第28話 一夜語り合えば我らマブダチ(※一方通行

弩弓いしゆみとその矢。気になるかしら?」


 続けて説明してくれるようだ。壁に弓と、その矢が一本飾られている。


の国の書でよく出てきた、兵士の主力武器でしょう? 実物を見たことはなかった」

 ユウナギは興味深く眺め、優しくなぞる。


「かつて3人の強力な戦士がこの館を家族と建てた、と話したわよね」


 アヅミの話は、また近隣の者から聞いた逸話だ。


 この館には3人の屈強な戦士の、いつも共にあったという武器がのこされている。


 彼らはこの地に着いてから他者と争うことなく、終わりの時まで静穏に過ごしていたようだ。


 しかし実際その心はどうであったのか。また3人の持つ武器は、更なる戦いを求めていたのだろうか。


「戦士の死後、武器に闘魂を求める霊が宿り、それを扱う者の、持ち得るすべての力を引き出してくれる。そう伝えられている」


「そんな素晴らしい武器が?」


「ただしそれにはもちろん代償が……。殺意をもって他者を攻めた者は、心身をむしばまれ不幸の底に陥る、と」


「不幸? 死ぬ……とか?」

 ユウナギは完全に信じ込んで、真っ青になった。


「さぁ? 真かどうかも。今はただの古美術品として、3室に分けて飾っているだけだし。持ち運びするくらいなら問題ないんですって」


 ここでふと、ユウナギの脳裏をかすめる、ある一場面が。


「あれっ、ちょっと待って。その武器のひとつに鎌ってあるよね?」

「ええ、それは向こうの室に飾ってあ」

 ユウナギは彼女の言葉を遮る。

「あなたのあるじ、昼間振り回してたよね!?」


 ふたりで一瞬止まった。


「あっ。そうね」

「そうねじゃないでしょ、蝕まれて死ぬよ!?」


 本気で心配していそうなユウナギを横目に、アヅミは大きな溜め息をつく。


「本当に浅はかな人よね。まぁ、信心なければただの鎌だもの。私もそれほど信じちゃいないわ」


 しかしユウナギは、あの鎌から禍々しい何かを感じた。説明はできないものだが。


「……ねぇ、私に付いてこられないのは、やっぱりあの男のそばを離れられない? それとも私が信用できない?」


 その問いに、アヅミはか細い声でこぼす。


「こんな脚になったのを良いことに、主はもう、奴隷の女と同様に私を廃棄するわ。もう飽きられているの。私の努力やその結果の奏功なんて、彼にとって大した価値はなかった」


「そこまで分かってるなら!」


「でも国の地は踏めない……任務を怠ったばかりか裏切った間者なんて、生きる道理はない。私の命はもう詰んでいる」


 ユウナギには彼女が泣いているように見えた。


「でもどうせ死ぬなら、一時でも長く、好きになった人のそばにいる方を選ぶ。だから私はここを動かない」

「……そう……」


 ユウナギは立ち上がる。

「ならもういいわ。説得できそうにないし、もう行くね」


 寂し気な目でアヅミを見る。しかし暗がりで互いによくは見えない。きっと彼女も同じ表情かおなのだろう。


「いろいろ話してくれてありがとう。楽しかった。もう会うことはなさそうね」

「屋敷から抜け出せそう?」


「夜明け前に、兵舎まで逃げればいいんでしょ。護衛兵同士の喧嘩は大目に見てよね。まぁ、どうせこれからいくさになるのかな。交渉決裂だし」


 ユウナギは扉を開け、室外へ出る。


「じゃあね」

 振り返り最後の一言を向けた後、扉を閉めた。




 そして殿を出てすぐに、心の中で叫ぶ。「あ――引き過ぎちゃったかな――!」と。


 とはいえ押そうが引こうが、今は説得できないのに変わりない。これからやるべきことの方向も、会話を経て定まった気がしたので、これは前向きな撤退だった。



 

