第9話 レッツ・大冒険!(小旅行)

 ユウナギは早速緊張してきたのか、ぐっと息を飲み込んだ。6日間王女の不在をごまかす彼の心労はいかばかりか。


「行商人のむらまで馬車で2日かかります、現地ではそう余裕もない。目当ての人物と必ず会えるとも限らない。いいですね」


 そして途中の邑では親族のところで一泊できるよう、すぐ通知すると話した。


「もう一度、いちばん大事なことです。あなたに万一のことがあれば、ここ中央は混乱に陥る。私はもちろん、ナツヒも責任を問われます。どういうことになるか想像できますね」


「…………」


 一瞬言葉を失ったが、真剣な顔で頷くユウナギであった。


 何かあったら自分ではなく、自分の大切な人の責になってしまう。その不安は帰宅するまで付きまとうのだろう。


 しかし、初めて外の世界に出られるのだ。


 ユウナギははやる心を抑えきれずにいた。




**


「はぁ……」

 中央を出てからそれほどたってはいないが、もう飽きたのか、自分の馬で飛ばしたい……とフテくされ馬車に揺られる護衛兵・ナツヒ。車酔いで心が折れそうなユウナギの隣にて、無言を貫いている。彼女だって話しかけてほしくはないだろう。


 中間のむらで一泊、翌朝も早くに出発し、やはり無言のまま目的のむらに着いた頃は夕暮れ時。


 急いでくだんの商人を探したら、運良く知る人に案内してもらえた。そして無事商人と対面し、彼宅に泊まらせてもらうことに。


 夜、魔術師について聞いてみた。どのような人物なのか。


「ああ、もともと彼はこの集落で、薬師として暮らしていたのだけどね」


 どうやら、製薬や実験の際に爆発が起きたり異臭を放ったりすることがあり、気味悪がる者も現れ、そうした住民との折り合いがつかなくなった。

 ゆえにもう何年も山に籠って自適の暮らしぶりというわけだ。


「懇意にしているから庇うのもあるけど。本人はいたって気のいい真面目な男だよ。悪意のない訪問者を無下に扱うことはしないだろう」


 こう聞いたユウナギは安堵した。


 2日の時を窮屈な移動だけで費やしたので、山道を歩くのを楽しみに、眠りについた。



 朝、山のふもとで商人に礼を言い別れてから、荷台がやっと通るくらいの道を歩き早5刻。


 山奥に建つにしては立派な竪穴建物が、進行方向の先に見えた。走って近寄ると、その家屋の奥には倉庫とみられる小屋が2軒ある。


「きっとここだ、魔術師の居場所は……」


 ユウナギは息を吸い込み、できる限りの大声を上げた。


「すいませ――ん。誰かいますか――?」


「ほ――い。誰かいま――す」


「おおっ。声が返ってきた!」

「おい」

 うきうきして前に出ていくユウナギを、ナツヒはさっと自分の後ろに回す。


「「!」」


 戸からのそっと出てきた男。それは、ずいぶんと背の高い、驚くべき容貌の者だった。


 なんと形容すればいいのだろう。ひとたび鬼かと思ったが、恐ろしい印象ではない。非常に彫りの深い目鼻立ちだ。

 目の色も、それは灰色だろうか、黄だろうか。明らかにこの国で生まれた民とは違う彼の面構えに、ふたりそろって面食らう。


「何か用か?」

 その風貌に釘付けになっていたユウナギは我に返った。


「あ、あの、ふもとで商人から聞いて来ました……私は“ナギ”と言います。こっちはお供のナツヒ」

 名前をそのまま明かすなとトバリに言われてきたので、単純に略した。


「ふしぎな……珍しい薬があるって聞いて。譲っていただけないかしら」


「とりあえず、こちらへどうぞ。山道でくたびれただろう?」


 商人のことを話したおかげか、特に警戒されず中に招かれた。


 中は衝立ついたてで仕切られていて、手前側を居住空間にしているようだ。庶民の家は通常、多目的の一室なのだが。


 うながされ、わらのむしろにふたりは座った。

 そして近くの川で釣れるという魚数匹でもてなされる。めったにない訪問者のおかげで男は機嫌が良いようだ。


 緊張を自覚しているユウナギは、先によもやま話をしようと思った。


「衝立の向こうには何があるの?」

「薬品や材料の棚がところ狭しと置かれている」

 見てみたいけど親しくなってからじゃないと言えないな、と好奇心を引っ込める。


「以前は平地で暮らしていたと聞いたのだけど」

 少々遠慮のないユウナギはこう尋ねた。

「ここに追いやられたことを、根に持っていたりはしない?」

