第36話 信じるよ
翌朝、3人は山を下り、そこからはトバリの采配で馬車とその順路を用意した。
4日間のひたすら退屈な車中旅になる。
ユウナギは車内でトバリにべったりくっついていた。
「よくもまぁ
呆れる医師。
「だってもうこの狭い車内にいる間だけだもの。中央に着いたら、ぱぱっと離れるわ」
ユウナギは医師のこれまでの人生について尋ねた。
彼女は海の向こうの大国の、更に西の方に生まれついた。
一族はみな医療従事者で、彼女の祖父はその頭領であった。彼女も物心ついた頃から家族を手伝い、そして従事するようになる。
一族の医術の評判はよく知れ渡り、その地域の民に重宝されていたのである。
あるとき、評判を聞いた諸侯が彼女の一族、とりわけ祖父や父に、とある命令を下した。それは下々の民の、命や尊厳を無下に扱うことと同意のものであった。
もちろん彼らは反抗し、ついには捕らえられてしまう。一族の女性たちはその地から逃れることを余儀なくされた。
彼女は家族と、
「その過去から、どうしても身分の高い者を疎んでしまう。すべてが私の父や祖父を捕らえた、非道な者と同じであるわけないのに。悪かったな」
彼女はその医術に重きを置いてないというようなことを言ってはいたが、
その車内でユウナギは、もっと医師の故郷の話を聞きたがった。
1日目泊まる
このまま残り3日の移動を経て中央に帰ると、ふたりには2日間の不在期間ができてしまう。
今出た
「ああ良かった。ナツヒの不安な時が、少しでも短くなればと思ってたから」
「そうですね。しかし
「それは信じる。師を信じるわ。……あ!」
ユウナギは声を上げた。
「そうだ、ナツヒは、1年後のナツヒは、ちゃんと歩いてた。兵士として……というのは見ていないけど、きっと大丈夫!」
「それは予言ですか?」
「そう。これは確実。信じていいよ。あ―、もう私ってば、未来を視てきたじゃないの。慌ててて完全に抜け落ちてた」
そう言って脱力する。いつものことだが。
「ナツヒも知ってるから大丈夫かな。でも動けなくて焦りはあるだろうし、すごく不自由だし……。一刻も早く
そして馬車は中央に着いた。
医師がすぐに診察をし、3日後に手術をすると宣言した。そのあいだ
手術前夜、ユウナギが式堂で祈りを捧げているのをトバリは見つける。
「帰ってから一度も、ナツヒと顔を合わせていないらしいですね」
「それは、また面会謝絶なんて言われたら、いくら私でも傷付くから」
「それだけですか?」
昨晩、ユウナギは医師から言われた。
医師はそこに患者がいれば治療を施さないわけにはいかない。しかし手術を受けるか否かは本人の選択だ。そして医術は確実ではないことも。
「私はナツヒが歩けるようになると知ってる、ナツヒだって知ってる。でも今、彼には手術を受けるか受けないか、ふたつの選択肢がある。手術が失敗する可能性。何もしない方が案外良い結果になる可能性。それらがないわけではない上で、ナツヒ自身が選択する」
ひたむきなまなざしで御神体を見つめていたユウナギが、穏やかな微笑みを見せた。
「だから私はそれまで、顔も口も出さない方がいいかなって」
トバリは、彼はきっと手術を受けるだろう、と思ったが口にはしない。
ふたりはそこでしばらく祈りを捧げ続けるのだった。
翌朝準備が整い、医師はナツヒの前に立ち、伝える。
「私は私の腕にそれなりの自信がある。しかしこれまでも話したが、必ず成功する手術などない。私の予測では、この手術を百人が受けたら1人は死ぬ。そして9人は治らず変わらず。つまり10人に1人は失敗に終わるということだ」
床から離れられず、ここずっと憔悴して過ごしていたナツヒは、静かにそれを聞いていた。
「成功を信じて、激痛に耐えるか? それとも引き返すか。これが最後の確認だ」
しばらくの沈黙の後、彼は医師の目をまっすぐに見て言い放つ。
「
「いかにも」
「お願いします。どんな痛みにも耐えるし、たとえ死んでも化けて出たりはしないよ」
その夕方、医師は中央の片隅で散歩をしていた。中央は南の
そこに彼女を探して走り回っていたユウナギが、全速力で跳び込んできた。
「今、聞いて、きました。手術が、うまく、いったって」
息せき切らし、なんとか話す。
「これでナツヒは、また歩けるのね。歩くだけじゃなくて、走り回って、跳び回って、今までどおり仕事ができるのね!」
嬉しくて今にも泣き出しそうなユウナギに、医師は釘を刺す。
「いや、まだこれからだ。しばらく私の指示を漏らすことなく聞き、回復に努めてこそだ。本人のこれからの努力にかかっている」
ユウナギは膝をついて、頭を下げた。
「ありがとうございます! 本当に、本当に、ありがとうございます!!」
慌てて医師も膝をつき、そんな彼女の両肩を持ち上げて言う。
「頭をお上げください、ユウナギ様」
するとユウナギの目には涙が浮かんでいた。
「あなたはこの国の王女だったのですね。知らなかったとはいえ、数々の無礼を……。どうかお許しいただきたい」
言いながら医師も深々と頭を下げた。
「そんなふうに改めないで。それでは私の中の
「?」
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