第51話 路上パフォーマンス、いっちゃう?

 彼女は面白くなさそうな顔で話し始めた。

 彼女の初恋の相手は、まだ小さかった歌劇団を支援してくれていた役人の息子だった。

 身分差を感じさせず仲良くしてくれた同年代の彼に、幼い彼女は淡い恋心を抱いたが、14ほどになって彼は同格の身分の女性を妻にする。


「ちょうどその頃、私も個人的にお客を取るようになりました。良家の女性と比べても、仕方ないことだとは分かっておりましたけど……」


 しばらくした頃、公演の客席の最前列にその夫妻はいた。彼の奥方が大事にされている様子を、舞台の上から見た。


「その夜も私は、どこの誰とも知れぬ人に買われていました。こんな思い出話ですわ」

「そうか」

「どうしてあなたが泣きそうなの」

 彼女は空しくなった。


「それでも幸せなひと時はありましたのよ。初恋の君はいつも、とても優しくしてくれたから」

「そうか」

 歌姫はそこで、つまらない話をただ穏やかに聞く彼のために鼻唄を唄った。彼女の言う、幸せなひと時を思わせる曲調だ。


「君の歌は、どうしてそんなに素晴らしいのかな」

 王は目を閉じて、その鼻唄を堪能する。


「さぁ、神からの贈り物だと思いますが……努力も一応してましてよ。でもたぶん、小さい頃から歌うのが大好きでした。母の奏でる楽器に合わせて」

「母君も良い歌姫だったのかい?」

「それほど覚えていません。幼い頃に亡くしました。まとまった記憶のある頃からひとりでこの団にいて……親から授けられた名すら覚えていませんわ」


 彼はうなずきながら彼女の頭を撫でた。

「こんな不幸話、つまらないですわよね」

 それにはゆっくり首を振る。


「私も家族を失ったんだ」

「まぁ。お亡くなりになったの?」

「そうだろうな……。でももしかしたら、まだどこかで生きているんじゃないかと、希望を捨てられないでいる」

「そう……。またお逢いできたらいいですわね……」

 そして彼女は眠たくなって、彼にもたれかかりすうっと寝てしまった。




 その頃ユウナギは空き家で一晩過ごし、夜が明けたら、歌劇団の拠点を通りで人に教わり出向いた。

 するとその辺からふらふらと出てきたのは、まだ夢心地にいる前王だった。

「王様!」

 大きく手を振りながら駆け寄る。


「昨晩は、ずいぶんと素敵な時間を過ごされたようですね?」

 ユウナギは放っておかれたことで、若干拗ねているようだ。


「ははは、ほんとうに夢のような一晩だったよ」


「それは良かったです。その思い出を胸に、今日から仕事に精を出してくださいね!」

「仕事?」

 彼女は安定した日々の食材入手の方法として、むら人の家の作業を手伝う、というので取引成功していた。旅も数回目なので慣れたものだ。


「王様には、足に負担がいかないような仕事をもらってきましたよ!」

 ユウナギは彼を引っ張り、近所の竹林に連れてきた。


「私が竹取の娘、で、王様はそこに腰かけて竹を更に割って細かくしたり細工したりしてくださいね」

「私が果たして役に立てるかは分からないが、努力してみよう」


 彼がそう言い終わる前に、ユウナギは精力的に斧を振りかぶって竹に打ち込んでいた。




「ああ、銅貨があったらなぁ……」

 仕事をしながら、王がつぶやいた。


「どうしたの王様。あなたは王なのだから、国では何でも手に入ったんじゃないですか?」

「あなたは王女だから、何でも手に入っているかい?」


「確かに贅沢な暮らしをさせてもらってると思います。明日も明後日も食べるものに困らない、着るものにも住むところにも困らない、そんな最高に贅沢な暮らしをしてる。でも、いちばん欲しいものは、きっと手に入らないわね」


