第七話 南東に向かって

 一行は二匹のトルーチェにまたがり南東にある帝国と王国の国境沿いにある町エストを目指していた。レザードがどこからか連れてきたそのモウストのお陰で移動中、帝国に襲われる事は無かった。現在はリベラとエストを繋ぐディクス王国道を通って移動している。南東に進めば進むほど町の数は減りその規模も小さくなって行く。

 陽が沈むまでに次ぎの宿場町までたどり着けないと理解したアルエディーは残りの三人にそれを説明し野宿することに決定した。それから王国道から外れ、組立式建屋が張れそうな場所まで来るとトルーチェを停めそこから降りた。

「俺とレザードでテントを作るからその間、セレナとティアちゃんは夕食の準備を頼むよ」

「はい、畏まりました」

「えぇ~~~、私もテント作り、手伝わないと駄目なんですか?そんな力仕事いやですねぇ~~~」

 その男は嫌々そうな口調と表情をアルエディーに向けた。

「別に俺は手伝ってくれなくてもかまわないぜ。その代わりレザードは外な」

「お兄ちゃん、そんな我侭、言っていると夕食を食べさせてあげませんからね」

「はい、はい分かりました何でも手伝わせて貰わせて頂きます」

「もおぉー、現金なんだから」

「ふふっ、クスクスクスっ」

 そんな、三人のやり取りに微笑ましく笑うセレナであった。

 男二人は快適な速さでテントを二つ作り上げて行く。しかし、その殆どがアルエディーの手による物だった。それが完成するとレザードがその二つに向かって手を掲げた。

「****************」

 またもやレザードは魔法の詠唱なしに魔法の名前だけを口にしていた。すると透明で黒と白い光を放ちながらテントの周りに魔方陣が出現した。それは唱える者の魔力量によって魔方陣内にいる限り敵の視界から目を晦ます事のできる闇の精霊の加護を受けた高位の魔法。それを目にしたアルエディーは声を出さないで驚いていた。

「レザード、すまない」

「何が、ですかアルエディー?」

「レザードはこれから力仕事しなくていい。俺が全部やるからそういった便利な魔法、じゃんじゃん使ってくれ」

「そうですねぇ~~~、私としても力仕事するよりこの方が楽ですからそうしましょう、そうしましょう。決定です」

 レザードは嬉しそうに陽気な声でアルエディーの発案に同意した。

「俺って母親がデューンなのに魔法殆ど使えないんだ。だから魔法を簡単に唱えられる奴って尊敬できる」

「あれ、おかしいですね?アルエディーの周りからはものすごい魔力を感じるのですが?」

「それはデュオ爺が発しているモノだろ?」

「残念ながら精霊は魔力を持ち合わせていません。魔力とは私たちアスターが精霊の力を具現化する力ですからね。そんな事は幼年学校の生徒でも知っていますよ」

「わりぃ、俺小さい頃から魔法、使えないって分かっていたから全然そんな事勉強しなかったんだ」

「それではアルエディー、君はどうやって精霊王と呼ばれるデュオラムスを使役しているのですか詠唱とかは?」

「何て言えば良いのかデュオ爺が俺の心に直接教えてくれる」

「アルエディーの話から推測すると私達、魔法使いとは別の体系であなたの大剣から精霊の力を放っている事になりますね。そしてその威力は貴方が持つ魔力に比例するって事です」

