第七章 あなたに示してあげたい

第56話 想い人が出てくる夢っつったらそりゃあれだろ

 ナツヒが夢をみている。懐かしい夢だ。


「母上、何かいいことあったのか?」

「あら、ナツヒ、どうして?」

「だって嬉しそうだ」


 この夢は、ナツヒが7つの頃のこと。


「いいえ、困ってるのよ。あなたのお父上ってば……」


 それでも母は笑顔で、幸せそうに見える。


「話してはいけない秘密を、私にまで抱えさせるのだから」


 ナツヒにはよく分からないが、母が困っているというので手助けしたかった。


「じゃあ、抱えてるものは俺に渡せ!」

「そう? じゃあ、秘密よ? ……あのね」


 そのうちに目が覚めた。母の夢をみたのは久しぶりだった。





「おはよう! ナツヒ!」

 ナツヒが鍛錬場で弓を引いていたら、上機嫌のユウナギがやってきた。


「今日の矢さばきも光ってるわね。なにかご機嫌なことがあったのかしら? といっても朝だから、そうね、母君が夢に出てきたとか!」


 一方的に喋り続ける彼女に、ナツヒは苦虫を嚙み潰したような顔つきだ。


「あ、その顔は図星ね! なんで分かったか教えてあげよっか? 実は私の夢にも兄様が出てきて、いい気分仲間だから!」


 ナツヒはそそくさと帰り支度を始める。


「どんな夢だったか聞きたい? 聞きたい??」

「そんな猥談、朝っぱらから聞きたくない」

「わっ、猥談って言うなぁ――!」

 猥談じゃないもん……と独りち、ユウナギはそこを出ようとする彼を追いかけた。



「ねぇ、そろそろ魔術師のところに遊び……買い物に行きたいわ」

「まだ禁止令出てから半年たってないだろ」

「夢の中の兄様が行っていいって言ったから、行きましょう」


 そんな話をしながらナツヒに付いていったら、そこは彼の家の馬舎だった。

10頭近くの馬がそこにいる。ユウナギはその毛並みの良い馬たちに興奮気味だ。


「ねぇ、次の遠出は馬で行きたい。私、かなり乗れるようになったから!」

「すごく疲れるぞ。その割には馬車で行くより少し早く着くだけだ」

「退屈しなくて済むでしょ。ナツヒの馬はどの子?」


 ユウナギはきょろきょろと見渡す。


 そばの馬を撫でながらナツヒは教えた。

「俺は適当にみんな使うけど、こいつは兄上のだ。でも兄上はめったに外出ないからあまり使われない」

「そうなの? 兄様に乗ってもらえないの? 仲間だね……」

 馬に共感を求めるユウナギだった。


「じゃあこの子借りていこう。それにしても、自分の馬っていいな。特別に仲良くなれば、もっとうまく乗りこなせるよね」

「…………」

「どうしたのナツヒ? ねぇ、乗っていきたいよ」

「あ、ああ。自分で兄上から許可取ってこい」




 その足でユウナギはトバリの元へ行き、駄々をこねた。しかしやはり半年たたなくては駄目だと言われる。彼はこういう点で甘くない。


「じゃあそれは言うこと聞くから、馬に乗って行かせて」

 そういう順で要求を重ねられると、あれもこれもだめだと言いづらい。ユウナギも学習している。


「兄様の馬に乗っていく。あんなに健康そうなのに、ほったらかしにしているのでしょ。だいたいその半年っていうのも、私がナツヒとやましいことしてたって兄様が勘違いして有無を言わさず決めた、横暴な刑罰だと思うんですよ―。あれ、もしかして兄様、案外やきもち焼いてたりして―。私を受け入れる気はないくせに、他の人とくっついてたら目くじら立てちゃうんですかぁ―??」


