第74話 ユウナギ、ナンパされる??

 女王と呼ばれ、ユウナギははっとして声の出所、下方を見まわした。

「誰……?」


 木の下から眩しそうに見上げるひとりの男。じっくり見るとそれは、煌めく雰囲気をまとう、爛漫な面立ちの若い文官だった。


「あなた様は女王ですね?」


 一度会ったら忘れられない見目の男に、素性を知られているとは。ユウナギは妙な気持ちになる。


「お気をつけてお降りください。供の者を呼びましょうか?」

「い、いえ、自分で降りられるわ」


 急かされているわけでもないが気が焦り、枝からさっと飛び降りた。すると男は直ちに跪く。


「あなたは誰? 私を知っているの?」

「いいえ、存じ上げません。ですが、あなた様は我が国の女王かと」


 ユウナギは戸惑いを隠せない。確かに今まとう衣装は女王のものだが。彼の自信に満ちた表情は何なのか。


「しかし我々の女王は今日も屋敷におられるので、あなた様はきっと未来さきの世からいらしたのでしょう」

「!!」

 時空を移動する者だと当てられ驚いて、なぜどうしてそう思うのかを尋ねた。


「当たりですか? 過去からか未来からかと迷ったのですが、未来と申したのは推測です。なぜならあなた様は垢抜けていらっしゃるから」


 意味が分からない。しかしこの男の煌びやかなことよ。色白の端正な顔立ち、凛々しい佇まい、透き通る声。ユウナギは少しのあいだ見とれていた。


「あ、えっと、女王がいらっしゃるということは、ここは中央? 過去の中央なのかしら……」


 男は迷うユウナギの手を取り、こう言うのだ。

「私に何かお助けできることはございますか?」

「うん、今何年か教えてくれる?」


「暦ですか? ……何年だったかなぁ? 覚えていません。調べれば分かりますけど」

 彼はにっこり笑った。端麗な容姿にそぐわない、どうもぶっきらぼうのような、飄々とした雰囲気を醸す男だ。


「ん、じゃあ、まずあなたの名前は?」

「ヒカリと申します。女王、あなた様のことは何とお呼びいたせば?」


 ユウナギは万一、時代がそれほど遠くなく、自分の名を知る者が中央にいたらまずいかと思いためらった。

「コ……ツバメ……」

「はい?」

「ツバメ、と呼んで」

「はい、ツバメ様」

 そしてこの衣装を着替えたいと話した。


「でしたら、いちばん近い我が妻の屋敷へご案内いたします」


 という具合に立派な屋敷へ連れていかれ、活動しやすくも良質な衣服を与えられた。


「あの、できたら顔も隠したいのだけど……」

面紗めんしゃはあるかな?」

 そこで彼の妻は口元を隠す薄布と、それを髪に留める飾りを出してくれた。ユウナギは一安心する。


「さて、暦を調べに行きましょうか」

 屋敷もすぐ出ることに。そこからはユウナギでも分かる、ここは執務室に向かう路地だ。景色がほぼ変わらないということは、やはり遠い時代ではない。


「ねぇ、どうして私が女王だって分かったの? 衣装のせい?」

「いえ、まるで女神のようでしたから」

「……もしかして、遭う女性みんなにそういうこと言って口説いてるとか!?」

「まさか。桜の枝に掛けるあなた様は、本当にきらきらとしていましたよ」

「えええ!?」

 浮ついた世辞のようにも聞こえぬが、だからこそ、この人の太陽の様なきらきらと比べたら、私なんてごく普段の曇り空だわ、と逆に落ち込んでしまった。その頃、前方から声が聞こえてくる。


「兄上――!」

と。


 その人物の顔が見えた時、ユウナギははっと息を呑んだ。そして、

「兄様?」

と小声で漏らした。しかしそれは一瞬で「あ、違う」と覆す。


 確かにその瞬間、彼に見えた。なぜなら顔立ちが同じ傾向だから。それでも、その人物をちゃんと見ると背丈はやや低く、大人の男性だとは分かるのだが、表情に幼い印象を受ける。


「兄上、また下の者にすべて仕事を押し付けて、ご自分は笛など吹いて遊んでいるのですね?」

「押し付けたのではない、指示を出して任せたのだ。それでいつも期限内に仕事が終わるのだから、いいではないか」

「確かに兄上の進め方は効率的で、かつ指示が的確なおかげで、私の組よりよほどうまく回っていますが……。ただ気持ちの上で、下の者を鼓舞するためにも、兄上も現場におられた方が」

 まくし立てるその青年はそこで、兄の隣のユウナギに気が付いた。


「ああ、お連れの方がいらっしゃいましたか、失礼。そちらのお方は?」

「私の特別なお客様だ。非常に強力な巫女様だよ」


 すぐ彼はユウナギに紹介する。

「ツバメ様、これは私の弟です」

「巫女様でしたか。ホタルと申します。以後お見知りおきを」

「あ、ツバメです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 ホタルさん? 知らない名だなぁ。ん―? でもなんか聞き覚えのあるような、ないような……と、ユウナギは上の空で挨拶していた。


「なぁ、ホタル。私は決して遊んでいるだけではない。妻のところに出向いていたのだ」

「しかし父上が伏せられ、すべて我々でこなさなくてはならない今……」

「お前も子どもが生まれたばかりなのだから、昼間であっても妻子のところに顔を出すと良い。私が代わりにお前の組で采配を振っておこう」

「は、はぁ……」

 彼は浮かない様子だ。


「ツバメ様、そういったわけで、本日はこのホタルがあなた様をご案内いたします」

「えっ」

 その上、急に客人を押し付けられおののいた。


「くれぐれも丁重に、おもてなししてくれ」

 そうヒカリは有無を言わさず、軽やかに執務室へと去っていった。残された弟はやはり困り顔。


 そんな彼にユウナギも若干申し訳なく思う。

「あ、あの、ホタルさん。丁重でなくても構わないので、友達のように扱ってください」

「友達?」

「ええ、友達」

「それはいい」

 にっこり笑った彼は、大人の男なのにとても可愛かった。ユウナギの恋しい彼と似ているが、とっつきやすい雰囲気は桁違いだ。


「えっと、今からご家族のところへ? 私も行っていいんですか?」

「ええ、良ろしければ。家はすぐ近くなので。あまりお構いはできないと思いますが……。小さい赤子がいるので」


 ユウナギが彼の後をついていくと、おもいきり見覚えのある順路であった。


「今、仕事忙しいんですか?」

「ああ、父が病で床から出られず……代わりに我ら兄弟ですべてまわしているのです」

「父君って……」


 門前に着いた。

「じょ、丞相の館……」

「こちらです」

 案内されたのは敷地内の、わりと小さめの家屋。


「ホタル様? こんな昼間からどうしたのですか? お役目は?」

 主人の帰宅にすぐ庭から出てきたのは、小さな赤子を大事に抱く美しい御新造。


「ナツヒ……?」

 彼女の顔を目にしてユウナギは、ごく小さくつぶやいた。


「お客人がいてね」

 妻子の前で機嫌のいい彼が振り向き、家族の紹介を始める。


「ツバメさん。これが妻のユキ、そして息子のトバリです」


 ユウナギは全身硬化した。

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