KaMiSaMaトーク

三蒼 核

KaMiSaMaトーク

「はい。本日も始まりました。毎週、八百万の神々にここ高天原にお越しいただき、トークをするという、神の神による神のための番組、Kamitubeカミチューブ。司会進行のあまちゃんでーす。よろしくお願い致します」


 ふかふかのソファに腰かけ、向かい合う。

 やたらとテンションの高い女神が、カメラに向け太陽のような笑顔で言った。なるほど、さすがは女神様。とても魅力的な笑顔だと私は思った。


「さて、本日のゲストは武蔵野の神さま、おおきいぼちゃぼちゃこと、だいだらぼっちさんです。本日は特別にわたしのサイズに合わせて下さってのご出演です。いやあ山のように大きい方だとお伺いしていましたがお身体の大きさ、自在に変えられるんですねー」


「まあ、神ですからね」


「てっきり見上げながらトークするのかとおもってましたよ。あははは。とにかく本日はよろしくお願い致します」


「はあ…よろしくおねがいします」


「おやおやあ? だいぶテンション低いですねー。もっと上げていきましょう爆上げで行きましょう。天上天下唯我独尊!」


 言ってる意味が分からない。それにテンションにもついていけない。なんだこの女神。お神酒みきでもやっているのだろうかと疑いたくなる。とりあえず私は無理矢理元気を出して返事をしてみる。お気に召したのか、女神あまちゃんは満足そうに頷いた。


「早速トークにいきたいと思います。おおきいぼちゃぼちゃさんは…」


「ちょっと待て」


 たまらず私は、女神あまちゃんの言葉を制する。


「おや? どうかしましたか? おおきいぼちゃぼちゃさん」


 女神あまちゃんは心底不思議そうな声を上げる。その態度に、こちらが不思議な気持ちになる。


「おおきいぼちゃぼちゃを通称みたいに言わないでくださいよ。だいだらぼっちが通称です」


「ああ、そうですね。失礼しました。それでは改めてだいだらぼちゃぼちゃさんは、武蔵野はもう長いんですか?」


「いや混ざってる。混ざってるから!」


「はあ、それで、どうですか? 武蔵野はいい所ですか?」


 こ、こいつ、流しやがった! 私はソファから立ち上がりたい衝動に駆られながらも、ぐっとそれを堪え、女神あまちゃんの質問に答えることにした。ここで答えなかったら放送事故になってしまう。


 私は宙を仰ぎ、記憶を手繰るようにして語りだす。言葉の通り、遠い昔を思い出し、語りだす。


「そうですね。いいところですよ。自然が多く空気がきれいですね。それと人がいい。この土地に住む人間たちは昔から信仰心が深く、一緒に時を刻んできたという思いが強くありますね。ありがたいことに人間の創作物に登場させてもらう機会も多く、いまだに私の存在が人間たちの中で廃れていないことを実感できます」


「…………」


「えと、訊いてます?」


 返事が無いことを不審に思った私は、視線を女神あまちゃんに移す。そこには驚愕の光景が広がっていた。


「はぇ?」


 私の眼に飛び込んできたのは、瓶子へいしを豪快に傾ける女神あまちゃんの姿だった。私は絶句した。こいつ、本当にお神酒やってやがった。


「あぁ? すみません。訊いてませんでしたぁ。まぁとにかく武蔵野はとてもいい所なんですねぇ」


「あの、いいんですか? 収録中にお神酒を飲んだりして」


 さすがに心配になった私は常識的配慮を口にした。神にも常識はある。いやむしろ神が常識なのだ。


「大丈夫ですよぉ。これ私の番組なので、私がルールです。私が神です!!」


 女神あまちゃんは赤ら顔でけらけらと笑った。只の酔っ払いなのに、下品に見えず、むしろ神々しく見えるのは正に神のなせる業か。私は感心した。


「それはそうとでいらんぼうさんも一献いっこんどうですか?」


 女神あまちゃんが瓶子を勧めてくる。なぜいつまでも私のことを少数名称で呼ぶのかは気になるが、私もお神酒は好きなので、快くそれをを受け取った。お神酒はとても美味だった。


「ところで、デーラボッチャさんはいい人はいたりするんですか?」


 私はお神酒を吹いた。それはもう盛大に。吹き出したお神酒は、それはそれは綺麗な弧を描き、高天原の穏やかな陽光を受けキラキラと輝いていた。しまいには虹が出来た。汚い虹だ。


「どうなんですか? ん? ん?」


 女神あまちゃんは、小指を立てながらいやらしい笑みを浮かべる。先ほどの神々しいご尊顔は何処へやら、私の眼の前にあるのは笑えるくらい下衆な顔だった。


「な、なな、なんですかいきなり」


 盛大にお神酒を吹き出した口元を拭いながら私は答える。驚きのあまり、巨大化しそうになってしまうほどだった。


「あはは。そんな驚かないでくださいよー。このトークテーマは番組内で人気コーナーなんですよ? あ、もしかしてこの番組見たことありませんでした?」


 少しふくれっ面の女神あまちゃんが訊いてくる。愛らしい表情だった。彼女の質問に私は心の中で大声で答えた。


 めっちゃ見てるわ! なんなら大ファンだわ!


