第三十四話 水上戦

 帝国と王国、共和国連合の国境付近での魔動兵器による戦いを皮切りに北から南、いたる場所でアスター生身同士の戦いが始まった。ヘルゲミルの思惑、彼の掌で踊るように三国とも無意味な争いに多くの血を流してゆく。

 ハーモニア地方南、バルガス地方のアフニカ王国連合内のアスレイヤとフリーデルの争いの火種は他の王国連合国に引火しその戦いの勢いが増していった。その為、現在バルガス地方にある国家がハーモニア地方に侵略戦争を仕掛けてくることは無くなった。


 メイネス帝国との会戦からおおよそ40日目、海上からも進行していたファーティル王国―サイエンダストリアル共和国共同戦線は約二万三千隻、三十二万四千の海兵を展開させ帝国側の海岸へと航路を取っていた。ファーティル軍の海上指揮に当たっているのは青龍侯ルデラー・ブルーシア将軍と約十五万九千の海兵。サイエンダストリアルは若くして海軍最高指導者となったヌース・セイエス提督と海兵、おおよそ十六万五千。ルデラーとヌース、国籍は違うが実は遠縁関係にある。


 海上を移動して更に九日の日が経つ怪爽の月半ばアストラル恒星が海面に照りつけ、蒸し返るような暑さのムーラン海域、その日に帝国海軍と共同戦線海軍は接触をする。相手は水星将軍コースティア・オリンズといくつかの上級水軍将校を連れおおよそ三十九万八千の海兵で王国と共和国がその海域に到着するのを待ち構えていた。帝国との海戦前に王国のルデラーは味方である共和国のヌースに通信を入れ、

「ヌース、ルデラーだ。我々の艦隊の先鋒が後1イコットほどで帝国の先鋒と接触する。お前のほうもそろそろ接触するだろうがサボらず確り働いてくれ。いいな」

「ふわあぁああぁ~~~。まぁ、僕の方はぼちぼちやらせてもらうよ・・・。いやぁああ~~~、そんな怖い目で見ないでルデッチ」

「はぁっ、ヌースっお前はいつもそんなヤル気の無い顔して、もう少し確りしたらどうだっ。提督らしくしろ、提督らしく」

 通信映像のヤル気のなさそうなヌースの顔を見て呆れと怒りを同時に表した厳しい表情でルデラーは言葉を返していた。ヌースは欠伸をしながらそんな彼にいい加減に答えているように思えるがルデラーの見えない水面下で的確な指示を各艦隊に与え帝国の迎撃に当たっているようだった。

「僕もちゃんとやるからそんな怖い目で見ないでよルデッチ。遠縁の中だろう?ううんっふわぁ~~~、それじゃぁ、僕は色々な方面に指示しないといけないから通信切るね」

「あっ、こらっ!ヌース私の話はまだ終わっていない勝手に切るなっ・・・。繋がらない・・・まったくあの男は・・・」

 ルデラーにお説教でも聴かされると思ったヌースは強制的に回線を切断し眠気顔で戦いに挑むのであった。方や、ルデラーの方はと言うとぼやきながら綿密な艦隊移動で敵軍を翻弄し、撃沈させてゆく。

 海の上で三国の魔動砲や大砲が火を吹いてから四日目。相手に一撃も与えられず敵の放つ砲弾や精霊弾に打たれ沈んでゆく船、お互いの甲板に渡り橋を架け船上場で白兵戦をする者達、硬い装甲を武器に突撃をする戦艦。船速を生かし相手を惑わせその隙に敵艦を撃沈させてゆく船艇。海上は色々な船が入り乱れているがけして互いの陣形は崩していなかった。


†   †   †


 海上会戦からさらに二日が経つ。

「ルデラー将軍、右舷二時の方向、距離6ガロットに帝国の旗艦を捕捉しました。いかがいたしましょう?」

「艦砲射撃で弾幕を張りつつ突撃、甲板戦に持ち込む」

「周囲各艦に通達、これより本艦は敵旗艦に突入します。援護砲撃をお願いします」

 ルデラーの乗る船の通信兵が陣形の周囲にいた味方艦に対してそう連絡を発信するとそれを確認した王国の船は帝国旗艦を取り巻く戦艦に向かって集中砲撃を開始する。それから、約15ヌッフほどで帝国のコースティアと王国のルデラーが乗る互いの船が接触をした。

