アタシの可愛いご主人様 1話 【見習い時代】

 冒険者見習いの世話係を選ぶ上でのマッチングでいえば神の遣いを除いた異世界人の代行なら、仕事と成立している以上使用人の意向を当然聞いてくれます。使用人に制約が与えられて働くように、世話主にも恋愛ご法度や完全にお触り禁止など厳しく制限をつけることは可能である。しかし厳しくすればするほどに自由からは離れて気苦労が絶えない環境ともなるために、縛りが多ければ当然のように仕事の紹介は減ってゆく。もとより冒険者は他者に危害を加えることに制約あるために、絶対的な約束を取り付けずとも口約束だけでも行動を抑制もできるので、気遣い気配りの範囲でやれるならそうあるべきなのが仕事を速やかに確保できるコツでもありました。そういうこともありソニアは冒険者見習いの世話係としての初めての仕事を確保して、世話主の条件も特になくタスという少年冒険者の部屋に初めて訪れたのでした。


 ソニアは世話係をする上で必要となるであろうタスの情報を得ていて、もちろん彼の姿も資料で確認していました。だからこそこのマッチングに驚き困惑しながらも、これが神の悪戯なのかと運命的なものを感じつつも、自分が冷静に勤められるのかと不安にもなっていました。それなら再度マッチングを頼んでみる選択もありましたが、惹きつけられるようにタスとの出逢いを望んでしまった自分もいた。そうして落ち着かない心を携えての初めての顔合わせは、両者の意向が特になかった為に彼の部屋での自己紹介兼職場見学からの初仕事となったのでした。




「はじめまして。ぼくがタスです」


 そんな簡素な自己紹介だけでも事前資料があるので十分であり、あとは世話主との交流からタスの好みから生活スタイルを順次学んでゆきサポートをしてゆけばよい。そしてソニアがタスを知っていたように、タスもまたソニアの情報をある程度は把握してもいました。その上で彼はソニアを受け入れてくれたのでマッチングが成立したのです。そうして晴れて二人の初顔合わせとなった瞬間に、ソニアは我慢できずに涙が溢れてしまったのでした。


「日向さん!? あれ・・・ぼくが世話主だと嫌だったのかな・・・」


「失礼いたしました。ご主人様が昔別れた知人に似ていたので懐かしく思いまして・・・」


タスという少年の姿はソニアを絶望から救ってくれたジルの面影があり、ソニアはそれを知ってからは戸惑いながらもタスに仕えることに運命さえ感じてもいました。ただの偶然としてはできすぎているので神が気まぐれでジルに似せたタスを転生させた上で、そのジルに縁があるソニアをわざと当てたのかもしれない。ただどちらにしてもソニアにはタスを蹴ってまで別の世話主を選ぶ選択は出来なかったのが心境でもありました。そうして二人は初めましてを交わし合ったはずなのにソニアは感極まって涙が溢れてしまい、それを見たタスに誤解をされてしまい急いで軽く情報を与えながら訂正したのでした。


 ソニアの情報をタスは知っているといっても、それは使用人としてのプロフィールとさらに生い立ちをだいぶ伏せられた上での情報でした。冒険者によっては強い拘りがある者もいるのでマッチングの段階でそれは弾かれてもいますが、タスは自分が異世界人の役に立てるならと簡単に言えば訳アリな使用人でも抵抗なく受け入れる人格者でもありました。ソニアが望めば辛い生い立ちは隠せますし、心にまだ傷があるなら異性との接触も避ける制約で縛ることも可能でした。しかし彼女は事細かい生い立ちだけは伏せてもらい、自ら事前にタスに辛い過去があるも訳あって今は使用人をするに至ったことを明かして、その上で使用人業務初仕事の自分を受け入れてもらえるか確認してからの、タスが問題なく受け入れてくれた経緯がありました。そのため改めてソニアは拙い自分を受け入れてくれたタスに感謝を伝えた上で、その寛大な心に報いようと世話係を一生懸命に勤め上げることを誓ったのでした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 こうして自分を絶望から救ってくれた支援者やジルにも顔向けできるような明るく希望がある道を歩みだすために、ソニアはタスの世話係を始めることになりましたが、彼女はタスを主従関係のように上下に捉えすぎており自分を下に下にと扱う癖がありました。それは彼女自身の生い立ちから来るものであり、暗い世界ばかりを歩いてきた自分には価値が低く、さらに冒険者は自分を救ってくれた正義として尊敬してもいるために、ついタスを絶対的な主人として扱っていたのでした。それはタスに対しての応対から始まり、彼への呼び方も初めから「ご主人様」の一点張りでした。タスは自身でソニアを雇っているわけではないために主人でもなければ、むしろ身の回りの世話を見習いであるからとタダでしてくれるありがたい存在として感謝する存在でもあり、冒険者見習いと使用人は上下はない対等な関係性であるはずでした。それをタスが言葉にしてもソニアは頑なにタスを主人のように扱い、それにタスが自分なりに思い悩みながらも、ソニアが楽なのならそのままでもいいのかと強制だけはしないようにしばらくは時間が過ぎていました。そんなソニアは自分の本当の名前をタスに伝えておらずに、以前働いていた職場の源氏名である『日向』として働いていました。


