第106話 十五年ぶり、かつ、数刻ぶりの再会
「いたっ!」
「いてっ!」
元の世に帰ってきた。この瞬間、ふたりは投げ飛ばされた感覚と共に尻もちをついた。そこは昼間のようだが、ナツヒ宅の近くだろうか、林間だ。ふたりの距離は3歩ほど離れている。
3歩離れた位置のままで、現状に気付くまで、ふたりは無言で高い空を見つめていた。
そこで先に立ち上がったのがユウナギだ。ナツヒがそれと当時に、「あ―…っと、今……」と話しかけた時。
「あーあ、戻ってきちゃったからもう試せないわね! また次の機会ね!」
と彼女は大声で言うのだった。
「じゃあ! 今日はもう解散!」
またやたらと声が大きい。
「あ、ああ。……お疲れ」
ユウナギは大人しく自室に戻るつもりなのか、走って行ってしまった。
そして林を抜け現在地が分かった頃、「やっぱり自分が口づけても大丈夫なのね。口どうしだったらどうなんだろう? でもそんなの試せるわけな――い!」などと考えながら。
走っている最中だからか、まだ胸がとくとくしていた。
ユウナギが屋敷に戻ったら、侍女らがざわめいた。その中から即刻トバリに連絡がいったようだ。
そこで彼女はようやく気付いた。神隠しにあっていたのだから、きっと何日かたっていて、彼に何も話さずに出てしまったので迷惑を掛けたのだと。
ナツヒも執務室の方に顔を出したら同じ現象が起きたので、彼は自分から兄に会おうとその辺りで探していた。配下に案内され、それからトバリと共に女王のところへ向かうことになった。
「え!?
トバリが話すには、ふたりはなんと、およそ二月の間、姿を消していた。ここで初めて聞かされたナツヒも唖然とする。
「そんな……今までどんなに長く旅先にいても、戻る時は短い間に帰ってこれてたのに」
きっとそんなものは神の気まぐれなのだ。そういうわけでトバリは神に隠されたのだろうと思ってはいても、ふたり揃って曲者にかどわかされた可能性もなきにしもあらずで、しかもいつ戻ってくるかも分からず困り果てていた。
「ごめんなさい兄様。あそこで神隠しに遭うとは……」
そこでナツヒはやっと気が回った。二月無断で不在にしてしまったのだ、隊の状況などはどうなっているのかと。彼としては、突然いなくなっても問題なかったと言われてしまえば、それはそれで自身の存在意義に関わるのがまた弱るところ。
「まぁ、実際には問題なかった」
そんな兄の言葉に、ナツヒは即落ち込んだ。これでも女王の護衛という仕事はしていたのだが、と自己弁護したい。
「しかしそれはある人物が、お前の穴を埋めるよう熟慮して回していたからだ」
「ある人物?」
トバリは語る。それはその人物が「ふたりは必ず戻ってくる」と申告に来たところから始まったようだ。どうしてそれが言えるのかと彼に問うたら、力のある巫女がそう告げたと答えた。それに命を懸けてもいいとまで言った。なのでトバリはそれを信じ、ふたりの捜索を止めておいたのである。
「力のある巫女?」
「今こいつの他に巫女はいないんじゃ?」
「その者が女王に目通り願いたいと申し出ています。私としては、女王さえ望めば是非とも」
ユウナギは無言で
そこに促され入室した人物は。
「……!」
ユウナギとナツヒは目を合わせた。
ただ今入室してきた、背の高い、年の割に艶々とした肌の持ち主である彼は、女王から幾分離れたその場に
「お初にお目にかかります。軍事官長付き参謀を務めております、名をサダヨシと申します。あなた様に誠心誠意お仕えいたす所存で参りました。どうぞ特段のお引き立て賜りますよう」
ユウナギは足早に、彼に歩み寄った。そして両手で彼の手を取り笑顔で、初対面かつ再会の挨拶をした。
「久しぶり!! こちらこそ、どうぞよろしく!!」