 王はうんうんと頷く。

「そうだろう? 私もこんなに銅貨が欲しいと思ったのは初めてだよ」


「銅貨って、もしかして、またあの歌姫を買いたいとおっしゃるんじゃ……」

 ユウナギもさすがに呆れている。


「う、うむ。まぁそういうことだな。彼女を自由にしてあげたいのだよ。あんなに美しい歌を奏でるのに、鳥のように羽ばたけないなんて」


「それは一晩買ってどうにかなることですか?」 

「いや、そうではなくて、彼女のこれから稼ぐ分の銅貨を団に差し出して……」


 また無茶なことを言っている、とユウナギでもやはり呆れてしまう。

 しかし「それは無理だから諦めよう」というわけにはいかない。こんな老いらくの恋を、何もしないで風化させてしまうわけには。


「銅貨、稼ぎましょう!」

「え?」

「でも私、稼いだ経験ないの。どうしたら銅貨稼げるかしら?」


 そこで王は、願望を語り過ぎた、と今更になって気付いた。


「あ、いや、どうにもできないことを口にしてしまったな。国では王でも、今はただの旅人だ。どうか忘れておくれ」


「旅人でも稼げないことはない! そうだ、ここは歌劇団があるむらよ。芸が売り物になるむらってことだわ!」

 走り出したユウナギは、もう止められない。


「私、舞いに関してはけっこう自信があるのだけど。ちょっと見てもらえます?」


 仕事の手をいったん止めて、舞いの体勢に入る彼女。

 そこから広げられた腕や手先の美しさ。軽やかな足取り、すべての所作の優雅なこと。

 王は正直ここまでとは思わず、言葉をなくし、ただ見入っていた。


 それからふと、やはり音が欲しいのではないかと、彼女の拍子に合わせて口笛を吹いてみた。するとユウナギもその曲調に乗り、心から舞い跳ねるのだった。


 舞い終わりと共に、彼女はたったひとりの観客から拍手喝采を浴びる。


「いや、素晴らしいものを見せてもらった」

「ありがとうございます。女王仕込みですから」

 ユウナギも舞台の上でおすましする娘のように応えた。


「でも王様の口笛も素敵だったわ。そんな即興で、舞いの雰囲気に合わせて吹けるものなのね?」

「ああ、あなたが舞いが得意なように、私も笛にはなかなか心得があってね」

「へぇ! 聴いてみたい!」


 そうだなぁ……と、王が昔はよく笛を持ち歩いていたことを思い出した時、目に入ったのはここそこに散らばる竹だった。


「これで笛が作れそうだ!」

「おぉ?」



 ふたりで仕事の割り当て分を懸命にこなし、夕方から王は笛づくりに専念できた。それをユウナギは隣で興味深く見ていた。


「とりあえず簡単なものはできた」

 改良の余地はいくらでもあるが、と付け加える。

「わぁ、演奏してください」


 彼は故郷を思う調べをユウナギの前で吹いた。


 調べが綴られると、ユウナギは思わず涙を流す。故郷を離れたことのない若輩者だが、切ない思いに包まれたのだ。


 吹き終えた王は柔らかな表情でユウナギの顔を覗き込み、頭を撫でた。


「もう言葉にならないです。いつか帰りたいなって思うところを思い浮かべました。私は中央に生まれ、そこを離れたことないはずなのに……」

「あなたが生まれてくる前にいたところを、思っているのかもしれないね」


「これは他の人にも聴かせたい! それに、この演奏なら銅貨を出してでも聞きたいって思う人も絶対いるわ。だって私がそう思うんだもん」

「いや……でもねぇ……」

「王の座に就いたお人が、吟遊詩人のようなふるまいは嫌ですか?」

「いや、そんなことは」

 王の懸念はそこではないのだが、ユウナギには通じず。


「今日はもう暗いから、朝からまた考えましょ! 仕事もちゃんとやらなきゃいけませんしね」

 ふたりは空き家に帰り、やはり仕事疲れですぐ寝入った。



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