(中編)
俺はいったい、どこで間違えたのだろうか。
花純に告白をしたこと。
縁を切らずにわからせると息巻いたこと。
……違う。もっとずっと前から間違えていた。
花純の悍ましさに気づかず、恋をしてしまったこと。
花純の笑顔に癒され、毎日が幸せで楽しかったこと。
……そうだ。三度の飯よりも花純が大切だった。
でもすべてが、嘘に変わってしまった。思い出さえも、嘘に変わってしまったんだ。
始まりから既に、間違っていたんだよな……。
──花純と出会ってしまったことが、そもそもの間違いだった。
だったら、俺はなにも間違ってはいない。
だってこの出会いは止められない。あの日、寝坊していなければ。志望校を変えていなければ、委員会に入らなければ、謎部活に入らなければ、空から美少女が降って来なければ、彼女を寝取られていなければ、トラックに轢かれていなければ、異世界に転生していなければ──。
そういう選択の末で、俺と花純は出会ってはいない。
居たんだよ。気付いたときにはもう、隣に居たんだ。
家が近所で親同士も仲がいい。物心がついたときにはもう、この悪魔は俺の隣に居たんだ……。
幼馴染との出会いなんてものは、運命レベルで避けようのないもの。
生まれた時点で、俺と花純の出会いは決まっていた。
あぁ、そうだよ。
簡単な話だったんだ。──生まれて来なければ、良かったんだ。
そしたらこんなにも辛い思いをすることも、苛つくことも、胸が苦しくなることも、なにかもぜんぶ。……なかったんだ。
ようやくをもってして、答えへと辿り着く。でもそれはあまりにも無慈悲で、凄惨で──。救いのない答えだった。
「ほら立ちなさい。自分の足で歩くんだ。それとも警察が来るまでここでそうしているかい? きっと今よりもずっと、辛くなるよ?」
警備員のおじさんが俺の肩をぐっと掴み、立たせようとしてくる。
「さぁ立つんだ。すぐにでもこの場から立ち去ったほうがいい。まわりを見てごらん? スマホのカメラを向けられているだろう? これがどういうことかわかるだろう?」
もうどうでもいいよ。今更そんなことを気にしたって仕方がないよ。
だって俺は、答えを見つけてしまったのだから──。
「困った坊やだ。あのね、実を言うとおじさんはね、カップラメーンにお湯を注いで来ちゃってるの。この意味がわかるかい?」
「…………………………」
そうか。じゃあ立たないと。
人様に迷惑は掛けるなって、母ちゃん、父ちゃん、姉ちゃんに言われて育てられたからな。そこから目を背けたら、これまでの人生すべてを否定することにもなってしまう。
それはきっと、違うと思うから。
立ち上がるため、重い腰を上げようとしたときだった。
「────ッ?!」
瞬間。奇跡へと、視線が繋がった。
……嘘だろ?
俺を取り囲む大勢のらぶらぶちゅっちゅカップル。その脚の隙間から、目が合った──。
「どうしたんだね? 立ち上がろうとしていたじゃないか? このままじゃラーメンが伸びてしまうよ……。いつも行くドラッグストアで本日限りの超特売品。168円の高級カップラーメンを100円で買えたんだよ……。美味しいうちに食べたいじゃないか……」
もうすべてを諦めていた。俺の人生は、ここで終わるものだとばかり思っていた。
でもそれは違うのかもしれない。だって真っ直ぐと俺を見ているんだ。少し険しい表情で、驚きながらも──見ているんだよ!
「そうだよな。こうなる運命だったんだよな。おかしいと思ったんだ。広告の品が仕事帰りの俺なんかのもとに転がり込んでくるなんて、出来過ぎた話だった。ははっ。ははは……。すべては運命のいたずらだったか……。恨むぞ、広告の品」
そして、頭を撫でられる手をゆっくりと押さえると、静かに立ち上がった。
──来る! 来てくれるんだ!
「でもね、たとえ麺が伸び切ってしまっても食べるぞ。食べないわけにはいかない。168円の価値がなくなってしまったとしても、100円の価値を見出さなければお天道様の下を歩けなくなる。穀物の神様に顔向けができなくなってしまうからね」
隅のベンチを陣取り、お楽しみ中のはずだった。
絶対に気がつかないと思っていた。たとえ気がつこうとも見て見ぬフリをされると思っていた。三日間に及ぶ集大成。パンストワールドに没頭しているものだとばかり思っていた!
けど!
パパパパパパ──パンティ膝枕のお兄さんが、来る!
「カップラーメンとはもろ刃の剣なのだよ。出来上がりが早い反面、麺が伸びてしまうのも早い。麺の吸収率がうどんやそばとは比較にならないんだ。お手頃価格でお手軽に。しかしこうなってしまっては、その手軽さが仇になる。まるで俺の人生を嘲笑うかのように、麺は伸びてしまうんだ……!」
大丈夫。このままここで座って居れば、パンストサンドイッチさんが数秒後には、場をおさめてくれる!
「────ッ?!」
しかし。三日間履き続けるパンスト大好きお兄さんと俺の間を阻むように、悪魔が…………現れた。
「あはは。本当に嫌気が差してくるよ。いったい俺の人生って、なんなんだろうな? ……でも君はまだ若い。ここで間違いを起こしてしまったからと言って、まだ未来がある。カップラーメンのように、取り返しがつかなくなるわけではないんだよ? だから立とう。諦めるにはまだ、君は若過ぎる」
か……す…………み?
こちらを覗き込むように、あんよをして、首を傾げながら不思議そうな顔で向かって来る。
ぶらぶちゅっちゅカップルの足元を縫うように、ぶつかりながらも着実に前へ前へと、あんよする。
「おい! 168円の高級カップラメーンの犠牲を無駄にするな! いや、乗り越えろ! 君はまだ若い! さぁ、行こう! 俺の手を取るんだ! 君はひとりじゃない!」
その歩み(あんよ)は止まらず、ついには俺の前まで来てしまった。
「しょーちゃん……?」
そう、ひとことだけ言った悪魔の顔は、不安と心配に満ちたもので──状況をまるで理解していないようにもみえた。
……ふざけるな。ふざけるなよ?
ぜんぶお前の策略だろ? わざと姿を消して物陰から眺めていたんだろ? それなのにどうして、そんな顔ができるんだよ?!
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