それから何日かの間、ユウナギは先のことを考え込んでいた。軍師となった彼と再会したことで思い出したのだった。サダヨシの顔はあの可愛らしい彼女に似ている、それを言葉にした時、次に彼女の弟の顔が頭を過ぎった。あの少年が生まれ故郷を出て、大人になり、そしてユウナギが未来のこの地に飛んだ時、偶然出会った。
――――偶然? 違う。あの人はこの国を乗っ取る。
そろそろ軍師サダヨシとよく話し合うべきだ、と彼女は前を向く。
あくる日の夕暮れ時、中央の川辺にて、ユウナギが何をするでもなく座っていた時だ。彼女の元にたまたまシュイがやってくる。
「ユウナギ様」
「シュイ、久しぶり」
「お隣、よろしいですかしら」
彼女は頷いたユウナギの隣に座った。
「女王が外をうろついて、下々の者に姿を見せてもよいのですか?」
「朝から晩まで籠ってなんかいられないよ……。歴代女王は偉大だわ」
「私もしばらくこちらに住まわせて頂いてますので、現女王がここで暮らす人々からどのように見受けられているか、存じておりますわ」
ユウナギにしてみたら、失望でも何でもしてちょうだい、中央を出ないだけでも十分譲歩しているのだし、という気持ちだ。
「女王は、人と結ばれることなく、跡目を生むのですよね?」
そういう彼女の問いが、ユウナギには唐突に感じられた。
「生む……っていうと語弊があるかな? 見つけられるんだって。女王には特別な目があって」
「下々のうちでも、“中央伝説”として伝わっております。次のその地位に就くお方は、女王だけが見ることのできる、光り輝く木の幹の中に座っていらっしゃって、どちらにおわしても見つけられるのだと」
ユウナギは、何その伝説!? 聞いたことないし、私、幹の中に座っていたこと一度もない! と、呆気にとられ言葉が出なかった。
「まぁ、特別な目があるから、自分で生む必要はないの。というか生んではいけないから」
「神に仕えるため、愛しいお人と結ばれることのないとは、お気の毒です」
そこで彼女はおもむろに、懐からあるものを取り出した。
「ユウナギ様にお会いするようなことがあれば、お渡ししようと思っておりました」
「うん?」
それは白い珠が連なった装飾品だった。ユウナギはそれを目に入れて、すぐには手を出そうとしなかった。
「それは、ナツヒがあなたに」
「これ、あなた様に贈ろうと、ナツヒ様がお作りになったものなのです」
ユウナギは耳を疑った。
「ナツヒが、作った?」
「細かいことは知りませんが。旅先で、海に潜ってご自身で珠を採り、ご自身で繋げられたようです。職人に教わりながら」
「そうなの??」
ユウナギには彼が、そういったことが好きだとも得意だとも思えない。
「でもたぶん、もしかしたら、ご自分で渡すのが照れくさくて、私に渡して欲しかったのではないかしら?」
彼女はそっぽを向いた。目を合わせようともせず、それを渡した。ユウナギが手を出したから。
「綺麗なので私が使おうかと思いましたが。やっぱり、作り主が贈るつもりだった方の元へ、届けられるべきですわよね」
ユウナギの、わぁきれい、と高らかに言いだしそうな顔を横目にし、彼女は立ち上がった。
「確かにお渡ししましたわ。本当に、ご自分でお渡しすればよいですのにね」
「ありがとう、シュイ」
ユウナギの満面の笑顔を受け取って、彼女は言った。
「私、生まれ故郷に一度帰ろうと思います。もし私の歌をご所望されることがありましたら、いつでもお呼びくださいませ」
「ええ、また。故郷まで、気を付けて帰ってね」
ユウナギは彼女を見送った後、その白珠の飾りを首に掛けた。その際もはじける笑顔になったが、これを受け取ったことを、ナツヒにはまだ言わないでおこう、と思ったようだ。
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