「山間の暮らしが気に入っているのでそれはないな」

 口調や物腰から、見た目の印象より穏やかな男だとナツヒも感じた。


 そのあたりで口火を切ったのは男の方だった。


「欲しい物があってここに来たのだろう?」


 ユウナギの、ああそうだった忘れてた、という心の声を、ナツヒは聞き洩らさない。


「ええっと、振りかけると黄泉の国への道を示してくれる薬があるって……」


 逆にナツヒの、なんだそりゃ聞いてねえぞ、という小さなつぶやきは、彼女にまったく届かずだ。


 実際彼は何も詳しいことを聞かされず、兄の急なめいで旅の護衛をさせられている。

 この旅の目的を馬車に揺られながら聞こうと思っていたら、この王女様は車酔いで何も話せなかったのである。


 ところで製作者であるはずの男もやはり、なんだそりゃ、な話だ。

 

「あれ、違ったかな? 霊魂を黄泉の国に送り届ける薬……とかそんなの?」

「そんなものが作れるなら方法を知りたい」

 呆れるどころか、とても真剣な表情の彼だった。


「うーん……もう1回、商人の彼にちゃんと話を聞いてくるんだったわ」

「あいつが何か?」

「あなたの失敗作を捨てるよう頼まれて……」


「ああ、あれのことか。……なくはないが」

「それ、よければ私にも譲って。多くはないけど、銅貨なら出すわ」


 そう言いながら懐から袋を取り出す。それを見たナツヒは、あえて何も言わなかった。


「田舎では役所の人間でもない限り、銅貨なんて使わない。持っていても無用の長物だよ」

「あ……」


 世間知らずを指摘されたようで、ユウナギは落ち込んだ。


「どうせ処分するものだから別にいい。次があったらふもとからあわでも持ってきてくれ」

 そう言いながら、彼はふたりを外へとうながす。

「確か倉庫に残っているはずだ。来い」




 住居横の倉庫に入った。

 薬と思われる多くのものが硝子がらすの瓶に詰められている。この国で硝子はかなりの希少品なのだが。


 男は腰を下ろし、かめのふたを開けて確かめた。

「2瓶残っている」


 それは硝子ではなく大きな陶器に入っていた。


「先ほど死者をあの世へ送る薬が作れたら、と言ったが……そうだな。これは生者を送ってしまえる薬だ」

「え?」


「つまり、飲んだら死ぬ」

「毒なの……?」

「毒を作っているつもりはないが、失敗作は得てしてそういうものだ。本当に死ぬかどうかは、試してないから分からん」


 おいおい危ない薬じゃねえか、とナツヒは思ったが、ここでも口出しせずにおいた。


「渡すからには好きに使ってくれて構わないが、ちゃんと言っておいたからな」

「はい……」


 ふたりは背台に甕を乗せ、魔術師の家をあとにした。




 帰り道の山中。

 思っていたより順調に事が運び、ユウナギは指定された門限より1日早く帰れそうだと安堵する。


「こんな怪しげな薬どうするつもりだ?」

「確かきらきら光るという話だったから、戻ったらとりあえず、墓石にでもかけてみようかな」

「光る? ご先祖に叱られないか?」

「怒らなそうな人を選んで……。じゃあコツバメの墓で」


 その時、ユウナギは何かを聴いた。


「どうした?」

 空を仰いできょろきょろと見回すユウナギを、ナツヒが怪訝な顔で見る。


「こっちかな……」

「?」


 藪をかき分け道から外れゆく彼女を、ナツヒは不審に思い止めようとする。


 が、まるで何かに憑りつかれたような彼女は何を言われても上の空。

 ふたり、どんどん草木のなか進みゆく。


「どうしたんだよ? 道に戻ろう、このままじゃ本当に帰れなくなる……」


 その時、ユウナギは自らに異変を感じた。


 冷たい風にさらされている心地がして、両腕で自分の肩を掴み、背を丸くした。


「ナツヒ……なんか私、吸い込まれそう……」

「吸い?」

「手を握って」


 そう言って震える手を差し伸べた。


「手?」

 訳が分からないナツヒは、言われるままその両手を握る。


「だめ……だんだん強くなる……!!」


 その訴えと同時に、ユウナギはナツヒの手を振りほどき彼に飛びついた。


 そして心の中で、こう叫んでいた。



 ――――――私、飛んでっちゃう!!!

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