 好きな人に名前を呼ばれず、偽りの名前ばかりを囁かれながら仮初の愛を身体に刻まれ続けてきた経緯があるソニアにとって名前などどうでもよくなっていたのかもしれない。源氏名で仕事をすることにも世話主が許せばお咎めはなく、そのためにソニアはタスに了解を得て日向で通していました。こうして日向で活動することがソニアにとっても楽な部分でもあり、慕っていた人を失った寂しさも、辛い過去も、新しい生活から光を見つけ出せるのかという不安も全て日向という仮面に押し付けてしまい、絶望を感じて時がそのまま止まってしまったソニアという少女は奥底に隠した方が楽に生活ができもしました。そのために彼女は初めての経験となる使用人業務を必死にこなそうとする日向という女性を演じてもいたのかもしれない。


 一方でタスも使用人業務が始まった当初はソニアの主人を絶対とする忠誠に近い行動原理に戸惑いを感じつつも、別段それで自分の活動に支障があったわけでもないために流していました。それでも気になる点がいくつかあり、ソニアは主人の機嫌を損ねないようにや、失敗をしたら必要以上に謝罪したりと、仕事に対して誠意以上に別な感情が含まれている気がして、どうにもタスは居心地が悪くも感じていました。初仕事であるから不安や緊張があっても不思議ではありませんが、仕事を楽しむこともなく熱意もどこか違うのなら、果たしてそれは恐怖に近い感情ではないかとタスにも感じ取れてしまい、やはりそれは彼女の過去と何か繋がっているのではと考えついていたのでした。




 主人のタスの意向もあり彼が未来の仕事の勉強がてら趣味としても栽培していた野菜を主役とした料理をタスが自ら調理して、それを使用人のソニアにも一緒に試食して味を確かめてもらうつもりでいました。ソニアは異世界人の亜人なために冒険者見習いのタスに異世界の情報を与えることには厳しい制約がありましたが、異世界に旅立ったあとにも食材や料理に見劣りがないかくらいは評価感想は伝えられる。さらにこうでも理由をつけないとタスはソニアとの距離を縮めることはできないと感じてもいました。タスとしたら心にまだ闇を抱えているかもしれないソニアを善意で放っておくことはできなく、この使用人業務に彼女なりの楽しさを見出して欲しいとさえ思って気を配って行きたいと考えていましたが、やはりどうもソニアは自分と一線を引いているようにタスからは見えてしまう。タスがソニアの過去を知っていたならまた違うアプローチがあるのかもしれませんが、まだ詳細は知らないタスからしたら手探りながらも歩み寄りたいと、大人のように冷静に慎重に行動を選びながらも、ときには少年らしい突発的な行動もしてしまう。それが今日は両方の意味でソニアの心が揺れてしまいました。


「きゃっ!?」


「大丈夫? ああ、皿を落としたのですね。怪我はありませんか?」


「申し訳ございません。すぐに片付けます」


仕事を万全にこなすつもりでソニアは意気込んでいましたが、やはり初めての職場でもあり不安や緊張感はありました。さらに冒険者の支えになろうとする新しい生きる目的のためにも努力と集中力を継続して、早くはやくと仕事に慣れようと気を張り詰める程、疲労はすぐに溜まりもするのでソニアは疲労からつい集中力が途切れてしまい、食卓を飾る予定であった皿を床に落として割ってしまいました。しかしそれを知ったタスは失敗を咎める気はなく、どうせ一枚程度の皿など換えもきくし、それよりも使用人が怪我をしてないかと身を案じていました。すると床に割れた白い皿を片付けようとするソニアの手から僅かに血が流れ出して、白い皿を赤く染めていることにタスは気が付いてしまいました。