「向こうの船に橋を架けろぉーーーっ!!」

「おっおぉーーーーーーー!!」

 甲板に立っていた王国側指揮官のその号令に威勢良く海兵たちは声を上げそれに答えた。

「一人たりともこちらに渡らせるなぁーーーっ、うてぇーーーっ!!!」

「了解でありまぁーーーすっ」

 帝国側もまた橋を架けて渡ろうとする王国海兵に対して弓や精霊銃で応戦した。互いの甲板上で剣や斧などの白兵戦が渦巻く、そんな中、

「コースティア、出てこいっ!それとも私に臆したかっ!!」

「五月蝿いわねぇっ!!、そんな大声、張り上げなくても私はここにいるよっ」

 帝国水星将軍は持っていた護拳鍔付きの長剣の剣先をルデラーの方に向け自分の存在を誇張した。

「私は戦いの中に私情ははさまない。覚悟していただこう」

 二本の小振りの斧を肩に乗せるデラーはコースティアに対して不敵に笑いを見せ付けると、

「あら、あら、余裕、見せちゃって・・・、そんなんだと痛い目を見るわよっ!」

 ルデラーの言葉にコースティアの目付きが戦いの色へと変わってゆく。そして、剣の構えを取った。それを見て彼も確りと両手に一本ずつ斧を持ち攻撃態勢に入る。二人はお互いの様子を伺うことなくすぐに甲板を蹴って間合いを詰め、手に持つ武器を振り下ろした。ルデラーはコースティアの剣に押さえられた斧とは別の手に持つ斧を横から薙ぎると彼女は彼のその横薙ぎを後ろに飛び退いて紙一重に回避した。

 ただ、ひたすら武器を振り回し二人とも相手の隙が出来る瞬間を探っていた。そして、その度に二つの武器が打ち合う重い金属音とそれから発せられる火花だけが辺りを支配していた。

 しばらく、二人の攻防が続く。しかし、お互いに息の乱れることは無い。そんな戦いの最中、鍔迫り合いの時コースティアがルデラーに向かって話しかけ、

「ルデラー、今年でお前はいくつになった?・・・、確か三十六だろ。お前もそろそろ、こんなところで戦ってないで嫁でも貰って落ち着いたららどうだ」

「心理作戦のつもりかっ!?しかし、その程度で私が動じることなど無い」

「あらそぉ~~~?その割には顔が微妙におかしいわよ」

「そっ、そんなことはないぞっ!それよりコースティア、貴女こそいつまで戦場に立っているつもりだ。娘のローラちゃんが心配しているぞ。さっさと引退してしまえっ」

「ルデラー、そういえば彼女いなかったわねぇ。どう家の娘を貰ってくれない?!!ーラもあんたの事を気にっているようだしね」

「フッ、ふふぅうぅ、ふざけるなぁーーーっ!ここは戦場だぞっ!コースティア戦いを何だと思っているッ」

 若い頃からルデラーのことを知っているコースティアにとって彼のその反応は予想していたものだった。帝国将軍のその言葉に戦場ではいつも冷静に物事を判断して戦う(兵の指揮―戦術と戦略に限りで個人戦は別)王国将軍は顔を真っ赤にして力任せに斧を振り回した。しかし、そのルデラーの動作は無作為でコースティアにとって隙だらけだった。

「ルデラー、まだまだ、青いわねこの程度の言葉で動揺・す・る・な・ん・てぇ~~~。でも、私はこのチャンスは逃さないわよ」

 コースティアは護拳鍔でルデラーの左手に持つ斧を叩き落し、右手首を強引に蹴ってその手に持つ斧も彼から奪ったのであった。そして、無防備状態になったルデラーの首元に剣先を突きつけたのだが、武器を奪われてしまったルデラーは不気味なほど冷静に戻っていた。

「私の勝ちみたいね。ルデラー大人しくしてくれたら同じ師を持つよしみ、命まではとらないは・・・?そこでなぜ笑うのよっ」

 ルデラーは彼女に剣を突き付けられながらも軽く鼻で笑っていた。

「それで勝ったつもりか?コースティア将軍・・・、フフッ、甘いな。確かに先ほどは無様な姿を晒してしまいましたが・・・貴女は私に勝つことは出来ませんよ、一生」

「良くこんな状態でそんなことが口に出来るものだな」

 そう言ってからコースティアの剣先が少しだけルデラーの喉もとに食い込んでゆく。そして、その場所から薄っすらと彼の血が滲み出ていた。しかし、彼はまったくそれに動じる事は無かった。

「コースティア、どうして私が水神と言われているかお忘れか?」

「ばぁっ、バカっ、やめるんだっ!こんな場所で獣化するつもりか」

「元はその様なつもりはありませんでしたが、貴女がくだらない事を言うからですっ、ナヲァアアァアアアアアアアアアァアアアァァーーーーーーッ」

 コースティアのその言葉はルデラーに対して何の意味ももたらさなかった。獣化し始めた彼の首に突きつけられた彼女の剣が弾き飛ばされ、彼の傷口から、僅かに流れていた血の色が変化していた。

