幼馴染に告白をしたら「ごめーん。勘違いしちゃったよね!」って軽いタッチで振られ「まっ。今までどーりってことで、今後ともよろしく~!」と、肩を二度ぽんぽんされた。……いや、お前。舐めてるのか?
第12話 悪魔の笑みにもう一度、恋をする(前編)
第12話 悪魔の笑みにもう一度、恋をする(前編)
「花純……。花純……。花純……!」
もはや俺の心は擦り減り、はち切れ、ズタボロだった。
治外法権と化した男子トイレを秒で去った俺は、一平方メートルあたり2ラブラブちゅっちゅカップルの隙間を縫うように駆け、花純の姿を探していた。
あのバカ……。どこに居るんだよ。……勝手に居なくなりやがって。
しかし取り分け運動神経がいいわけでもなく、ましてや小柄でもない俺は、ラブラブちゅっちゅカップルにぶつかり、つまずき、顔面から転んでしまった。
「……ぐあぁっ」
クソッ。どうして……。
……どうしてもクソもなかった。
此処はラブラブちゅっちゅカップルたちの巣窟。一平方メートルあたり2らぶらぶちゅっちゅカップルが織り成すデンジャラスゾーン。
こんな危険地帯の隙間を縫って駆けようようものなら、当然の結果だった。
……俺はいったい、なにをしているんだ……。
およそ冷静な判断力を欠いていると気付いたところで、ぶつかってしまったラブラブちゅっちゅカップルの♂が手を差し出してきた。
「おいおい……大丈夫か?」
「す、すみません……大丈夫です(……はぁはぁはぁ)」
どれだけ駆け回っていたのだろうか。息は切れ、呼吸もままならない。
そんな俺を♂は少し心配そうに見ると、体についた埃を払ってくれた。
「次からは気をつけろよ」
「はい。本当にすみませんでした……(はぁはぁはぁ)」
長居は禁物。この場から早急に立ち去ろうとするも、時既に遅し──。
らぶらぶちゅっちゅカップルの♀。綺麗なお姉さんが険しい顔で俺を見ていた。そして──。
「ねえ、僕? ひとりで来ちゃったの?」
ま、まずい。ついさっきも似たような展開に遭遇したばかりだ。
「ち、違います……(はぁはぁはぁ)」
切らした息で、必死に掠れる声を絞り出すも──届かない。
「あ〜。言われてみれば確かに一人っぽいな。おい少年。こんなところに一人で、なにをしているんだ?」
先ほどまで優しかった♂の目つきが変わった。
「つ、連れを探していて……」
「連れ? なんだその言い方。彼女じゃねえのかよ? なぁ?」
嘘でもいい。頷いてしまえ。……嘘でもいいから。
「ねえ、たっくん。なんか怪しくない?」
「いや。岬ならまだしもここに一人で来るなんてありえないだろ」
「でもどうみたってひとりじゃん?」
「いや、まあ。そりゃそうだけど」
そこまで言って、♂はギロリと俺を見た。
「なぁ、彼女と来たんだよな?」
「…………………………………」
答えられなかった。答えられるわけが、なかった……。
黙りする俺に答えを見つけてしまったのか、綺麗なお姉さんから蔑んだ視線を向けられた。
「……最低」
綺麗なお姉さんから放たれるその言葉は、俺の心を酷く抉った。
しかし事態はそれだけには留まらず、次第にまわりのらぶらぶちゅっちゅカップルたちまでもが、異変に気づくように俺を見てきた。
「あ? ソロプレイヤーか?」
「えー、やだー。わたしたち見せ物じゃないのにぃ!」
「あれ、その子……さっきからうろちょろしてる子じゃん。なんかそういえば、お尻触られたような……」
……え?
「うん。そういえばわたしも体ぶつかったかも」
「わたしもぶつかった!」
「え? たまたまかと思ったけど、あれってわざとだったの?」
……え?