「指から血がでていますよ。ここはぼくが片付けますから日向さんは怪我の治療を優先してください」


「いけません。私の失敗をご主人様に背負っていただくなど・・・」


「さらに怪我をされたらぼくとしても心残りになりますから。ほら、遠慮せずに手当てを」


(どうすればもっと気楽に一緒に過ごせるのかな。せっかく出逢えた縁なのに、毎日が張り詰めた日ばかりだと彼女も辛いはずですよね)


タスは見た目は少年ながら冒険者として生まれてきたこともあり精神年齢は大人に近い部分もありました。ソニアも見た目が若すぎる冒険者と触れ合う機会はそうなく、タスとの交流が始まると応対に戸惑うこともありましたが、大人として接すると理解すれば見た目に引きずられることもなくなり、自分が考えていた通りに振る舞えていたつもりでした。しかしその対応にタスは距離を感じてしまい多少の不満に近い感情も現れ始めてもいた。できることならもう少し肩の力を抜いて仕事をして欲しいと願ったとしても、現状のタスでは信頼関係はまだ築けていないのでソニアは頑なに聞き入れてくれないのだろうと自分の不甲斐なさも痛感していました。善意だけでなく冒険者としての在り方として、タスは正義を振るう存在とまでは行かなくとも、知って関わってしまった以上は助けが必要な人を救うことに彼なりの意味を探し始めてもいました。


(それにしても日向さんの手・・・ひんやりしてきもちよかった)


割れた皿の大きな残骸だけタスが拾いだすとソニアはその手を静止するように手を差し伸べました。その瞬間二人の手は接触をしてしまい、タスは初めての異性との肌の触れ合いにドキリと胸が鼓動をしてしまうも、それを隠すように作業に没頭しました。


「それでしたら怪我の治療をしてから私が片付けます」


「この程度の仕事くらい少年のぼくでも簡単にできます。いいから早く治療をする。これは主人からの命令です」


「その命令はズルいです・・・」


タスは主従関係を望むソニアの心理を逆手にとり彼女を無理させないようにと誘導してあげました。そうして久しぶりに二人は互いを面と向かって見つめあいました。タスはソニアの美しい容姿に惹かれていることもあり、さらに過去の貧困時代からは想像できないくらいに使用人として身なりを整えており、男を相手取れる職にもついていたこともあるだけ容姿も少年心を掴むのは容易なことでもありました。そのためにタスは小恥ずかしくてソニアをずっと直視ができずにいましたが、ソニアと視線が重ならない時には彼女を気にかける主人としてと本音を一つ隠しながらソニアを見つめていたこともありました。しかしソニアも他者からの視線を気にする環境に育ってもいただけに、タスの視線には気がついていました。それでも彼女はその視線の意味を使用人業務を疎かにしていないか監視されていると判断してしまい一生懸命に仕事に打ち込むことにしていたのが、タスとの距離感にも繋がっていたのかもしれない。まさか自分が異性として意識され始めていたとは思ってもみず、冒険者からしたら珍しい異世界人の異性と自分が特別な存在であるとソニアは認識できていませんでした。


 一方でソニアはジルの面影があるタスをどう受け入れてゆくのかまだ悩んでもいました。割り切れるならそうしたいのですが、絶望から救ってくれたジルの存在はとても大きく、ついタスから彼の存在を感じてしまい同じように見つめ合いながら話すのには抵抗もありました。しかしそれでは世話主にも悪いですし、それにソニア自身もタスの見返りも打算もない彼からの優しさに触れてゆく中で、タス自身の魅力にも惹きつけられてもいました。ジルとはまた違う光を与えてくれる存在として、ソニアはタスに隠れてこっそりと主人の横顔をじっと覗き見をして胸が温かくなる気持ちが芽生え出してもいたのでした。その気持ちの正体はけして探し出して答えを見つけてはならないと、ソニアは冒険者のタスに相応しくない自分の過去を引き合いにして距離を置くつもりでいる。それでも光にもっと近づけたなら幸せなのかなと思ってしまうことも当然でした。そしてこれも同じく冒険者としても探知役としても周囲に気を配る力に長けるタスならではの気配の察知力で、ソニアの熱い視線に気がついていたのでした。しかしソニアの心は読めないタスには彼女がどんな感情を抱いてタスを見つめていたのか判断する材料に乏しく、過去の知人と似ていると教えられた情報だけから、亡くなった人を懐かしんでいたのかと思うことになり、それならこのまま気のすむまで眺めていてもいいと二人は距離が縮まりそうな心境を抱えながらの、遠慮して遠目に見つめ合うという不思議な距離感で関係性を維持していました。




