第八章 舞台裏

第64話 今回のミッションは勝ち確だから!(たぶん

 その日、ユウナギは和議を結ぶため国の北東のむらを出て、隣国の領地に建つ館へと向かっていた。


 護送だけならナツヒ率いる一の隊のみで十分だったが、現地の兵舎にて、相手の兵の数に有利を取りたくて、二の隊にも同行を命じた。そして往路の二の隊には1年前の自分たちの到来に合うよう前日に到着させ、ふたりが使者であるという偽装に一役買ってもらうことに。


 丞相じょうしょうのすぐ下の弟である軍事官長の持つ兵隊は、全部で5つの組に分けられ、二から五の隊は長の息子たちが率いている。

 軍事官長は豪傑を画に描いたような男で、ユウナギは恐ろしく感じ苦手であるが、その長男である二の隊長は、粋で知的な見た目の男なので友好的に見ている。

 ユウナギの好みははっきり言って「優男」なのである。


 仮に職権乱用し好みの男にのみ同行を命じたとしても、それはある程度致し方ない。自分の余命を知ってしまったのだから。命尽きるその時まで、できるだけいい思いをしたいし、ただ楽しいことだけを考えていたい。


 しかし思い悩むのを止められない。自分の命だけではない。


 この日も護送の籠の中から、馬に跨るナツヒをちらりと眺めては、思いを巡らせていた。


 一族が滅びてしまう。みんなみんな。ナツヒに話してしまいたくなる。

 なのに怖くて話せない。彼に逃げてと言ったところで、決してそうはしないだろう。みなと共に戦って死ぬ道を選ぶだろう。話したところで苦しませるだけだ、どうしようもない。


 それでも彼だけは死なせたくない。彼は元気が似合うから。

 いつでもどこでも飄々として、たまに調子に乗って、たまに自信過剰で、とにかく日の光の下で、好きなように生きていて欲しい。


「私が死んだ後も、いつまでも生きていて」


――――なんだろう、この気持ち。気持ちに名前なんて付かないだろうけど、これどういうのなんだろう。




 川のほとりで休憩中、本人が隣にいても、ひたすらその気持ちの正体を探っていた。

 ナツヒはユウナギが形容しがたい顔をして考え込んでいるので、旅の途中で腹でも壊したかと心配になる。


 その時ユウナギは思い至った。これはもしや母性というものでは、と。

 そうだ、自分の死後も細く長く生きて欲しいと願うそれは、きっと親の思いだ。


「あなたは私の息子なの……??」

「は? お前緊張しすぎて頭がどうかなったのか?」


 気持ちに名前を付けたところで、自分には何もできない。彼を守ろうにも、自分が守れる程の敵ならば、彼は自力で倒せるのだから。それが現実。自分にはただ祈るしかできない。


 いかに力のある巫女でも、人の生き死にはどうすることもできない。




 館敷地内の兵舎に着いた。護送兵とはいったん分かれることに。


「さぁいくか。去年の俺たちの補佐に」

「緊張する。うまくできるかな」

「“あそこ”まではうまくいくって分かってるじゃないか」

「まぁそうだけど。それにしても1年前の私たちにしてみたら、それが“補佐”のつもりか!?って言いたくなるよね」


 ユウナギは歯を見せて笑った。ナツヒも口角を上げて笑った。


 ふたりは1年間、あの時の情報をすり合わせて対策してきた。しかし抜けは多い。やはり緊張感は必要だ。


 屋敷の門兵が兵舎の前まで迎えに来た。王女の証書を見せ、これから敵陣へと進入する。



 応接室にふたりは通された。兵は門に戻ったようで、今度は侍女がやってくる。その侍女が持つのは例の金庫だ。そこに大事なものを入れて鍵を掛けるよう説明された。


 そこでナツヒが模造品である金印の箱を、侍女の前でこれみよがしに見せる。


「あの、そんなふうに見られていると、鍵をかけるのが不安なのですけど」

 ユウナギは王女らしく淑やかに言ってみせた。侍女は「すみません、扉の向こうでお待ちします」と慌てて出ていこうとした。


「あの―、川屋行きたいんですけど―」

 ナツヒのそれに侍女は、こちらですと慌てて示す。それから彼女はなんとなく彼についていったら、

「男の川屋に付いてくるんですか?」

と言われてしまったので、す、すみません~~と逃げていった。


 ユウナギにもあれくらいの奥ゆかしさがあればな、などと考えながらナツヒは、川屋へではなく屋敷門へと抜き足差し足するのだった。


 その間、ユウナギは金庫の奥にバネと木板を忍ばせ、それから花含有率の高いよもぎを虫と共に詰め込んでいた。

 金庫の鍵を掛けながら、あの時のことを思い出して苦笑いする。そして魔術師から買った薬を使い、扉の向こうに待機していた侍女を眠らせることに成功した。


 その侍女を室内に引きずり入れてひとまず待っていたら、気絶した門兵を担いでナツヒが戻ってきた。


「1階の空き部屋を軽く確認してきた。まずこのふたりを隠せる個室に行く」


 待ってましたとユウナギは気合を入れて、眠る侍女を持ち上げる。


「魔術師の薬があの帰り道以外で使えたの、初めてだな」

「これ便利ね。手術の時に使うのと似たような薬って聞いたけど、ナツヒはあの時使った?」

「使ってない。使わない方がいいと医師が」

「えっ……大丈夫かな」


 そしてナツヒの言う個室に入った。乱雑に物が置かれ棚も並ぶそこは、入口から奥が死角になっているのでちょうどいい。


 奥に置いた門兵と侍女の衣服を奪い、ふたりは着込んだ。

「ふたりとも全部脱がすぞ。お前は女脱がせ」

「え? どうして?」

「目を覚ましてからも時間稼ぎになるから」


 言いながら彼は門兵を裸にするので、ユウナギは慌てて顔を背ける。


 仕方なく、言われるまま侍女をすべて脱がすことに。その傍らで、ナツヒは気絶したふたりの手首を縄で繋いだ。

「えっと、これって、起きたら……」

「時間稼ぎになるから」

「!??」

 彼女には刺激の強い話だった。


 それからふたりはまた別の、やはり乱雑した個室の奥に、金庫や所持品を隠す。


「そろそろ俺たちがいないことに気付いた他の従者が、殿へ連絡に行ってる頃だな」

「じゃあ、私はナツヒに渡す食料を厨房で探したりするけど、拠点はここでいい?」

「ああ、俺は3階の倉庫に必要なものを運んだら、出番までここに隠れている。誰か入ってくるようなことがあれば金庫を守らなくてはいけないしな。お前もいくら侍女服だからって油断するなよ」

「私の演技力はかなりのものだよ。歌劇団に誘われてもおかしくないくらい」


 ナツヒが鼻で笑ったのを確認して、彼女はひとり室外へ出た。



**


 ユウナギは厨房にやって来た。

 鍋に食事が用意してある。しかし探すべきは川に飛び込む予定のナツヒに渡す食料なので、携帯できないといけない。


 その時、物色のためうろうろする彼女に、ひとりの侍女が後ろから不意に話しかけた。

「あら、あんた何してんの?」


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