第五話 ひたすら東へ
天蒼の月から草花の息吹を感じる翼叡の月に移っていた。
一人の騎士と一人の聖女は※チェアの咲き乱れる街道、ナーフ王国道を高速の速さで東へと移動していた。ナーフ王国道はサイエンダストリアル共和国、国境とファーティル王国最大の商業都市リベラを結ぶ街道である。
「セレナ、嬉しそうだな」
「ハイ、こういった物に乗るのは初めてですので」
「馬とか魔動艇のような洒落たものじゃないけど今は我慢してくれ」
「そんな事は有りません、この子、可愛いじゃないですか」
『キキキキィーーー』
「ハハッ、セレナの言葉にこいつ喜んでるぞ」
彼等の乗っている物は送甲虫クロウと言うモウスト。かなり陸上移動速度が早く、搭乗者の身近に危険を察知すると四つある透明な瞳を点滅させそれを報せる特技を持っている。ヒューンやデューンと取り分け仲の良い怪類族―甲虫類科だ。
セレナの育った街、オーウェストから旅だって既に一週間近く経つ。街道沿いの街で転々と休憩しながら、ひたすら東へと進んでいた。旅の途中何度もメイネス帝国兵と戦闘を交えたし、最近出没し始めているアスターとは異なった形状のモノにも遭遇していた。
「ところでアル様?私達は今どこへ向かっているのでしょうか?」
「帝国兵に追われるし、怪物に襲われるし大変だったからな。まだ教えて無くてセレナ、ゴメン」
「謝らないで下さい、アル様が戦っている間、私は見ているだけしか出来ませんでしたから・・・」
少しばかり翳りを見せた彼女の顔を見て騎士は明るい声でそれに答える。
「今は大商業都市リベラに向かっている。そこで王国の現状を調べてからメイネス帝国に向かおうと思っている。兵を集めて決起する前にどうしても帝国の内情を知って起きたいからね。危険な旅になる・・・・・・。セレナ、強い仲間が集まるまで俺のそばから離れない様に」
※チェア=桜に似た広葉樹
「ハイ」
最後のアルエディーの言葉に彼女は笑顔を取り戻しその表情のまま元気に返事をした。
アルエディーが次に泊まる予定をしていた町の入り口付近に達しようとした時クロウが、
『キキッ、キィー!!』と甲高い声を上げ、目を光らせ乗っている二人に危険を報せた。
送甲虫を操る騎士はその声を聞いて周囲を見渡すと街道を行き交う他の移動する物体に混ざって帝国兵が視界に入ってきた。
物凄い勢いで数体のクロウの成虫、クロウラに乗った帝国兵が追いかけてきたのである。一体のクロウラに五、六人の兵士が乗っていた。
騎士は街中での戦闘を避ける為に王国道から外れ
「クロウ、セレナを乗せ奴等に捕まらないよう逃げ回ってくれ」
送甲虫から下りた彼は乗っていたクロウに手を当てそう伝え、人語を理解するモウストは小さな鳴き声を出してその騎士に答えた。更にそうしている間に完全に追いついてきた帝国兵がクロウラから飛び下りて臨戦態勢を整えている。
「クッ、戦うしかないのか・・・」と小さく呟くと、「アームド」とその場にいる者達に聞こえる様に叫んだ。アルエディーのその声が消えると左手の辺りが光だし何かが出現した。そして、それをしっかりと握り締め、水平に相手に向って構えた。それは手袋に嵌め込まれているのと同等の大きさの精霊石が装飾として鍔に取り付けられている大剣で世界にただ一振りしかないアルエディー専用の大剣だった。
その剣の名前は・・・、無い。彼がその剣を鍛えてもらった時、命名するのを面倒臭がってそのままにしていたのであった。その大剣の出現を目にしておびえた帝国兵達が言葉を上げる。
「たったっ、たた、隊長!あの者を我々だけで生け捕りにしろというのですか」
「黙れ、やつを捕らえなければ我々の首が飛ぶだけだぞ」
「しっ、しかしぃ~~~」
「ええぇいっ、うるさい、いいからかかれぇーーー、奴とてこ探索探知器けの人数なら力尽きるだろう・・・、そして最後にわしが捕らえる、そら行けものども」
「ウワァーーーーーーッ!」
その隊長の言葉に嫌々ながら部下達は一斉にアルエディーに襲い掛かって行く。
◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆
~ ハルモニア城、小会議室 ~
緊迫した空気の中、今ここにはマクシス宰相とイグナート大元帥がいた。
「マクシス宰相、王国と共和国二つの国が落ちた。一体貴様は何をしようと言うのか?何が目的で・・・」
「口を慎んでもらいましょうかイグナート大元帥殿、それを知る必要は貴殿にはないですぞ。それより、貴殿は叛乱分子の圧制に力を注いだらどうですかな?」
「言われなくてもやっている・・・」
「それは口だけですか?あまり活動的には見えませんがねぇ・・・、それに大使から帰ってきてらっしゃる貴殿の弟君、ウィストクルス元帥殿、彼の兵は全く、動いていないようだが何故だ?」
「それはウィスが長旅で疲れているからだ!」
「ふふっ、そうか・・・、しかしそのようなこと私には関係ないこと。すぐに彼の兵も動くよう伝達しなさい」
「しかし・・・」
「おぉ、そうだウィストクルス元帥殿とその配下の者たちにアレフ王と他の者達を探させるように命じよ」
「・・・・・・・」