「いやでも、心の準備ってものがあるじゃないですか」


 心の中の叫びを悟られないように、私は努めて冷静な返答をした。


「あ、もしかして引いてます? またまたあ。我々神々なんて皆、神在月は出雲大社で男女の恋路を決める仲間じゃないですかぁ。そもそも人間は、わたしたち神に似せて創造されたのであって、人間の色恋なんてのは我々神の原初欲求を……」


「いや、はい。わかりました。もういいです」


 わたしは女神あまちゃんの言葉を遮る。というのも、これ以上喋られると何だかとんでもないことを言い放ちそうだったからだ。神の直感がそう告げていた。


「つまり、人間も神も一番楽しいし、興味があるのは恋バナなんですよ」


「恋バナという割にはなかなかに生々しいこと言いそうになってませんでした?」


「さてなんのことやら」


 女神あまちゃんは眼線を逸らし、鳴らない口笛を吹いた。仕草の一つ一つがいちいち愛らしい。


「それで、結局のところどうなんですか? いい人、もとい、いい神はいないんですか?」


「いないですよ」


「ほんとにいないんですか? 零ですか? 零神ですか?」


「零ですね」


 お神酒が噴き出る。しかし私からじゃない。こんどは女神あまちゃんが盛大にお神酒を吹き出した。彼女は大口を開けて笑っていた。


「ぎゃははははは。いないんですか? 神なのに!? そこら辺の神だったら相手の百の二百はいますよ? それが零って! ぼっちじゃないですか!」


 どこまでも失礼な物言いだった。私は心の中で泣いた。


「ああっ! たいへんですよだいだらぼっちさん! 名前にぼっちが入ってます! まさか伏線だったんですか?」


 せっかくちゃんと名前を呼んでもらえたと思ったら、普通に馬鹿にされた。私は心の中で号泣した。


「すみません。冗談ですよ。じゃあ、ぼっちさん……」


「おい、その呼び方はやめろ」


 私は抗議した。正当かつ。まっとうな理由で抗議した。


「はあ~……。で、だいだらぼっちさんは好きな神のタイプとかいるんすか? どうなんすか?」


 女神あまちゃんは、心底めんどくさそうに私の名前を言い直すと、投げやりな質問を浴びせてきた。え? なにこの対応? 私なにか気に触る事でも言った? 否! 断じて否! まっとうな抗議しかしていない。私は自分にそう言い訊かす。


「そうですねえ、好みのタイプですか……」


 私はわきまえているのであこがれと恋心をごっちゃにしたりはしない。女神あまちゃんへの感情はあくまでファンとしてであり、決して恋愛感情などではないのだ。


「私のタイプは……あなたみたいな人ですね」


 顔面蒼白だった。用意していた言葉とは裏腹に、つい本音が口をついて出てしまった。恥ずかしさのあまり私はそのままうつむいてしまった。


「………………」


 しかしいくら待てど、彼女からの返事はない。気を悪くさせたと思った私は謝罪をしようと顔を上げた。


「zzzzzzzzzzzzzzz」


 寝ていた。女神あまちゃんはいびきをかいて寝ていた。


「あの……あまちゃん?」


「あ、ごめんなさい。寝てました。で、好みのタイプは?」


「いや、良いんですよ」


 訊かれていなかった! 私は心から彼女の失礼さに感謝した。そして神に感謝した。私が神だけどれも。


「答えるのは恥ずかしいです。別のトークテーマにしませんか?」


「じゃあ、わたしのどこが好きなのかっていうテーマはどうです?」


「おい、カメラ止めろ」


 私は恥ずかしさのあまり女神あまちゃんに向け飛び掛かる。しかし彼女は、臆するどころか、寧ろ好戦的な態度を示した。私はそれに臆した。というか引いた。この時点で私は既に負けていたのだった。


 さすがは日本最高位の神、天照大御神さまこと、あまちゃんだと私は思い、ますます彼女のファンになった。


 だいだらぼっちの公開告白と、この乱闘が、カミチューブ歴代最多の再生数をたたき出すのはもう少し先のお話。




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