第12話 犯人を追い詰めろ!

 ふたりはその荷車の持ち主を調べ、むらに戻った。


 男にはふしぎな薬のことは伏せ、いろいろと調査した結果、怪しい人物が挙がったと話した。


 今は疑いの域を出ないし、本日はもう日が落ちている。明日その邑に出向き詰問し、返ってくる反応を見てみよう、と持ちかけた。




 翌日の夕刻。


 急ぎ足で被疑者のところに出向く3人。その前にユウナギは、例の荷車の後輪を拝借してきた。使用中でなくて良かったと思いながら、背台に隠す。



 邑の倉庫にくだんの者はいた。


 男は顔を赤くして、ふたりの示したその人物を問い詰める。すると疑われた者は、うわずる声で自分ではないと言い、逃げようとするのだった。

 傍観していたナツヒは、よくこんなあからさまな態度をとれるなと絶句する。


 とうとう、男は被疑者に掴みかかった。


「お前なんだな!! ふたりを死なせたのは……殺してやる!! お前を殺して僕も死ぬっ」


 ユウナギは隣のナツヒにさっと振り向いて、彼はうなずき、拳を振り上げた男の急所にまたもや一撃を入れる。

 そして倒れた彼を抱え、隣の民家に置かせてもらってくると走っていった。


 残された男は「なんて奴だ、違うと言ってるのに」と、そのまま逃げようとする。


「待ちなさい」


 ユウナギがここで、怒気を込めた声で男を止めた。


「本当に俺じゃない。証拠はあるのか、俺だっていう証拠は」


 男は薄ら笑いを浮かべている。不安の表れとみえる。


「……私は神託を授かる、巫女の血を継ぐ者です」


「は? なにを……」


 彼の横を通り過ぎ、こう続ける。


「私は神に尋ねました。神はどんな些細な罪でも、見逃しはしません」


 そしてまっすぐ歩みを進め、入口の外に置いておいた車輪に残り少ない薬を全部振りまいた。



 外はちょうど日が落ちて真っ暗だ。


 車輪を手にし、入口にたたずむ少女の輪郭を、男は見た。


「この輪の主が卑怯な殺人者だと、神は告げています」


 暗闇で弧を描きながら青白く輝く光と、神の化身である少女。


 犯人はおののきうなだれ、

「わざとじゃない……わざとじゃないんだ……」

と力なく伏した。


「なぜか……急に馬が暴れだし、止められなかった……自分が振り落とされないよう必死で……むらに着く頃ようやく収まったんだが……真っ暗で戻ることもできず……」


 その時ナツヒが急いで戻ってきた。ユウナギが無事で安心する。


「なんですぐ打ち明けなかったの?」


「正直に言ったところで許されるものでもないだろう……。俺自身が罰を受けるだけなら構わんが、俺には親も妻子もいる。邑の者から家族全員、石を投げられる暮らしが待っている。そうしてむらから追い出され……。これからどう生きていけっていうんだ!」


