第二十話 集いし特務隊

 月は爽怪の月からこの地方で最も暑い火盛の月に変わっていた。恒星の強い光がじりじりと肌を焼くほど照りつける大平原の下で千九百近い帝国兵と僅かそれの二十分の一も満たない者達がノーディック大平原の真直中まっただなか、戦いを繰り広げようとしていた。ノーディック大平原、城塞都市キャステルの南部に広がる広大で見晴らしのよい平原。

「ミルフィーユ隊長!この数で我々は勝てるのでしょうか?」

 王国兵の徽章を付けたその兵はミルフィーユと呼ばれるその女の隊長に困惑の表情で訴えていた。

「やるっきゃないでショッ、怯えない!アンタそれでも僕の部隊の者なの」

 天馬に跨っている彼女は勇ましく部下をそう諭した。ミルフィーユ・スタンシア、彼女は王都の落城前までウォード提督直轄の特務隊―天騎馬隊の隊長を務めていた。ウォードの妻、クリスティーナ・スタンシアの妹、ケーラ・スタンシアの子。アルエディーと彼女は従兄妹同士。

「イクっち!そっちの準備できた?」

 左舷30ロット離れた所にいる身の丈7ロットもある巨大な魔動兵器に乗った男にエルシーバーでそう通信をするミルフィーユに、

「ばっちりオーケー。いつでもスタンバッてるぜ!・・・・・・ティークニックのおっさん、この最新型ちゃんと動くんだろうな?」

「最新型だから威力はあるけど・・・・・・うまく動くかは試してみないとね」

 魔動兵器を操縦するのはイクシオス・スティンリー。特務隊―竜機隊の隊長を務めている。ウォード提督に憧れて軍属になった篤い男である。魔動機を操る才能に秀でていた。彼の駆る魔動兵器―竜機ドラグゥーンの中の竜機長の後ろに座っているのがティークニック・ホーラ。彼は魔動機の開発者で竜機ドラグゥーンは彼によって作られた物だった。現在、イクシオスが乗るのを含めて僅か十体しか王国には存在していないその魔動機兵だが帝国も共和国も何十倍と所有している。しかし扱える者がそれ程いなく両国ともその稼働台数は多くなかった。

 ミルフィーユが指揮する彼女を含めた天馬隊十騎と飛竜隊五騎。イクシオスが指揮する竜機兵九体、王国兵は僅か二十四人。それに対して帝国は歩兵が千、騎馬が五百、弓兵や槍兵が三百近く。後は看護兵と諸々。帝国側にも魔動兵器が一体だけ存在していた。大きさは優に王国側の三倍もある。・・・、果たして二人の指揮する部隊だけで勝ち目は在るのか・・・・・・。


†   †   †


 開戦から約2イコット。戦況は誰が予想していただろうか?圧倒的な数を有していた帝国兵が敗戦色に染められようとした。

「フンフンッ、魔動兵器はデカければいいって物じゃないんだ!コンパクトで機動性がある方が良いに決まっている」

「あぁーーーっ、分かったからティークニックのおっさんこの狭い操縦席の中で騒がないでくれ」

「ほらっ、何をやっているイクシオス。もっと魔動砲を打ちまくらんかぁ~~~っ!!」

 イクシオスは言われるまでも無く、右手の操縦桿を引き桿頭を押し彼自身の魔力を集中させた。ドラグゥーンの頭部口の中にある砲台に火の精霊の力が蓄積されて行く。

『キュウィーーーンッ・・・・・・、ズシュゥッーーーーーンッ』

 臨界点に達したその熱源はまるでドラゴンが口から巨大な火炎球を吐くような姿で相手の魔動兵器へ襲い掛かった。その一撃で壊れかけていた帝国側のそれは完全に破壊され、そしてその爆発により周囲の帝国兵に被害をもたらした。魔動兵器の利点は密集している大兵団に有効的であるのは当然である。そして、その結果が王国兵の優勢をもたらしていた。そ探索探知器けでは無くイクシオスが率いる竜機隊の素早く且つ統制の取れた動きで相手側の魔動兵器に攻撃したのが勝利への鍵の最大の理由でもあった。