「フフッ余計なことは考えず、私に従ってもらいたいものですな。あの方たちがどうなってもよいのであれば別ですがねクククッ」
宰相は見下す視線で厭らしい表情を造りながらイグナートの方へ向き直す。
「卑怯だぞ、マクシス!」
「何とでもおっしゃってかまいません・・・」
宰相はそ探索探知器け口にするとイグナート大元帥に一瞥を加え立ち去って行った。
「クッ」
彼は壁に腕を打ちつけ奥歯を強く噛んだ。暫くしてからイグナート大元帥もまた小会議室を出て行く。そして、第二皇子のいる執務室へと足を運んでいた。
「どうしたのですか兄上そのような神妙な顔つきをなさって」
「ウィス・・・、言い難いことだがお前とその配下に賞金のかかっている者達の探索をして・・・」
「賞金のかかっている者達?・・・、それはアルやアレフ王達のことか?」
「・・・・・・」
ウィストクルスの兄ルグナールは沈黙しながら視線を床に向ける。
「嫌です、どうして私がアルたちを捕らえなければならないのですか!!」
「ウィス・・・、今は辛抱のときだ・・・、わかってくれ」
彼はそ探索探知器け告げると弟の返事を待たないでその場を去って言った。
† † †
ウィストクルスに呼ばれ三人の将軍が彼の執務室に足を運んでいた。
「君達もこのような意味の無い戦いに心を痛めていると思うが大元帥より新たな命が下った・・・」
彼の元に馳せ参じた三人の将軍。天の精霊の加護を受けし勇猛なる槍と斧の使い手、天雷将軍オスティー・ノトス。赤い瞳を持ち炎の魔法と小剣を器用に使いこなす炎獄将軍カティア・ウイナー。三将軍の中で最も若いが有能で部下思いの光聖将軍、クリス・トリニティー。
「どのような命でしょうか?」
「今、探し人になっているファーティル王国の新王アレフ、王女セフィーナ・・・・・・・・・・・・、そして、最後に千騎長アルエディー・ラウェーズ・・・、探すだけでいい」
「探すだけぇ?いったいどういう意味ですウィストクルス元帥」
「元帥の言葉を返さず聞かず理解しろ、オスティー馬鹿将軍」
「カティア!何だともう一遍言ってみろっ!」
「汚いわねぇ、馬鹿オスティー。もぉーーー下品に唾を撒き散らさないでよぉ」
「ノトス様、そう荒立てないようにそれとカティア様もノトス様を中傷する言葉を慎んでください。それとノトス様。ウィス様とアルエディー様はご学友だったのですよ。それに・・・」
穏やかな顔で年上の二人の将軍にそう進言した。
「いや、いやすまんすまん、その事をうっかり忘れてしまっていたよ、このオスティー・・・、元帥に失礼しました」
クリスの言葉を理解したその将軍は冷静になって上官に一礼をして謝罪した。
「三人とも気苦労をかけて申し訳ない・・・、それでは嫌でしょうけどお願いいたします」
その言葉に三将軍は敬礼し、各々に執務室を退出して行った。そしてこの日よりウィストクルス元帥配下の三将軍も元帥と共に動く事になった。
◇ ◆ ◇◇ ◆ ◇
帝国兵の追っ手から無事に逃れたアルエディーとセレナ達は情報ガイドを元にその街の中で最も帝国兵や賞金稼ぎに見つかり難そうな宿を探し、そして、そこに部屋を借りていた。
『コン、コンッ』
「アル様、セレナです・・・」
「鍵はあいてるぞ」
その言葉を聞いたセレナは胸に袋を抱えアルエディーの部屋に入ってきた。
「なんだいその袋は?」
セレナは袋から何かを取り出しそれを目の前の騎士の頭に丁寧に乗せた。
「わっ、なんだよ、これ?」
「フフッ、知らないのですか?カツラと言うものですよ、アル様」
彼女は淑やかに笑いながらアルエディーにかぶせたカツラを持っていた鏡で彼にその姿を見せた。
「こんなのをかぶっていたら今以上に目立つだろ!」
鏡に映った自分を見た彼は嫌々そうな表情でそう答えていた。
「そうですか?・・・、アル様嫌です、そんな怖い顔で見ないでください。おほほほほっ、ほんの冗談ですのに・・・」
彼女はそう言って今かぶっているものを取り払いまた別なのを取り出しアルエディーの頭の上に乗せた。
「まともだけど・・・、セレナこんな物いつ買ってきたんだ?」
「先ほど夕食の買出しと一緒に」
「セレナ、危険だから一人で出歩くなって言っただろう!」
「私はアル様と違いましてまだ世間様に知られていませんのでアル様と一緒にいるより安全かと・・・」
怒った顔つきで騎士が聖女にそう言っても平気な顔で返されてしまった。
「あのですねぇ、少しは緊張感を持ってほしいんだけど・・・、それに俺が今まで倒してきた帝国兵、一人も殺してないぞ。とっくに上層部には伝わってるんじゃないのか俺と一緒にいる可憐な女性って・・・、嫌なんでもない」
「あるさまぁ~~~、今何って言われたのですか?」
騎士の言葉に嬉しそうな顔をする彼女。
「いや、とにかく君の事は知られていると思う、だから注意してくれ」
「そうなんですか?・・・、ハイ、分かりました。アル様がそうしろと言うのならそうします」
アルエディーは少しばかり緊張感に欠けた目の前の女性を見て心の中で苦笑した。
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