第90話 仲直り、できるかな?
こちらは中央。トバリがナツヒの行き先を語ってくれるようだ。
「北西側の隣国なのですが、王の住まう地域は海岸が延々と続き、非常に美しい処だと聞いています。しかしここ80年ほど、我が国とは断交しておりました」
「断交??」
「少し問題があって……」
断交になるまでの問題は少しではない、とユウナギは言いたかった。
「何があったの?」
「かつて国の女王が周囲の国々に訪問し、
「ええ、すごい話よね。女王自ら、諸外国をまわったって。大変だっただろうなぁ」
「そこで……事件が起こったのです」
***
その日、早朝に隣国の王宮に到着したナツヒは、ただいま国王に対面している。此度の任務として、さきほど国交の回復を願い出た。
「そうですね。かつてはあのようなこともありましたが、私としてもぜひ、あなた方とはよくやっていきたいと思っていました。隣同士なのだから」
その王は年の頃20を過ぎたところか、人の良さそうな面立ち、柔らかな物腰、威厳は足りていない感もあるが、為政者が親しみやすいのは良いことでもある。小さな子を抱いている隣の妃が、むしろ気の強そうな女性だ。
「そう仰っていただけるとこれ幸いです。遅れましたが、こちらの贈り物をお受け取り頂けるでしょうか」
ナツヒが
それはいわく有りの物だからだ。最初は様子を見たかった。
兵が向こうの臣下に、上質な布に包まれたそれを渡す。
「これがあの、かつての品と同じものですか……」
王は感慨深そうに、それを手にし眺めた。
「うむ。荘厳で歴史を感じさせる一品だ」
「
「彼の国の
国からの土産を受け取ってもらえたナツヒは安心し、次は歌姫シュイを紹介した。
「もうひとつ土産として、国の歌を披露いたします」
シュイは王と妃の前で深々と礼をし、その演技を惜しみなく披露した。臣下らも彼女の美しさ、叙情的な歌に感嘆した。
「これは見事だ、美しい! なぁ」
隣の妃に王は相槌を求める。
「ええ、本当に素晴らしいですわ」
賛辞を戴いたシュイは礼をして下がった。
「こちらも誠心誠意のもてなしをしたい。しばらく我が国に滞在してもらえますね? 兵隊のみなさんも、十分に羽を休めていってください」
「ありがたいです」
ナツヒは通常「とにかく早く帰宅したい病」なのだが、今回はすぐに帰りたくない事情がある。ぎりぎりまで滞在しようかなと考えた。
そこで王は彼に尋ねる。
「そうだ、もし良かったら、私と演武をしてもらえませんか?」
「演武?」
どうやら刃のない
「鍛錬は子どもの頃から続けているが、実践することもなくて。まぁ私に合わせてもらえたら嬉しい。あなたは専門家なのでしょう?」
「分かりました」
ナツヒは用意された鉾を手に取ると、王にあい対し、礼をした。そして言われたように、王の打ち込みに反撃することなく受け、彼が受けられそうなところを見計らって打ち込み返した。
それを行いながら考える。この青年王の実力は実用には及ばない、上品な鉾筋だ。生真面目で努力家、少々神経質で優柔不断な性格が窺い知れる。
この対戦相手の性格診断はナツヒの得意技で、そこまでいかなくてもその時の体調、気分は大体言い当てる。実戦で有用な技術でもないのが玉に
「組み合い、感謝する!」
「あ、ありがとうございました」
臣下らは拍手で称えた。
その時、王の後ろに、機会を窺いながら寄ってきたひとりの娘が。手に布を持っている、王の汗を拭くためか。ナツヒは侍女だろうと見た。
「紹介しよう。私の舎人、アオイです」
アオイがナツヒに頭を下げる。彼女は侍女ではなく側近だった。しかし、それと言うにはずいぶんか細い、儚げな少女である。
「彼女はこの見てくれで非常に有能なのです。あなた方がここにいる間の世話役を彼女に命じてあるので、気楽にお使いください」
可愛い女性が世話役のが良いだろうという計らいのようだが、ナツヒはおそらくその気遣いに気付かない。まず彼女はナツヒらを、寝泊まりするための客室に案内した。
そこは高床式の、広くて快適な客室だ。
彼女が棚から織物を出し準備している間のこと、木棚の上の飾り物がナツヒの目に留まった。それは貝殻の中の、2粒の白い珠だった。艶々と輝くそれを、彼はひと粒つまんで目の前で見つめる。とても綺麗で、ユウナギに渡したら喜びそうだと思った。
「美しいですよね、白珠。すぐそこの海で少しだけ採れるのですよ」
「少し? たくさん採れるものではないのか」
「この辺りでは、それほど。それを贈りたい方がいらっしゃるのですか?」
アオイは彼のそんな様子が気になったので話しかけたのだ。
「あ、まぁ……主人に……」
「わりと近くの湾で、沢山採れるところはあるのです。しかしそこに人が採りに行くと、独り占めをしたい海の神に沈められてしまう、そういう言い伝えがありますので……。ただの人では無理ですね、神に愛された者でないと」
「そうか、じゃあ俺は無理だな」
そこで彼女は、その白珠を見つめた彼の顔を思い返して問う。
「ご主人のために命を懸けて採りに行こうとは、なさらないのですか?」
「あ―、その主人のために、とにかく生きてなきゃならないんだ。絶対に、先に死ねないというか」
彼女は訝しげだ。
「主人を守って、ずっと支え続けて、その最後の時まで側にいなくてはならない」
口にしたのは“義務”の言葉なのに、彼の表情がなんだか嬉しそうで、彼女は尚更ふしぎに思う。
「ご自分の最後の時まで、でなく、ご主人の?」
ナツヒが小さく頷く。
「命の有り様など危うく脆いものです。老いればかんたんに病にもなりますが」
「だからまぁ負担だよ。でもそれが俺の生きる意味だから」
「……ああ」
合点のいった彼女は、射抜くような目で彼を見た。
「あなた様のご主人は女性ですね?」
「…………」
「そうでした、あなた様は女王の国からいらしたのでしたね。……女王が相手では、恋情も劣情も、いくら抱いても仕方ないですね……」
見抜かれて反論する気力もなく、ナツヒは伏し目がちになった。
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