第58話 女王におねだり

「私の父はこのむらの役人なの。1年前に上役が変わり失脚させられるというところを、地域ここに暮らす人々を裏切ることで自分の立場を守り通した。だから家族である私たちも目の敵にされている……」


 ユウナギには、上役が変わったことで失脚する、という点が引っ掛かった。この国でそんな物騒なことが起こるとは、中央でも聞いたことがない。


「それと同時に、父は上役から新しい妻をあてがわれた。私たちの母は3年前に亡くなっているので、実質新しい母になる人だと思ったのだけど、その人は最初から私たちを奴隷のように扱った」

「でもあなたは今、夫婦で暮らしているのでしょ」


「私はその後夫をもらい、彼と共に追い出されたの。正直ほっとしたわ。いちばん私に対するあたりがひどかったから。妹たちをおいていくのは不安だったけれど……。今度は人との関係で窮屈な思いをしている、それでもあそこにいるよりはマシ……」


 継母はそんなに酷い人なのか。特殊な環境で育ったユウナギにはあまり想像ができない。


「でも私だけ逃げて罰が当たったのね。先日、前に良くしてくれていた下男が、ツルナがいなくなったと報告に来たので、3人で探して、見つかった場所は……廃棄場だった」

「え?」

「生活ごみの山に埋もれていたの」

「なんでそんなことに……」

「分からない……」


 そして夜が明ける前に妹の身体を洗うため、川に来ていた。妹の居場所が露見したら連れ戻されるかもしれないので、今は隠しているということだった。


「これからどう暮らしていけばいいのか分からない。父には何も期待できない。家屋と衣服は持っていても、ただそれだけ……」


 ナズナは暗然とする。


「この頃は殊更に母を思い出すわ……母上に会いたい……どうして私たちをおいて、死んでしまったの……」


「母君は、病で?」


「そう。長く患っていたので突然失うよりは覚悟ができていたけれど、あの経験だけはきっと生涯でいちばん、苦しく哀しい出来事のひとつだと……」


「私も実母を亡くしているの。私が6つ……くらいの時かな」


 ナズナはユウナギを見つめて、言葉を口にしなかった。


「でも私の母は、家で待ってても、いつまでたっても帰ってこなくて、そのうち、もういないって聞かされて……。覚悟も何も……」

「ああ、ごめんなさい。私、無神経なことを」


「ううん。私の幼馴染もね、病で母君を亡くした時、一生懸命涙を堪えようとして……涙を我慢しすぎて鼻水が止まらなくて」

 そしてユウナギがずっと隣で、その鼻水を拭っていた。


「目の当たりにした方が苦しいのかもしれない。でも別れ方がどうであれ、恋しくて仕方ないよね」

「いくつになっても母は恋しいの。私の母なんて今わの際まで、母上母上と呼びかけていた。子を生んで自分が母親になっても、最後に求めるのは母なのね」


 ナズナは眠る妹の頬を優しく撫でながら、そう話した。





 その夜。ユウナギは、幼い頃の夢をみている。


 ユウナギは物心ついた頃、中央の片隅に建つ、女王付きの侍女が交代で暮らす屋敷にいた。そこでは勤務外の侍女と、ほとんどが子どもなのだが、その家族が共に過ごしていたのだった。

 ある日、いつもどおりユウナギは勤務に出る母を見送っていた。しかしその日の母はいつもと様子が違った。子ども心にそう感じた。


「そう、あの日、母上は私に何か言った。いつもはけっして言わない、そんな言葉を。でも、思い出せない……」


 夢の中の母は他の侍女に急かされ、今行くと返す。そして幼いユウナギにこうささやくのだ。


「幸せに……」


「「母上?」」


 幼いユウナギはよく聞き取れなかったが、不安に駆られたのは間違いない。



 ユウナギの夢の舞台は違うところへ移る。


 大勢の人がいる、しかしそこは中央ではない。広いその場に見慣れない大きな建造物があり、周りは森のようだ。そこに集う人々の表情は暗く哀しい。


「あれは、丞相じょうしょう? 隣は兄様? まだ少し子どもの兄様……。そこは何? 何をしているの?」


 人々は一様に祈りを捧げる。嗚咽をあげる者も多い。


「これは葬儀……? 誰の? この規模の葬儀は……」


 ユウナギが見渡すと、四角く深く掘られた大きな穴の中に、大勢の祈りを捧げる人々が佇んでいる。嗚咽を上げる者、時に叫ぶ者。そしてその中に、自分の母親を見つけたのだった。また更に気付く、その人々が納まっている穴へと、土を投げ入れる周囲の面々に。


「何を……。そんなことしたら……」


 人々はより強く祈りを捧げる。土はどんどん、どんどん被せられる。


「やめて!! 止めて!! 母上が……!! もうやめて!!」


 自分は見ているだけだ。止めるからだがない。力もない。





「埋めないで!!!!」

 叫びながらユウナギは目覚めた。


「ああ……」


 あの後、幼いユウナギは幼いながらに異様さを感じた。その屋敷で暮らす女性たちの多くが入れ替わったのだ。その頃、母はもう帰らないと告げられた。どこかで命を落としたのだと、やはり泣いて過ごした。


 そのような夢をみたので、それから3日間ほどユウナギは元気がなかった。そんな彼女をナズナは心配している。

 しかしユウナギは家事もきちんとこなし妹に薬も飲ませ続け、その妹がだいぶ平常に戻ってきたおかげか、家の中が少し明るくなった。




***


 ところで、今の中央はというと。

 ナツヒは東から帰ってきてすぐさま、父から言伝てがあると配下より聞く。彼はこの遠出の前、丞相じょうしょうである父親に女王への目通りを願い出ていたのだが、それが今から叶うようだ。



「女王、我が息子の無礼をお許しいただき、まことに有難うございます」

 ナツヒの隣に控えた丞相が、深々と頭を下げる。


「いいえ丞相。そなたの家族は私の家族も同然ですから。さて、ナツヒ。久しいですね。ずいぶんと成長し、逞しい男になりましたね」

「お目通り叶い、恐悦至極に存じます」

「ふふ。いいのですよ、そのようにかしこまらなくても。そういうのは苦手でしょう?」

「お恥ずかしい限りですが、おっしゃるとおりでございます」

 女王は彼を、何年も前のやんちゃな少年のままに見る。


「して、私に何を?」

「は、率直にお頼み申し上げます。あなた様より直々に賜りたいものがございます」


 それを聞いた丞相は目を大きく見開き、おののいた。彼の心の声を畏まらずに表現すると、「えっなにこの子は言ってるの? 女王になんかちょうだいって言ってるの??」という混乱ぶりである。


「まあ……」

「それは、あなた様の日頃より愛でておられる宝だと存じております。ですので、あなた様がいつの日か、お隠れになった後で差し支えございません」


 それを聞いた丞相は、驚きで空へも飛んでいきそうだ。「えっお隠れって言った? 死んだ後でいいからって言った? 無礼すぎじゃない? なにその偉そうなの!? 父はそんなふうに育てた覚えないない!」と心の声は非常にけたたましいが、恐れ多くてもはや顔の筋肉が硬直していた。息子を叱責する余裕もない。


 女王は、ふふふと笑った。

「私の宝……? そなたはいったい、何を欲しているのでしょう。ねぇ、ナツヒ。それは何ですか?」

「それは……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る