第117話 むすばれるふたり

「え――!? 私から言っちゃった――!!?」

 これには浮かんでいるだけのユウナギも、口を出さずにはいられない。夢の中でくらい積極的に口説かれたかった。


「こういうのって男性の方から申し入れるものじゃないの!? しかも命令なのそれ!? そんなんでいいの私!?」

 みているだけのユウナギには分からない、連れ立って難儀な時を過ごしたユウナギならではの思いがあるのだろう。

「とりあえず返事聞こうか……」

 ミィがまた呆れている。




 トバリは少し固まったようだが、ついには照れたように笑った。

「私の妻になってくれるのですか?」

「…………」

 その顔が最高に好ましくて、今度はユウナギの時が止まった。しかし固まっている場合ではない、すぐに復活した。


「あ、あの、私が妻であなたが夫よ? いいの!?」

 復活したてによく分からない確認をする。

「? 私が妻であなたが夫なら困りますが」

「じゃなくて!」

 大慌てついでに彼女は、彼を湖岸の砂の上に押し倒した。彼女の長い髪の先が、彼の胸にはらりと落ちる。


「あなたの妻が私なんかでいいの!?」

「ユウナギ様」

 彼は彼女の頬に指先を伸ばして添えた。


「私にはもう何もない。家もない土地もない、食料も衣料もない。明日の保証すらない。本当に何も持たない男なのです。村の青年の誰かと一緒になった方が、あなたにとって幸せだ」


 ユウナギはそんな彼の言葉を最後まで聞いて、そして息を存分に吸い込んだ。


「何もなくない!! あなた自身が! あなたの培ってきたものが溢れるほどある! ……あなたじゃなきゃここまで来られなかった。それにたとえ、今は持ち物がなくても、そんなの全然構わない。あなたじゃなきゃ嫌! 他の誰でもだめなの。私も頑張るからっ。一緒に食べ物作って生きていきましょう!」


 彼の上に乗っかったまま、なおも必死にまくし立てる。


「わたし知ってる。懸命に励んでいれば、みんなちゃんとそれを見ててくれる。一生懸命働く者を、人は無下にしたりしない。私、ちゃんと生きていけるように頑張るから……」


 突然彼は、下から両手で彼女の顔を寄せ、その唇に口づけた。




「えっ……ええええ~~~~!??」

 この一部始終をひやひやした心地で眺めていたユウナギ、唐突に思わぬ何やらを見せつけられ、泡を吹いて倒れた。

「おいっ!? ……夢の中だから……放っておいても問題ないよな」

 続きはミィだけでみることになった。



「はっ!」

「気が付いたか」

 起き上がったユウナギの隣でミィは胡坐をかいている。

「えっと、あれ?? 今まだ夢の中?」

 ミィは何ともなしに頷く。


「え―っと、どうなった!? 夢の中の私は兄様と……」

「あれからすぐ帰って、翌朝、家貸してくれてる人たちに、“実は兄妹ではなくて、一緒になることにしました~~”って話したら、“そうなんじゃないかと思ってたよ”と祝福されてた。んで、当面は借りてる小さな家でふたり暮らすことになった。ってところまでみたぞ」

「…………」

 頭の整理が追いつかない。


「で、今から夫婦で過ごす初めての夜」

 ミィが下を指さしたら、みえてきた。小さな家屋の中、とこの真ん中に腰を据えた彼と、床の足側で、もじもじと膝を抱え丸まっている彼女の姿が。


「~~~~~~!!」

 ユウナギはミィの両肩を掴んで前後に振った。

「ねぇ! これ! 何が始まるの!? 何が始まっちゃうの!?」

「そんなの分かるだろ、大人なら……」

 冷めた目でミィが見てくる。

「ちょっと黙って! 何か話してるっ」

 黙るのはそっちだ、とミィは言いたかったが止めておいた。



「寝ないのですか?」

 彼はそんな夜なのに、落ち着き払ったように見える。

「えっ……あなたは寝ちゃうの?」

 とても残念そうなユウナギだ。自分の態度が原因だとか考える余裕はない。


「あなたがこちらを向いてくれなければ、私は寝るしか」

 彼はなんだか少し笑っている。そう言われてしまったユウナギは、おずおずと彼のすぐ隣にきて、また膝を抱えた体勢に。したら彼は、膝を抱える彼女の腕を外し、そのまま彼女を押し倒した。


「兄様っ……!?」

「もう兄ではないです」

「っ、トバリ様……。あっ、あなたも、もうそんな話し方じゃなくてっ。もっと、こう、高圧的に話してっ」

「高圧的?」

「えっと、いや、なんていうの、ふつうにっ、夫が妻に話すような……。その、官人の話し方じゃなくてっ……んっ!?」

 焦りに焦っているユウナギの口を、彼はまた口で塞いだ。

「分かった、気を付けるよ」

 そして彼女の衣服を脱がし始めるのだった。




「あああああ~~~~っ!!」

「なんだよ、うるさいな。ここからなのに」

「こ、ここからぁ~~!??」

「ほらもうだいぶ脱が……」

 ユウナギはミィの喋りを遮り、血眼で叫ぶ。

「私!! その辺、走り込み行ってくるから!!」

「お、おう……」

 夢の中でどれほど有効かは分からないが、目をつむり耳を塞ぎながら彼女はどこぞへ走って行ってしまった。



 その後、がむしゃらに走り回るユウナギがミィのところに戻ってくると、昼間であれば新婚のふたりは畑を耕していたり、村人らと協力して狩りをしていたり、汗だくな日常の風景を見せていた。新妻ユウナギはいつも、夜の来るのが待ち遠しい、といった雰囲気でいる。

 それが夜であると、ふたり常に仲良く寄り添っている。揃ってとこにいる場面に遭遇すると、相変わらず赤面のユウナギは走って逃げていくのだが、この時はミィの目を塞いで騒いでいた。


「なんであなたそんな冷静にみてるの! 8つの子どもが!!」

「だって俺、父上と母上の見慣れてるし……」

「えええ~~!!?」

 両親揃った家で育っていないユウナギが知らないだけで、ごく普通のことだ。


「まぁ、俺が小さい時の話な。最近はないし」

 ああ、母君もう調子が良くないのだっけ、とユウナギも寂しそうな彼女を見て切なくなった。



 とにもかくにも、夫婦として常にふたりは共にあった。それはごく平凡な村人の姿で、ユウナギはまさに夢だと感じた。夢の日々が繰り返し繰り返し流れ、いつしか夢の中のユウナギは身体に変調をきたす。


「どうしたんだ?」

「何を食べても味が変なの……。たまに、胸やけも……」


 病ではと彼も心配し、村の見識ある老女に相談した。そこで身ごもっている事実を告げられたのだった。もちろんふたりして、かつてないほどに大喜びする。

 ユウナギはそれから徐々に膨らむ自分の腹を眺めては、心躍る毎日を過ごしていた。



 妊婦のユウナギが優しく腹を撫でるたび、それをみるユウナギも、自身の平らな腹を撫でてみる。どういう感じなんだろうと想像せずにはいられないが、その高揚感まで受け取る術はないのであった。

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