雨屋敷の犯罪 ~終わらない百物語を~

櫻井彰斗(菱沼あゆ)

百物語の夜

はじまりの夜 ~彩乃~

 

 ひとつずつ、ひとつずつ、蝋燭の灯りが消えていく――。

 


 小学五年の夏休み、私たちは雨屋敷と呼ばれているこの家で、百物語をやった。


 雨屋敷。

 此処がそう呼ばれているのは、晴れた日でもこの建物だけが薄暗く、じっとりと湿って見えるからだった。


 建物が古いからだろうとか。


 昔から財産絡みでいろいろあったので、怨念が染みついているからだろうとか、勝手な憶測をする者も多かったが。


 いやいや、もっと単純に。


 出るのだ。


 雨屋敷のそこ此処には霊が潜んでいて。

 それが見える親族も多かった。


 そんな中で、わざわざ百物語をやるのもどうかと思うが。

 皆、長い夏休みを持て余していたのだろう。


 いざというときの財産目当てなのかなんなのか。

 結婚しても、誰もこの雨屋敷を出て行こうとしなかったので、当時、この家には結構な数の子どもたちが住んでいた。


 言い出したのは、当時まだ此処に住んでいた栄太えいただったろうか。


 彼らは仏間からあるだけの蝋燭を失敬し、台所から持ってきた菓子の缶などに蝋を垂らして蝋燭を立てた。


 部屋の中央には魔よけになると聞いた日本刀。


 誰かが何処からか、くすねて来たようだ。


 叱られること請け合いの行為だったが。


 広い屋敷の片隅で子どもたちがなにをしていても、大人たちに気づかれることはあまりなかった。


 ぼんやりと室内を照らす蝋燭を囲み、膝を抱えた子どもたちがひしめき合っていた。


 蝋燭の揺らめきのせいで、障子や箪笥に映る皆の影もゆらゆらと揺れる。


 それを見ているだけで、誰もが鼓動を速くした。


 この屋敷の中で育った子どもたちは怪談話には事欠かない。


 百物語の儀式は容易に進んでいった。


 だが、この屋敷の跡取り、首藤嵩人すどう たかとが語りだしたとき、それは起こった。


 男のくせに夏でも白い肌をしている嵩人の整った顔が蝋燭の灯りに照らし出される。


 それをぼんやり見ていた私の左横に、いつの間にか誰かが座っていた。


 いや、先程から座ってはいたのだ。栄太が。


 だが今、私の横に居るのは、栄太ではなかった。


 いや、彼もまた、そこに居るのだろうが。

 先程まで感じていた汗ばんだ子どもの体温を今は感じない。


 別のなにかが自分の横に座っている。


 私は膝を抱える手に力を込め、少しだけ、視界を左に動かしてみた。


 いまどきの物ではない花模様の朱い着物がちらりと見える。


 着物姿の女が自分の横に正座しているようだった。


 皆は部屋の中央を見ているのに、彼女だけが私に膝を向けている。


 それなりにる力のある者たちも居るのに、何故か誰も気づかないようだった。


 身体の左半分に女の気配を強く感じ、そちら側だけ、総毛立つ感じがする。


 怪異には慣れているはずなのに、何故か横を振り返れない。




 やがて、女が口を開いた――。




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