「それじゃ俺はレザードのような魔法は使えなくても魔力はちゃんと使えるってことか?」

「そう言う事になりますね」

〈馬鹿か、小僧今まで知らなかったのか?〉

 二人の会話を聞いていた精霊王がアルエディーに直接話しかけてきた。

〈何だ、デュオ爺がずっと力を貸してくれていたんだって思ってたんだけど〉

〈たわけ、お前ごとき小僧にわしがただで力を貸すと思ってか?〉

〈でも女の子にだったら簡単にその力、貸すんだろ?〉

〈ハッハッハぁ当然じゃわい!〉

〈断言するな!エロ爺!!〉

「アルエディー、どうしてしまわれたのですか?」

 急に無言になってしまったアルエディーを不思議に思ってレザードはそう聞いていた。

「あっ、レザード、悪い。急にデュオ爺の奴が説教をたれてきたから」

「良いですねぇ~~~、私もいつか精霊王とまで言わなくても高位の精霊を使役してみたい物です」

「アルエディーさまぁ~~~、レザァ~~~ドおにいちゃぁ~~~ん。夕食できましたよぉーーーっ!」

 魔法について会話をしていると夕食が出来上がったとその場でティアが二人を呼んだ。

 料理のできるアルィテア、セレナの二人がいてくれたお陰でアルエディーもレザードも野宿だと言うのに豪華な食事にありつく事ができた。


†   †   †


 もう就寝の時間だと言うのにアルエディーはカンテラ一つ持ってテントの外にある木に背をもたれ座っていた。そして晴れている夜空を見上げ星々と三つ子月を眺めていた。

 暫くするとテントからセレナが出てきて彼の前に移動してくる。

「アル様、お休みになられないのですか?」

 眠そうな顔をしているが彼女はハキハキとした声で彼に尋ねてきた。

「寝ている者を守るのも騎士の勤め。俺の勘が大丈夫と言うまではここでこうしているつもりだ」

「そのような事していましたらお疲れになってしまいますわよ」

「セレナ心配してくれてありがとう。でも大丈夫、慣れているから」

「レザードさんがかけて下さった静寂方陣なら誰にも気付かれない様、朝を迎えられると思いますけど」

「確かに意識して探す事は無理だ」

「だけど、闇雲に移動してくる異形の怪物、モウストや動物だったらレザードがかけてくれた魔法も意味無いだろ?だから草木もひっそりと眠る時間までは俺がここで眠る者たちを守る」

「アル様がそう言われるのでしたら安心して眠らせていただきます。お休みなさいませ」

「おやすみ、セレナ」

 セレナはアルの言葉に眠気顔で微笑むとテントの方へ戻って行った。あたりの静寂の中、オウロの鳴き声だけが静かに聞こえてくる。アルエディーは目を瞑り神経を集中させ鋭敏にする。精霊王の力を借りて辺りに敵意の感じられるモノが居ないかその気配を探った。1イコットばかりの時間をそうして過ごす。そして、もう、オウロの鳴き声も聞こえてこない草木も眠る時間に突入したのだ。それが分かるとアルエディーもテントの中へと向かって行く。


†   †   †


 翌日、日出とともに四人は目を覚まし、簡単な朝食を摂って全てを片付け終えるとトルーチェに跨り、ディクス王国道に戻りまた南東を目指して走り出す。


†   †   †


 帝国の国境に近づけば近づくほど不思議なほど王国内に駐屯する帝国兵が少なくなっていた。リベラを出て18日目、エストまで残り約300ガロットと言う地点にある小さな町に辿り着いたときの事であった。

 一行は駐屯していると思われる帝国兵を警戒しながら宿を探していた。しかし、宿にたどり着くまで彼等は帝国兵の顔を見る事は無かった。

「おかしいですねぇ~~~、ぜんぜん帝国兵が見られませんが?ほらっ、ティアいつまで乗っているつもりなんだ」

「お兄ちゃんにそんな事、言われなくても分ってます」

「良いじゃないか、俺にとってはその方が清々する・・・、セレナ、気を付けて降りろよ」

「あっ、ハイ」

 二人の男はトルーチェから降りて、そう会話していた。全員が降りた事を確認するとアルエディーは宿の外にいる厩舎係にそれを預け、宿の中に入って行った。

「いらっしゃいませ、四名様ですね?」

「二部屋頼む」

「ハイかしこまりました」

「スミマセン、聞きたい事があるんだが良いか?」

「ハイ、何でしょうか?」

 アルエディーは宿の支配人にどうしてこの町には帝国兵が見当たらないのか尋ね始めた。その支配人の話によると王都、落城の日もそれ以降からもこの町に帝国兵は来ていないとアルエディー達に答えを返してっくれた。そして、この町付近、更にエストまで続く町にも帝国兵はいないと教えてくれた。

「そうか、理由は知らないけどエストまでは安心して旅ができそうだ。支配人さん、ありがとう」

「イエ、トンデモ御座いませんどういたしまして・・・・・・、それではお部屋の方へ案内いたします。こちらへどうぞ」


†   †   †


 部屋に案内されてからアルエディーは甲冑を外すとベッドに横になっていた。レザードは荷物を部屋に置くと直ぐに外に出かけて行ってしまった。1イコットばかりアルはデュオとこれからの事について話していた。

『コンコンッ!』

「アル様、入ってもよろしいですか?」

 騎士と精霊王の会話が尽きかけた頃、明るい声で聖女が彼の居る部屋に入室の許可を求めてきた。

「どうぞ」と言葉と同時にアルエディーは身体をベッドから起こし立ち上がった。

「セレナ、なにかようか?」

「先程、この町には帝国兵がいないと言っていましたので・・・、もし宜しかったらお散歩にお付き合いくださいませんか?」

「はぁ?俺とか?ううぅ~~~ん、まっ、別にいいか」

 一瞬、考えてからセレナのそのお散歩とやらに彼は付き合う事に決定した。セレナはその言葉に表情を綻ばせる。しかし、アルエディーはそんな事に気付かない。

 二人は小さな町をゆっくりと眺めながら散歩していた。セレナが話しかけてくる事にアルエディーは相槌を打つだけだった。その二人がそうしながら歩いて、小さな町の中央に差し掛かった時、人々の悲鳴が彼等の耳に聞こえてきた。それを聞いたアルエディーはそちらの方へと走り出した。

