第30話 The Lonely Goatherd

フランツ「起きて、マリア…愛しい我が烏瓜の君」

「主賓が到着したようだよ」


マリア「あら、私とした事がはしたない」


フランツ「もう少しの辛抱だよ」

「間もなく花が開く…」

「夜に開くなんて本当に君にお似合いの花だね」


マリア「うふふ、そうかしらね」

「お気を付けてフランツ様」


フランツ「あぁ、客人に粗相の無いようにしっかりとお持て成ししてくるよ」

「我が愛しの君を頼むよ馬酔木の君」


リリー「お任せ下さいませ」



フランツ「では王国の二輪花よ、暫しご機嫌よう」




ーーー



エイダ「やっと着いたな」

「ったくクソ長い廊下だぜ」


ジジ「怯懦きょうだという感情は持ち合わせてないのですか…」


エイダ「馬鹿で悪かったな」


ジジ「いえ、その諧謔かいぎゃくさが今では頼もしく感じますよ」


エイダ「…馬鹿で悪かったな」



ロベルト「…お喋りはそこまでだ」

「…行くぞ」


王国の象徴。その中心部は、聖域というに相応しい荘厳さを今尚保っている。

しかし次代に継ぐべき王族は絶え、役目を果たせなくなった戴冠の間はどこか悄然とした空気を湛えている様に感じる。

それがとうに日が暮れ、陽光の差し込まぬ、鈍色にくすむ窓枠のステンドグラスによるものなのか。

それとも眼前に立つ最後の王位継承者であった彼の発する負のエントロピーの為せるものなのか。

畢竟ひっきょうの時を見守る聴衆は、最早壁面の彫像のみであった。




フランツ「やぁ皆さん、余興はお楽しみ頂け…」


ロベルト「フラアアアアンツ!!!」


燻べた火山の突如目覚める火口かこうの様な。照準を定め今まさに放たれるマスケット銃の燻べた火口ほくちの様な。

口上を待たずに飛び出した鈍色は、凄まじい剣戟とは裏腹にいとも容易く受け止められた。


ロベルト「がああああああ!!!」



軽やかに身を引くと旧友は続ける。

フランツ「やれやれ」

「人の話は最後まで聞くものだよ?」



クレメンス「あー」

「感動の再会のお邪魔して申し訳ないんやけど、ちょっとええかな?」


フランツ「おや、守人殿」

「ご無沙汰しております」

「如何なさいましたか?」


クレメンス「いやな」

「ここの世界樹には守人がおったはずやねんけど」

「君、知っとるかなぁ思って」

「『小さきパルヴス』言うんやけど」


フランツ「んー」

「あぁ!」

「それなら寒かったので薪に焼べましたよ」


クレメンス「ほうか」



「それ、ワイの末の妹やねん」


屋根を弾く豪雨の様な絶え間ない銃撃が放たれる。


クレメンス「鏑矢には物騒やけど死合開始にさせて貰うで」


巨躯の戦士二人の後ろに潜む様な陣形で武士が続く。

後方では弓を引き絞る少女と砲形の魔道具を構える三ツ目猫が発射の時に備えている。


怨嗟の鎖を断ち切ろうと7本の鉄鋏の死闘が始まった。



次回   『And 7』

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