈伸をする。膝がまた痛くなった。


側に転がるクマ達を見ると全て眠るように死んでいる。血が出ていない。どうやって倒したんだろう。何も見えなかった。

先端に白く丸い石を飾った長い杖を持ち、息一つ乱さず涼しい顔をしているこの子は相当強いのだろう。


「怪我は無いようですね。良かった。クマを狩ろうとしましたが、殺気に気付かれて逃げられてしまいまして。私もまだまだ未熟者です。」


俺の体を確認してきて、怪我が無いとわかるとお辞儀をして微笑んできた。か、可愛いっ!!俺の心臓が別の意味で高鳴る。


「申し遅れました。私は白族のレイクです。」


「俺は地族のタクマと言います!レイクさんはお付き合いされている方はいらっしゃいますか!?」


「いきなり何ですか?」


俺の質問に無表情になるレイク。きっと動揺しているんだな!脈ありだ!


「愛しています!ぜひとも!俺と付き合って下さい!」


「ぜひ、と言われましても。貴方、白族知らないんですか?」


「愛に種族は関係ありません!それに俺、将来騎士になるので!絶対に幸せにしてみせます!」


「貴方は私のこの見た目が不快ではないんですね……。優しいお言葉をありがとうございます。大変申し訳ないのですが、それは無理なんです。」


レイクは照れているのか苦笑いする。そして、話を切り上げるように、収納が沢山付いたスカートのような道具服のポケットを探る。四角い形をした小さなベルを取り出すと、空に向けてチリンチリンと鳴らした。


「何をしたんですか?」


「回収隊を呼んだんです。とても優秀な方々なので。ほら、直ぐ来たでしょ。」


平地の向こうから砂埃を立てて、何かがこちらに向かってきた。よく見ると、シカ車が2台こちらにむかってくる。


姉が言ってたっけ。シカ車は豪族が貸し出しをしてて、地族では王都に4台あるだけの貴重な乗り物。見かけたらその日1日良い事があるって。

俺はこうして運命の人と出会えた。シカ車ありがとう!


シカにくくり付けられている車体の紋様は王直轄の物だ。つまりは選ばれた精鋭が乗っていると言うこと。

俺達の前まで来ると土煙を出しながら音を立てて止まった。扉が開いて、中から鎧を身に纏ったすんごく強そうな兵士が8人降りてきた。


「流石ですねレイク様。手伝っていただき、ありがとうございます」


「仕事中でも、様はいい加減やめてください。雑務をいつも受けていただいているのですから、おあいこですよ。」


鎧の装飾が多い隊長であろう女性が、レイクに話しかけてきた。肩まで伸びた茶色の髪と茶色い瞳。鎧の隙間から見える体は筋肉の塊りだ。筋骨隆々の言葉が相応しい。野生的な美女だ。思わず見惚れる。かっこいー!


「わかりました。業務外でしたら、そのように。……ところで、そちらの彼はどうなされたのですか?」


「おっ、おれ、じゃなくて、私はタクマと言います!王都の入団試験に向かう所ですっ!」


「私はこの隊の指揮を任されているミクルだ。

タクマ君はレイク様の戦いを見たか?彼女は特別だから、同じような事しようと思わない事だ。でも勉強にはなっただろ?」


全く何一つ見えませんでした。でも、黙っておこう。口ごたえはできない。


「あと、これ君のだろ?駄目じゃないか、剣を手放しては。荷物が無事だったのは、不幸中の幸いだったけどな。」


クマに踏み潰されたのか、ひしゃげて鉄屑になった剣の残骸と無傷の荷物を受け取る。逆だったら良かったのに。


「血抜きと回収終わりましたので、これから王都に帰還します。レイク様も狭いでしょうがどうぞ。」


「解体作業は時間との勝負ですから、無理に乗って速度が落ちるのは良くないですね。一番小さい雌のクマ一頭は頼まれ物ですから置いていって下さい。彼は丸腰ですから、護衛も兼ねて徒歩で帰還します。」


「……了解しました。タクマ君良かったな。でも、調子に乗るなよ。」


「は、はいっ!!」


鋭い眼光で睨み付けられ、蛇に睨まれた蛙のような気分になった。筋肉美女の圧が凄い。でも、この人の下についたらカッコいい男になれそうだな!


「では、失礼します。道中お気を付けて。あの方には上手く言っておきますから。」


「ありがとうございます。」


来た時と同じ速さで去っていくシカ車を見送ると、レイクが俺を見つめる。なんか凄いドキドキする。恋するって良いな!幸せ〜!


「その荷物。」


「これですか?姉が作ったやつで、無理矢理持たされたんです。剣は使い物にならなくなったのにこれは無傷なんて、逆なら良かったんですけどね。」

 

「紡ぎが施されていますね。地族でここまで出来る人がいるとは思いませんでした。素晴らしい技術をお持ちのお姉様ですね。」


姉は可愛い系の雑貨や服を作って自分の店で出しているけど、そんな技術使えるんだ。知らなかった。いや、言ってたかもしれない。もっとちゃんと聞いていたら、レイクともっと話せたのに!俺のバカ!