 ユウナギは外にぺいっと放り出された。猫のように。


「ちょ、ちょっと、兄様、今の物言いはちょっと魔が差しました! あと少しはちゃんと我慢しますから、あの馬で行くことは許してください!」


 足早に戻ってきたユウナギに、彼は話題転換して問う。


「ユウナギ様、例の和議交渉でこちらの求めた港譲渡が、大王おおきみの認可を得られたようです。これで良かったのですよね?」

「ああ、うん……」


の国との国交回復の目途が立てば、港ももちろん貴重です。今であれば土地資源の方が、とも思いましたが、あなたの決定がすべてですから」

「私も何でだろうって思ったけど。それでいい。そもそも手に入るかどうかも……」


 和議交渉も最後の詰めといった時期だ。トバリは最後の書状を送ると言った。




 そういったわけでそれから半月後、ユウナギは馬に乗って出かけていった。


「で、今回は魔術師から何を買うんだ?」

「戦になることも踏まえて、兵士たちの心身に良い影響を与える薬とか、あの館でアヅミの負う傷害に対応する薬とか、他には……。いろいろ必要なものがあるよねこれから」


「アヅミに関しては、あの時の俺に弩弓いしゆみを撃たせなきゃいいんじゃね?」

「運命は変えられない、もう分かってるでしょ。私たちが未来で、この目で見たことは確実に起こること。私たちにできるのはそれを見て、未知の部分がより良い結果になるよう動くことだけ」

「そうだな。予言ってそういうものだしな」



 魔術師宅に着き。

 奥に通された途端、魔術師が

「幸せになる薬を開発改良した」

と豪語してきたので、ユウナギは

「買います! 買います!! 幸せになりたい!!」

と全財産、つまり手持ちの米全部出して即決だった。


 ナツヒは、いろいろ必要だと言っていたのは何だったんだ、と絶句した。


 魔術師は問う。

「時に、人にとっての幸せとは何だと思う?」

「うーん、家族円満、子孫繁栄かしら」

「まぁ、それももちろん大事なことだが」

 ちなみに、そこにいる3人が3人とも独り身である。


「俺はやはり、個人の幸せとは健康長寿だと思う」

「そうね。だけど今のところそれは当たり前だから、あまり実感はないわね」

「その若さならそうだろうな。しかし失って初めて気付くのだ、健康の有難さというものは」


 魔術師の幸せになれる薬とは、そこに重点を置いたものだという。


「心も身体も健やかでいられる薬、なんてあったらいいと思って作ってみたんだ」

「いいと思う!」

 ユウナギはうんうんと頷いている。


「なぁ、兵士に良い影響の薬は……」

 ナツヒはそれを聞いた時、ユウナギが兵たちを気にかけてくれるのかと少々嬉しかったのに。

「ああ、そうそう」

 ユウナギは魔術師に聞いてみた。


「戦いとかで緊張状態にある兵が安らげる薬ってないかしら? 私も緊張するの、これから敵陣に乗り込む任務があって」

「お前が緊張??」

「私だって緊張するよ、失敗したらどうしようって」

「敵陣? 任務?」


 当たり前だが魔術師は不思議がる。しかし元来おおらかでそれ以上は気にしない。前衛的な薬師である彼は、守秘義務も自らに課しているようだ。


「それなら、この幸せになる薬がちょうどいい。これは2種類あってな、ひとつが、徐々に幸せになる薬」


 彼はふたつの瓶を差し出した。片方が茶色の瓶、もう片方がこげ茶色の瓶だ。


「もうひとつは?」

「すぐに幸せになる薬」

「? すぐに効果のある方がいいんじゃ?」

「効果の強い薬ほど、副作用も強い。代償もあるということだ。だが兵士が戦場いくさばで使うというなら、強い薬の方だろうな」


 ユウナギは少し物怖じした。


「ともかく、用法を守って正しく使おう、薬は」


 そして魔術師からその使用法の説明を受け、また他にも薬の相談、注文をし、軽食の後そこを出た。


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