 方や帝国の一体の魔動兵器はドラグゥーンと違って威力は在りそうだがその大きさからいい的となってしまっていた。

「こらっ、イクシオス何を休んでいる。こっちが優勢だからって手を抜くな」

「弾ぎれぇ~~~、この最新型、威力あるけど魔力の消費が激しすぎるってな訳で俺の魔力も底尽きだ」

「ちっ、仕方が無い。後でもっと魔力変換機を効率よく動く様に対策をとらねば・・・」

 魔動兵器の動力は操縦者の魔力によってその稼働時間が制限されている。

「こちら竜機隊、隊長イクシオス。天騎馬隊、隊長のミルフィーに報告。まりょくぎれぇ~~~、後はがんばってラブぅ!」


&   &   &


「っタクだらしないわねぇ、イクっちたら・・・、まあ、後これくらいなら僕の部隊だけでも何とかなるかな?みんな、相手の弓兵に気を付けてさっさと蹴散らしちゃうわよっ!」

 ミルフィーユの号令に士気を高めた部下たちは低空飛行で持つ剣や槍を巧みに操り帝国兵の騎馬隊や歩兵を次々に地に伏せさせていた。

「ハハッ、イクっちのやつ結構味な真似してくれちゃって」

 飛空部隊の天敵である弓兵をイクシオスの部下が優先的に攻撃していたためその部隊はほとんど残っていなかった。

「さっさと終わらせるには敵軍大将をとっちゃえば良い。さてとその僕にやられちゃう可哀想な大将は!」

 大空高く駆け上がり天馬を自分の手足のように操り高速で敵軍大将の位置まで詰め寄り、

「天騎馬隊、隊長ミルフィーユ・スタンシア。その首もらったぁーーーっ」

 彼女の持つセント・ハルバードと言う名の槍を片手で回し、その勢いを乗せたまま眼前の一部隊の大将と思わしき人物を一刀両断した。

「討ち取ったりぃ~~~」

 ミルフィーユの声を聞いたその大将の部下達は一斉に兵を引いて行く。

 現在の兵力差は帝国兵百と少し。しかもその大部分は歩兵。方や王国側は稼動停止した竜機隊を除いた天騎馬隊十二、一体の飛竜と二匹の天馬が負傷し戦線離脱。しかし一騎当千の王国兵に対して帝国兵は非力すぎた。最早、勝ち目はミルフィーユ達に見えているかに思えた。


†   †   †


 戦いから3イコットの時が刻まれる。勝てるはずだった王国側が敗戦を強いられようとしていた。少ないながらも後から後から現れる帝国兵援軍に休むまもなく戦い続けていたミルフィーユ部隊。彼女等にも疲れが出始め士気が下がってしまったからである。

「クッーーー、後一歩って所なのにぃっ。城塞都市まで辿り着けないまま。僕はここでやられちゃうのぉ?」

 実はこの王国兵と帝国兵の戦いは偶然のものだった。帝国軍元帥ヨシャがキャステル城塞都市方面に大きな軍の集まる動きが在りと情報を得、そちらに地龍将軍ソナトスと闇都将軍イリスを派遣していたのである。それに対してイクシオスとミルフィーユの部隊はキース・マイスターが志願兵を集めていることを聞きつけ北上していたのであった。そして、その両軍はノーディック大平原で鉢合わせしてしまったのだ。