ぞろぞろとらぶらぶちゅっちゅカップルの♀たちが寄ってきて、あっという間に俺を囲むように人だかりができてしまった。
そしてお上品なシスターの格好をした綺麗なお姉さんが現れ──。
「神聖なラブパワー事務局に己の欲望を満たすためにソロで入り込むなんて、万死に値するわ。大変よみんな! 痴漢が出たわ!!」
……そんな、バカな。
「ち、違います……!」
必死に否定をするも、状況がそれを認めてはくれない。
らぶらぶちゅっちゅカップルたちから、憐れみや怒り、蔑み。様々な視線が一同に突き刺さる。
……嘘だろ? なんの冗談だよ……?
そして、最悪の事態へと発展していく──。
「あ! 警備員さーん! こっちこっち!」
「この場合っておまわりさんじゃないの?」
「警備員に突き出せば、警察が来てくれるよー! 逮捕! 逮捕! たいほっほ!」
どうして……。どうしてこんなことに……。
俺はただ、花純を探していただけなのに……。
……花純。花純……? なぁ花純……?
されども花純の姿はどこにもない。
なんだよこれ。どうしろって言うんだよ……。と、すべてを諦めかけたとき──。
「っるっせーな。さっきからなんなんだよ」
「もう。機嫌悪くならないの! なんかね、痴漢が出たって騒いでるみたい」
「なんだよそれ。興味ねーわ。俺、寝るから。……あ、でも。もしお前が痴漢されたら、地の果てまで引きずり回して二度と立ち上がれないようにしてやんよ」
とてつもなく恐ろしいこと言っているけど、聞き覚えのある声だった。
忘れもしない。この声はオラオラ系甘えん坊のパンティ膝枕が大好きなお兄さん!
あの人が俺に気がついてさえくれれば! この状況を打破できる! そう思い声の方向を見やると、愕然とした。
隅の数少ないベンチを陣取り、逆膝枕をしているんだ。
──あ。
傍から見れば単なるお眠り。しかし三日間に及ぶ集大成のお楽しみ中だということを、俺は知っている。
だったらどんなに叫ぼうとも、起き上がらないことは火を見るよりも明らかだった。
終わった。パンティ膝枕のお兄さんに希望を抱いてしまったからなのか、体からスゥーっと力が抜けて両膝をついてしまった。
そんな俺の目の前で、シスターが十字架を天にかざした。
「神聖なるラブパワーを汚す者に、天罰を──」
ははっ。はははは……。なんだよ、これ。なんなんだよ、此処は……。
そうして俺は──。駆けつけた警備員に取り押さえられてしまった。
「まだ若いのに、大変なことをしちゃったね。話は事務所で聞くから。立てるかい?」
警備員さんの目は完全に罪人を見る目だった。
それだけじゃない。ここに居るすべてのらぶらぶちゅっちゅカップルたちからも同様の視線を感じる。
弁解するのは簡単だ。彼女を探していただけ。そう言えば済む話。
それなのに、そのたった一言に言葉が詰まる。
その結果、俺はいったいどれだけのものを失うのだろうか。きっと取り返しのつかないものをたくさん失う。……だったら言えよ。言っちまえよ。
『一日限りの偽りの彼氏』なんだから、言っても問題ないだろ。……言え。言え……言えよ! ……頼むから、言ってくれ……。
それでも俺の唇は、まるでマー君に蓋をされているかのように動いてはくれない。
──だって俺は、花純の彼氏じゃない。
振られたんだ。彼氏にはなれなかったんだよ。
そんな俺が、花純の彼氏を名乗れるわけが……ないだろうが……。
花純の前で奢らせアイス計画のために彼氏のフリをするのとはわけが違う。ここで彼氏を名乗ってしまったら、俺はもう──。
だからたとえ嘘だとしても、この身が滅びようとも。それだけは絶対に、口には出せない。
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