 西側の川辺に戻ると、ナツヒが大の字になって寝ていた。

 ユウナギは彼の頭の向こうに自分の頭が来るよう寝転び、そのまま眠りについた。




 夜明け前、目覚めたナツヒの目に入ってきたのは、大の字で熟睡するユウナギであった。

 はぁぁ??と呆れながら、手前にあるその額をバシっとはたいた。


「ん~~、なによもう~~あと1刻~~」

と寝ぼけて物言い、また寝に入るので、彼は5発連続ではたいてみた。


「っいた! った! った!」

「お前なんでここにいるんだよ!」

「もうなにするの――……。まだ眠いのに……」


 ようやく起きた。起こされたユウナギはどうして戻ってこれたのか、説明をする。


「というわけで、普通に扉からお邪魔すれば良かったみたい」

 ナツヒは脱力する。


「夜明けまでまだ1刻はあるでしょ……寝させて……」

 そのまま倒れ込み、ユウナギは有無を言わさず二度寝した。




 さて、夜が明けた。

「で、塩梅はどうだった?」

「うん、やっぱり説得は無理だった」


 それなら、とナツヒは帰る努力をする方向で動き出す。


「あ、待って。だからもう、力づくで連れ帰るしかないなって」

「なんでそうなるんだ! 本人が嫌だと言ってるんだからほっとけ!」


 ユウナギはやはり、味方であるはずの彼女を、わざと傷付け人質としたあの男を許せないこと、一刻も早く卑劣な男から彼女を引き離したいことを、切々と訴えた。


「彼女はもう先を諦めている。どうせ死ぬなら男の元でと言っていたけれど、そんなこと聞いたら私としては、望みどおりになんてさせないわ。国で刑に処しましょう。それが、川に突き落とされた私の意趣返しよ」


 どうせ死なれるなら僅かでも逃がせる可能性のある方を、だろ。それで失敗して落胆するまでがいつものやつ。と、彼は面倒くささを思ったが、反発しても仕方のないことだ。


「じゃあ、あれをぼっこぼこの再起不能にして、その隙にアヅミを拉致するでいいな?」

「あなた武器ないでしょう? あの男は伝説の武器を手にしてる。近寄れないよ」


 しかもふたりとも丸1日なにも食べていないので、体力に自信がもてない。


「まぁ武器は欲しいな、屋敷の中に警備兵の鉾でも一本、転がってねえかな」

「あの道具倉庫に棒があるくらい……」


「ん。伝説の武器? なんだそれ」

と、脳内巻き戻ったナツヒが聞いたと同時に、ユウナギが声を張り上げた。


「あ、あった! 使い手を待ってる武器が……」

「ん?」


「でも私、使ったことない……使い方分からない……」

「何の武器だ?」


弩弓いしゆみ!!」


 ナツヒも同じく使ったことがない。しかし弓があるなら遠距離から戦える。


「やってみる価値はある。それどこにあるんだ?」


 ユウナギは、アヅミのいる書斎に、と話す。


 そして自分が囮になって男を殿に引き付けるから、書斎に潜み、そこから彼の脚を撃ってほしいと。


 しかしナツヒにとっては、ユウナギを囮にするのも不服だ。


 あくまで引き付けるだけ、戦わないと約束するなら、と、ひとまず彼女の策を聞くことにした。

 それはこうだ。


 まずナツヒが綱を使って窓から侵入する。そこにいるアヅミは何としてでも黙らせる。

 ナツヒの準備が整うまでに、ユウナギが男をできるだけ応接間の中央に寄せる。


「書斎から、というのは?」

「書斎の扉を開けずに不意打ちする。脚を撃って動けなくなったら捕らえる。そしたらアヅミも諦めるでしょ」


 あいつの片足は確実に再起不能にして、と付け加えた。


「開けずに?」

「扉の上が格子窓になってる。その隙間から……。斜めになんとか」

「扉の上高すぎるだろ」


「そこに使えそうなものがあった。確か、名前は……か……く? ……こ? こたつ?」


 彼女は次々に文明の品を見せつけられ、名称まで記憶中枢に及ばなかった。


「こたつっていう梯子があるの。2つの梯子が支え合ってて、そこに乗って高いところで活動ができる」


 ナツヒは想像が追いつかないが、とりあえず使ってみるとした。


「あっ!」

「今度はなんだ」

「やっぱりダメだわ……」


 なぜと問うナツヒ。


 ユウナギは、その武器が力を引き出してくれる最強の武器であるのと同時に、使用者を不幸にする呪いのそれであることを話した。


「そんなの信じてるのか? 現にあいつは使っていたじゃないか」

「殺意を持って使った場合、って話だったから、あの時はどうだろう。死闘はしてない」


「そういえばあいつ、あのとき様子がおかしかったが、まさかそのせいで?」

「それはどうだろう。呪いってあんな騒々しいもの? よく分からない」


 ユウナギも思い返してみた。あれの出だしはよもぎが散らばった折りか、と一応思い出したが、ナツヒは話を進める。


「とにかく、俺は力を引き出すという利点は信じるが、呪いは信じない。こっちは任せろ。でもお前が危なくなったら、中断だからな」

「うん……」


 ふたりは準備に入った。綱を用意してナツヒは窓からの侵入を試みる。


 ユウナギは倉庫から持ち出した棒をまた護身用に、殿への扉を開けた。

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