「あの大きな木の根本に町があります。日が落ちてきたので丸腰では危険でしょうし、急ぎましょう。」


「あ、待って下さい!速すぎますよ〜!」


一番小さいとはいえ、レイクの倍以上ありそうな大きなクマを軽々背負うと、競歩というかほぼ小走りで行ってしまう。

急いで両手と背中に荷物を持って、その小さいけれど大きな背中を必死に追いかけた。


ーーー


「私が支払いをするので、タクマ君はこちらで一人で泊まって下さい。」


天辺までどれだけの高さがあるのだろう。測る人も登って上に何があるか確かめに行く人もいないので、大木は『キニナルキー』と呼ばれて大勢の旅人の目印として愛されている。

その大木の根本に自然と人が集まり作られた街の名は『みんなの集まる街』と呼ばれている。


街に着いたのは日が落ちる少し前。

道中走る速さを緩める事なくクマを背負ってきたレイクは、汗を少し流しているだけで変わらず涼しい表情だ。俺はもう全身疲労で、足はガクガクしている。でも、レイクの前だ。頑張なきゃ!


クマを道具屋に運び込んだ後、今夜泊まれる所を探した。しかし、この時期俺と同じように入団試験を受けに来る人が多いらしく、どこの宿も満室。

仕方ないので、と不服そうに呟きながらレイクの知り合いの経営している宿に行ってくれた。幸運にも、予備の部屋が1室空いていた。


「こんな可憐な、愛する人を差し置いて。しかも支払いまでさせるなんて、男としてできません!俺からは手は出さないと誓うので、一緒に泊まって下さい!」


「私は大丈夫ですから、貴方は泊まりなさい。女将、後は頼みますね。」


「困ったねぇ。この時期入団試験を受けに来る若者を狙って盗賊がうろついているんだよ。憲兵も見回っているし、レイクちゃんなら簡単に逃げ切れるだろうけど、宿から追い出したって噂が立てばこちらの信用問題に関わるんだよね。はぁ〜、困った。

男女の相部屋なんて当たり前だし、この男の子も手出ししないって言ってるんだ。  

朝食にレイクちゃんの好きなクマのキッシュとコチドリの山賊焼を出してあげるけど、どうだい?泊まってくれるだろ?」


一瞬レイクの目が輝いた。食べる事が好きなようだ。よし!デートする時は、美味しい所を一緒にたくさんまわろう!


「で、でも女将。帰らないと!あの人の心配性は知っているでしょ?」


「レイクちゃんに万が一があったら、私達の責任になるんだけど。どうしてくれるんだい?」


トドメの一撃が効いたのだろう。レイクはぐっと息を呑み、鍵を貰い部屋に向かって行った。


この宿の女将は優しい。宿を出ようとするレイクを引き止めてくれた。俺も頑張るぞ!彼女ともっと仲良くなれる為に!


「タクマ君だっけ?わかっているとは思うけど、レイクちゃんには絶対に!手を出すんじゃないよ。

相手の優しさにつけ上がって、調子に乗らない事だ。後悔するよ。わかったね。」


すっと目を細める女将の背後に、荒々しい獣の姿が見えたような気がする。


俺は冷や汗を全身にかき、コクコクと何度も頷いてレイクの後を追った。先程の人といい、なんでレイクから離そうとするのかな?まさか、俺に惚れたとか?モテ期到来か?


ーーー


「今から湯処を使います。私が出るまで入って来ないで下さいね。」


レイクが湯処に入ってから、10分は経っただろうか。せめて音だけでも聞きたいとドアに耳を当てているが、ずっと無音のままだ。


もしかしてシャワーで溺れているかもしれない。それは一大事だ!鍵穴から中を覗けないかな。ああ、全く見えないっ!!


「……何しているんですか?」


扉に張り付いていると、不意に開いてレイクが出てきた。思わず尻餅をつく。

音もしなかったのに髪はサラサラ肌はほんのり火照っていて、服も綺麗になっている。ぼーっと見惚れていたら、レイクの妙な視線に気付く。あ、めっちゃ睨んでいる。覗きを疑われているのか!?


「誤解です!何も音がしなかったので、心配してたんです!」


「なるほど。何も説明せず入ってしまい、すみません。心配させてしまいましたね。

一般的な方法で湯処を使用していませんし、消音もしていました。」


色々聞きたかったが、貴方もどうぞと促され湯処に入る。

質問は風呂に入った後で良いし、匂いが消える前に入らないと勿体無い。あ〜、良い匂いがする!姉と大違い!


湯処はシャワーだけの造りになっている。昨日、姉が言ってたけど。5年前までは宿泊先で風呂なんてなかったそうだ。賢族と豪族が設備を作ったらしく、今は当たり前のように旅先で風呂に入れる。あー、きもちぃい。


体を綺麗にして出ると、机にレイクからの置き手紙があった。知り合いの所に用事があるらしい。いつ戻ってくるかな。沢山話したいなぁ。趣味とか、好きな食べ物とか。


する事も無いので、ベッドで横になる。あ〜、今日は良い一日だった。






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