「アル様、お待ちください!」

 そう口にして彼女も走り出し彼を追う。それから悲鳴が聞こえた所に到着すると、そこにいた何人かの町民が異形の怪物達に襲われていたのだった。

「セレナ!怪我している人たちを頼む、化け物!人の言葉が分るなら俺に掛かって来い!!アァーーームドッ」

 騎士がそれを口にすると無名の大剣が彼の手に握られていた。怪物達は目を光らせ、咆哮を揚げながら襲っていたか弱き民からその騎士に目標を移した。アルエディーは自分の身長よりも長いその大剣を見事なまでに扱い、眼前の敵を一刀両断して倒して行く。だが切っても、切ってもどこから湧いて現れてくるのかその怪物どもの数は減っていなかった。

「くそっ、全然減って無いじゃないか・・・、ちっ、あの時と一緒だ」

 あの時とはアルエディーが禁術士と戦ったときの事である。彼が戦っているとレザードとアルティアが街中の騒ぎを知り駆けつけてきた。

「また、あれですかぁ~~~、しつこい化け物どもですねぇ」

 その怪物たちと今まで街中での戦闘は無かったが街道やキャンプ中に何度もお目にかかっていたレザードは暢気な感じでそうアルエディーに言っていると、

「おにぃーーーちゃんっ、そんな暢気な事いってないで早く町の人たち助けるっ!」

「***********(スプラッシュ・ボール)」

 レザードはいつも通り詠唱なしに魔法の名前だけを言葉にし、彼の両手に一つずつ人の頭、三つくらいの大きさの火球が出来上がる。そして彼はそれを敵前に向かって投げ放った。その火球が怪物に当たると四散し残り火が他の怪物に突き刺さり、それを喰らったモノは悲鳴を上げその場でもがき消滅して逝った。

「ティアだってお兄ちゃんに負けてられないんだから!・・・、地に隠れて潜みし天の精霊よ、地の精霊の呪縛から解き放たれその姿を現せ!*********(グランド・ライトニング)!!」

 アルティアは通常詠唱する時に使う精霊言語ではなく人語で呪文を唱え、最後にその魔法の名を口にした。彼女が詠唱を終えると群がっていた複数の化け物の足元から天空に向かって幾筋ものいかずちほとばしる。それを浴びたモノはその場でのた打ち回り、息が絶えると消滅して逝った。

 三人の脅威を感じた怪物たちは後退しそして一斉に逃げ出して行く。

「何とか片付きましたね」

「はぁ~~~、喉、渇いちゃいました」

「二人ともご苦労様。ティアちゃん、そこの露店で好きな物買って来いよ」

 ポケットからカッパーコインを何枚か取り出すとそれをアルティアに渡した。

「アルエディー様、ありがとうございます」

 それを受け取ると一礼して露店へと彼女は走って行った。

「しかし、いつ見てもレザードとティアちゃんの魔法はすごいな」

「伊達に魔導の研究をしていませんからね。しかし、私より妹のティアのほうが断然優れていますよ。何せ、あの年で対属性の精霊を操り、詠唱も妹オリジナルですからね。それも、そうですけど、アルエディー、貴方の剣の技もすごいじゃないですか、私とティアが倒した数より断然多かった筈ですよ。よくもまあ、その大剣を軽々しく扱えるものです。流石は闘技大会の勝者ですね」

 大剣を地に突き刺しているアルエディーを見てレザードは感心する様な顔付きで彼を誉めた。

「そうか?これそんなに重くないんだけど。ほらっ」

 アルエディーはそう口にしながら柄をレザードの方に倒した。

「はぁ、確かに見た目よりは軽いですねぇ~~~、しかし、それでも私にはこれを振り回す事はできませんけどね」

「レザードがこれを簡単に扱えてあんな魔法バンバン使われたら俺なんて形無しだよ、まったく」

 二人が会話していると治癒の魔法で町民を助け終えたセレナが戻ってきた。

「アル様、大怪我した人を完全に治癒する事はできませんでしたけど町の人の怪我の治癒、終わりましたぁ~~~」

「セレナもご苦労様。喉は乾いていないかい?たいしたお礼じゃないけどそこで何か買ってやるよ」

「遠慮なくそうさせてもらいますわね。アル様、それでは行きましょう」

 彼女は嬉しそうにアルの手をとって露店の方へ歩き始めた。

「おっ、あっちょっとセレナ・・・・」

 そんなセレナの行動にその騎士は狼狽してついていった。

「さあぁ~~~てっ、私も何か奢ってもらいましょうかねぇ~~~」

 ウキウキした顔を作りレザードも露店へと移動した三人の所へと向かって行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る