 しかし今日のタスはいつもと違く、さらに踏み込んでソニアの心に触れようとしてしまいました。これまでの焦らすような関係性もあり、さらにソニアの自分の身体を顧みずの行動によりタスは躊躇う気持ちがなくなり、この瞬間を一つの区切りとするためにきっかけを作ろうとしたのでした。ただしタスにも好奇心や下心もあるために、単純な善意だけしかない正義の味方にはなれませんでした。こうしてタスは床から主人に視線を向けてくれたソニアの視線を固定するように片手で綺麗な金髪を掻き分けて表情をしっかりと見えるようにしてから、驚いて瞳を大きく開いて固まるソニアを怖がらせないように優しく微笑みながら彼女の頬をそっと包んでしまい、ジッとソニアの瞳を見つめ続けてしまいました。


「おや、どうやら疲れていたようですね。気がついてあげられなくてごめんなさい」


「ごしゅじんさま・・・?」


(心が少年だろうと大人だろうと、男性なのだから女性に興味はあるよね・・・特別なことではないはず・・・)


嫌なら拒絶があるはずなのでタスには神からの警告もなく、それが後押しとなり大胆なアプローチをさらにエスカレートさせる好奇心が勝ってしまいました。ソニアの頬をそのまま優しく撫でると、彼女は意図しない触れ合いに戸惑うことも忘れて、さらに男すら手籠にできた過去があったのも忘れたようにタスからの突然の温もりに耳まで真っ赤になるくらい頬も染めながら照れくささに耐えかねて視線を逸らしてしまう。相手が誰であろうとも感じてこなかった感情をソニアは初めて知ってしまい、それがましてや歳下の幼い少年であり、ジルの面影をきっかけとして、タスにもしっかりと魅力に惹かれた結果でもあった。それでも彼女は過去の自分が邪魔をしてしまい、見つめ合うことから始まりだした感情に直視ができずにもいました。


 しかしその反応の新鮮さをタスは満足したのか、楽しそうに繰り返してしまうとソニアは今までタスには感じていなかった幸せという心地よさをどんどん感じてしまい、うっとりとした表情で視線を戻して「これは主人の気まぐれの遊びに付き合わされているだけ」なのだと、タスの思惑を深く考えることはやめて、しばしの戯れに付き合うことにしました。


「眠れていないのですか?」


「あっ・・・申し訳ございません。体調管理も使用人の勤めですのに・・・」


タスはもう片方の指でソニアの目元などを気にする素振りを示しました。疲労していたソニアにはクマが見てわかる程にできていて、それをタスに心配されたと理解した彼女は幸せであった時間を切り上げてしまい、また必要以上に主人に頭を下げ出してしまいました。こうなって欲しくないのがタスの意見でもあるので、彼はソニアの心変わりを期待して行動に移すことを決意しました。やれるなら自分の手でソニアを救いたい。それがタスが導きだした答えでした。


「疲労で倒れてしまったらそれこそ心配しますし、食後は休憩しましょう。なんなら仮眠でもしますか?」


「いえ、そこまでなさらずとも大丈夫です。お心遣いありがとうございます」


「ふむ、それなら今日は二人一緒にお昼寝をしましょう。これは決定事項ですので、日向さんには拒否権はありません」


「ええ!?」


「今日の日向さんは百面相ですね。新鮮で可愛らしいです」


「あう・・・今日のご主人様は意地悪です」


多少強引にでもソニアとの距離を縮めてしまい、それをきっかけとして彼女からの信頼を得てソニアの抱える問題を一緒に解決できる絆が生まれたらいいとタスは今だけは主人の権限に頼りソニアを縛ってしまいました。これがこの先信頼だけで支え合える関係性になれたなら理想的。そのためにもまずはソニアが秘密を打ち明けられるかがタスの手腕にかかっていたのでした。


「ではお言葉に甘えて・・・ご主人様はお優しいですね」


「これくらい普通ですけど・・・」


本来冒険者には必要としないトイレのような設備はソニアのような使用人の為に完備されているのですが、部屋もそう贅沢すぎない作りなので使用人の為の部屋などありませんでした。しかし一人暮らしの始まりからしたら贅沢すぎる寝室にリビングにキッチンにシャワー室にと設備は十分でもありました。そこで二人は一緒にお昼寝をする約束をしましたが同衾する約束をしたわけでもなければ、ソニアは別室で仮眠をするつもりでいましたが、タスは何故か好奇心のまま一緒の部屋にて昼寝をするつもりでいました。そうして二人の意見の食い違いから、この先思わぬ距離を縮めてしまうサプライズが始まってしまうのでした。

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