「わざとじゃないんでしょ? 仕方のない事故だったんでしょ?」


「誰がそんな事情を汲むものか! 関係のない奴らほど、それで納得しないものなんだよ!」


 そこでナツヒが口を挟む。


「とにかくお前は朝一で役場に出頭しろ。故意でなくても人を死なせ、それを隠してたんだ。相応の罰を受けなきゃな」


 自白はしているし、これ以上追い詰める必要はないとユウナギは判断し、そこを出た。民家に顔を出すと、男はもちろんノビたままなので、ふたりは持ち小屋を借りた。



「こんな固いところで寝られるか?」

「最近でかなり慣れたし、平気。でもちょっと寒い……」


 ナツヒは「仕方ねえな」と、壁にもたれる彼女の隣に座り、自分らに織物を掛けた。


「仕方ねえって、ナツヒも暖かくなっておあいこでしょ?」

「俺は鍛えてあるから寒くねえもん」

「私だって鍛えてあるけど、寒いものは寒いわ」


 互いに憎まれ口を叩きながら、緊張が解れたのか、ユウナギは彼の肩に頭を寄せ、すぐさま眠りについた。


「お疲れさん」


 彼も十分疲れていたのだが、なぜかなかなか寝付けなかった。




 翌朝、ふたりは起きてすぐに民家を尋ねた。


 ちょうど男も目覚めた頃で、その家の主が朝餉あさげを出し、事情を聞いてきたのだった。

 そこでこの集落の馬車の男が、という話になる。

「ああ、あの人?」


 民家の者は近所同士なのでよく知っている。

「あの事故の犯人ってよく分かったね? で、本当に彼なの?」

 近所だからというのもあるが、ずいぶん好奇心旺盛な反応をされた。食事をもらっているので無下にもできず。


「実は私、まじない師なの。ただの旅人じゃなくて」


 男はそれは知らなかったと目を丸くした。


「昨夜カマかけてやろってくらいの気持ちで、神が私に啓示をくださったって言ったら、後ろめたいことがあるからね、あっさり自白したわ」


 ナツヒは隣で、けっこう苦しい物言いだなーという顔をしている。


 そこで民家の主は、こんなことを言い出した。


「そうだね。お嬢さん、女王にお顔が似ているから、犯人も驚いただろう」


 ふたりを巡る空気が、急速に張り詰める。


「似てる? というか、女王の顔を知っているの?」


 屋主と男はふたりの表情が固くなったのを感じ、顔を見合わせた。


「旅に出ていて、女王即位記念の行列とはすれ違わなかったのかね?」


「即位? 行列?」


「新たな女王がすべてのむらを周遊されて、披露目の式も幾度か開かれるのよ。つい先日ここらにいらっしゃったばかりで、今はどちらを周られてるんだろうね」


「新たな女王ってなに!?」


 ユウナギが声を張り上げた。事情を知らぬ者にはますます不可解な雰囲気である。


「新女王は確か……ユウナギ様とおっしゃったか……?」


 男はうろ覚えの様子だ。


「……なら、その前の女王は?」


二月ふたつき前に亡くなられたようだよ」


「!!」

 衝撃を受けるユウナギの肩を、ナツヒは支えようとした。


「僕も女王のお顔は遠くから眺めただけだけど、確かに似ているな……たたずまいも」


 そこに邑人むらびとがひとり訪れた。例の馬車の男が姿をくらまして家族が捜している、見てないか、と問うのだ。


「!?」

 それを聞いた男は血相変えて飛び出した。


 邑人が言うには、その失踪した男は昨夜家に帰ったら様子がいつもと違い、家族は今とても心配しているようだ。


 私も探しに行く、と出ていこうとしたユウナギをナツヒはいったん引き止め、自分は中央から派遣されている役人や兵士のいる役場に出向くと話した。


「できるだけ早く合流するから、この集落からは絶対出るな」

「う、うん」


 そういうわけで最初は、民家の者らと近辺の倉庫などを捜していた。


 しかし一向に見つからず、ユウナギは集落の隅から、そこの林の入口へと足を進めていった。




***


「ユウナギ!」

 林の中をぐるぐる周っていた頃、ナツヒが険しい顔で追ってきた。


 遠くへ行くなと言っておいたのに、だんだん離れていったことに怒っている。大人しく集落で待ってるはずがない、と分かっているだろうに。


「で?」

「ああ、役人に聞いてきた」

「何を?」


「ここは俺たちの住む時から1年と11か月後だ」


「え? ……どういうこと?」


 ナツヒは自身の行動を説明する。


 役人なら海の向こうの大国から伝わった、為政者間で使われている暦を知っている。だから彼は日付を聞いてきた。


「その役人、数か月前に会った奴なんだけど、俺に少し縮んだかって言ったんだ」


 そこまで聞いて、眩暈めまいを覚えるユウナギ。


 神隠しはところだけでなく、時さえも超えるのか。


「……だとしたら1年と9か月後に、御母様は亡くなってしまう!?」


「あっ、そこまで確認してこなかった……。まだ事実とは限らない、お前の即位は確かだとしても……」


 居ても立ってもいられず、林から出ようとした時だ、ユウナギは異変を感じる。


「ナツヒ……また、あれが……」

「ん?」


「あの時の感じ……吸い込まれそう……」

「まさか、戻るのか!?」


「いや! まだ戻りたくない!!」


 そう彼女はナツヒに突如しがみつくが、ふたりは時の流れにさらわれて、その場から消え去った。

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