「全兵、速やかにこの船から退避しろっ!!命が惜しかったら海に飛び込めぇーーーっ!!!」

 水星将軍は大声を張り上げ甲板にいる自軍の兵に対してそう命令を発した。なぜコースティアがそういったのか戸惑いながらも帝国の海兵は次々と海へと飛び込んで行く。

「やばいぞっ!!みんな俺達の船に戻れっ!ほら早くしろぉーーーっ!」

 何か事情を知っていた一人の王国側の海兵は自分の仲間達にそう告げると一足先に架け橋を渡ろうとした。

「あっオイ、待ってくれ!いったいどういうことなんだっ」

「すぐにわかるよっ!!」

 逃げ遅れた両軍の兵がまだ帝国旗艦甲板上に残っていた。そして、その海兵達は目の前の信じ難いものを見て腰を抜かしてしまった。ルデラー・ブルーシアはビトゥー(獣人族)の中でも特殊な血を受け継ぐ家系で三段階の変化過程が存在し、最終獣化すると体長はもとの十数倍、その力は・・・怪獣その物だった。

 ちょうど今、青龍侯は第二段階を終え最終形態に獣化し様としていた。そして、完全な姿、水竜に変化し終えると大きく咆哮をする。それと同時に大きな両前ヒレを強く甲板の上に打ち付けると頑丈そうな甲板は数度のルデラーの前ヒレの打ち付ける衝撃でヒビが入り彼が甲板上でその巨体を二、三度飛び跳ねさせるとコースティアの旗艦は哀れにも真っ二つになり海の中へと沈んでゆく。

 ルデラーはその船体が沈み行く前に海水へと飛び込み再び咆哮をあげ帝国艦隊に突撃して行った。恐れをなした帝国の艦隊達はひたすら実弾や精霊弾の砲撃雨をルデラーに浴びせるが海中に潜ってしまわれては水圧などにより、彼に届く頃は威力は大きく減衰し、無駄に打ち尽くすだけだった。魚雷を使っても水の精霊の加護を受け、水の中で水圧防御壁に守られた彼には効果などあるはず無かった。そんな彼はただひたすら体当たりで幾つもの艦艇を沈めてゆく。十ヌッフも経たない内に帝国の船は二十ほど沈められていった。そして、水竜となったルデラーの活動限界が訪れ、海の中で次第に彼の身体が元の人の姿に戻っていこうとした。ルデラーは水竜になってから人型に戻った後、しばらく体を思う様に動かすことが出来ない。それを知っていた彼の副官が小型高速艇で将軍が海底へと溺れる沈む前に引き上げようと向かっていた。

「将軍、後と先考えずむやみに獣化しないでください。被害は我々にも及ぶのですよ。せめて二段階までにとどめてもらいたいものです」

 僅かにお説教染みた口調でのその副官はルデラー将軍を小型高速艇に乗せていたもう一人の兵の手を借りてその中に引き摺り上げた。

「・・・、すまなかった。私としたことが・・・」

「もういいですよ。将軍の獣化のおかげで恐れをなした前線の敵艦隊は後退を始めましたから」

「そうか・・・、それより何か食べ物をくれないか?はっ、腹が」

 ルデラーは自分の失態と現状の情けない姿を副官に見せてしまいかなり気不味そうに彼女そう尋ねていた。そして、そんな姿を見た副官は目を閉じ軽く微笑みながらそれに答える。

「ちゃんと用意してあります。どうぞ」

「すまないな。戴かせて貰う」

 そういって副官が用意してくれた物を震える手で食べ始めた。

「ルデラー将軍、お食べさして差し上げましょうか?」

「いや、けっこうだ・・・」

「そうですか、それは残念です・・・。船を動かしますので注意してください。貴方、船を動かしてください」

「ハッ、畏まりました!!」

 青龍侯の副官にそう命令された船艇操縦士は彼等の旗艦にその舵を向けた。


~   ~   ~


 ルデラーが獣化し暴走して海に飛び込んだコースティアは小型魔動船に乗る味方兵に助けられ帝国艦隊の中程まで後退していた。そしてその中でもっとも大きな船に乗り移り旗艦をそれに移した。

「ちっ、やっぱりあいつと一対一で戦うのは不味かったな・・・、私があんな事を言わなければ良かっただけだが・・・」

「将軍、どうしますか?指示を」

「ああぁ、そうだな・・・、こちらの被害状況は?」

「しばらくお待ちください・・・。すでに二割弱近くの船が沈められています・・・、共和国と王国の方は・・・合わせて三割くらいです」

「三割か・・・、それでもこちらの方が総戦力では少なくなっているな。・・・、後退しつつ向こうの出方を見るか?」

「全艦隊にそう伝えてくれ・・・、私は少し休ませてもらう」

 コースティアは寝室の場所を近くにいた兵に確認してそちらへと向かっていった。

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