「はぁ~~~、せっかくここまできたのに運が無いなぁおれっ」

「わぁ~~~んっ、お嫁に行く前に僕。死んじゃうのぉ?」

「ミルフィーユ、誰もお前なんかもらうやついるかよ。アハハハッ」

「こうなったらイクっちを殺して僕も死ぬぅーーーっ!」

「二人とも、バカなこと言ってないで何とかして下さいっ」

「はぁ~~~、こうなったら神頼みしながら最後に一発打ち咬ますか」

「えぇーーーっ、俺の部隊に命令する。最後の魔力を俺のこれに集中しろ。以上」

 イクシオスは操縦桿を引き魔力を集中させた。彼の部下たちも命令に従い魔力転送機で隊長が乗るそれへ送った。砲台に高熱が充填されて行く。そして・・・、

『スカッ・・・・・・・・』と砲台からは小指ほどの小さな炎が出ただけだった。

「あぁ~~~、やっぱり駄目だったか。神も何も在ったもんじゃないね。えぇーーーっ、俺の部下へ、各自自由にしろ」

 そして、魔力を使い切った彼の部下がそこから動けるはずも無かった。


 ミルフィーユとイクシオスが今にも捕まり捉えられようとしていた時、大平原の南東から疾風の速さで移動してくる部隊が在った。数にして約五十。アルエディーと彼の元部下たちである。城塞都市を目指していたアルエディーとアレフ達は途中の町で千騎長アルエディーの部隊の副隊長を務めていたケリー・ウォーマーと彼に追従していた騎兵と再会したのだ。遠くから炎が上がったのを見たアルエディーは三小隊をアレフ達に残すと彼の部隊だけでその方向を目指していたのである。

「ケリー、挟撃をかける。いいな」

「よしっ、分かった」

 隊長と副隊長が二手に別れると後に続いてきた部下達は何の指示も無く統制よく二分して行く。

 アルエディーは右手に手綱、左手に彼の専用の大剣を握り後方の部下に号令をかける。

「半月陣!」

「おぉおおぉーーーーーーっ!!!!!」

 隊長の言葉と共に弓形ゆみなりに陣形を取って帝国兵を畳み掛けようとアルエディー側に付いて来た騎兵が動き出し、ケリー達も同じ陣形を取り完全に周囲を包囲した。後は流れに乗って帝国兵を薙払いその陣形をつぼめて行った。

 戦意を失った帝国兵は散り散りに逃走して行く。しかし、アルエディーの部隊はそれを追わず負傷者の手当てをしていた。

「あっ、アルにい!?アルにい、なんだね?本当に生きてたんだね?エイヴィでアルにいの姿、見たけど・・・、僕それが信じれなくて・・・、僕、いっぱい、いっぱい心配してたんだから・・・、あるにぃーーーっ!わぁ~~~~んっ」

 アルエディーの従妹は涙を流し嗚咽する。そして、従兄のその騎士に存在を確認するように抱きついた。

「ミルフィーユ、君も騎士だろ?それくらいで泣くな」

「バカ、バカ、バカぁーーーっ!僕だって、これでも女の子なんだから泣くときだったあるんだからぁっ!」

「いやぁ~~~、ミルフィーが泣く何ってコリャか明日から帝国兵わんさかで戦いが大変だな」

「うるさいっ、イクっちお前は黙ってろっ!!」

 ミルフィーユは頭部に身に付けていた両羽付きのティアラを外してイクシオスに投げつけていた。そして、立っているのがやっとな程に疲れているイクシオスはそれを顔面にまともに食らって平原の芝生に倒れこんだ。それから、後からやってきたアレフ達の中にいたセレナが献身的に傷ついたミルフィーユの部下と彼等が乗っていた天馬や飛竜に治癒の魔法をかけていた。

 その様な大量に消費した魔力にセレナが疲労で蹌踉めく。

「大丈夫かセレナ!」

 地面に倒れそうだった彼女を間一髪アルエディーは抱きとめた。

「アル様・・・、有難う御座います。・・・、その・・・、暫くこうさせて貰ってもよいでしょうか?」

 魔力の使いすぎで辛そうな表情をしているセレナの顔を見たアルエディーは・・・。

「騎士道大原則その百二十八項、婦女子、子供をいたわれないのは騎士ならず・・・・・・」

 アルエディーは自己流騎士道精神の一項を小さな声で述べ、遠まわしにセレナの頼みを受けいれた。その騎士のその言い回しにセレナは小さく笑っていた。

「アルにい、何で僕ん時と態度違うのよっ。同じ女なのに」

「あの美人さんとお前では格が違うだろつぅ~~~のっワッハッハッハッハっ」

 膨れているミルフィーを見てイクシオスは腹を抱えて大笑いをしていた。セレナとアルエディーの抱擁が終わるとそこにいた部隊は直ちにキース・マイスターのいる城塞都市キャステルへと移動を開始した。そして、約四ヶ月ぶりに特務隊、三部隊アルエディーの千騎隊、イクシオスの竜機隊、ミルフィーユの天騎馬隊が顔を合わせ、ここノーディック大平原の夕刻に集結したのである。

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