リリー53(十七歳)98エンディング



  カーンカーンと軽い鐘の音が鳴り響く。


  大通りの公園の横、ナイトグランドが経営する競り会場の更に奥に進むと、街中の一角が森になっている。


  設置された真新しい処刑台。赤外套の祭司たちは、首にかけられた縄、頼りない細い板の足場の上に青ざめた顔でゆらゆらと立っていた。


  ざわざわと見学人が集う中、見上げる美しい顔の少年は、人相が変わりくたびれた老人の顔をしっかりと見つめていた。


  国難を呼び寄せた祭司たちは舌を抜かれ、何も主張することは出来ない。


  処刑部隊が振り上げる手が下げられると、罪人の乗る一本の板が蹴り外された。


  ガターーーーンッ!!


  悲鳴と歓声が沸き起こる森の中。ぶら下がった者達に石をぶつける者、笑う者、唾棄する者たちを横目に、老人の死を確認した少年は背を向ける。


  後方でそれを見ていた旅外套の二人の男。その真横を過ぎると、少年は街の雑踏に消えていった。


  「これで、上位祭司は全て処刑された。灰外套の下位祭司は、これから罪の重さで刑罰が決まるそうだ」


  自分に何も与えなかった者達がこの世から居なくなっても、なんの感慨も無い。今もぶら下がるままのオーカンを見つめた黒の瞳は、隣の男に話しかけた。


  「北のセントーラ聖王国からの進軍は、演習から、同盟国への援軍だと捏造されて伝わっている」


  「二百年ほど国を維持しているのです。王族の思い通りにならないものは、今も昔も左右だけ」


  悪事を境会の仕業と処断したが、今も奴隷は残ったまま。二人の外套の男は、ぶら下がる罪人たちを遠目に眺めていたが、ふと一人が呟いた。


  「貴方は、戻らないのか?」


 

 *

 


  瓦解する魔法紋が降る森の中で、光る魔方陣の中に踏み込もうとしたセオルにエンヴィーは首を傾げた。


  「ダナーの令嬢でなければ、意味がない」


  「いえ、向こう側に行くのは、リリー様よりも、私の方が適任です」

 

  「……実はもう、魔方陣は閉じかけている」


  「ならば、空のあれは?」


  「直に消えるかと」


  一息吐いたセオルは、エンヴィーの背後にあるもう一つの魔方陣に気が付いた。


  「それは?」


  「これは転移魔方陣。ここはどうでもよくなったので、令嬢を連れてこの場から去ろうと思っていました」


  「は!? 異界へ送ると言ったはず、」


  「嘘です。だから私にとって、貴方では意味がないのに」


  エンヴィーはリリーに目を移す。そしてセオルは、自分の立場を思い出した。


  国の有事の最中行われた、境会による右側への攻撃。第二王子と呼ばれ、ダナーに追われる自分は、王家の火種となるかもしれない。


  「…………」


  満ち溢れる光。塞がり始めた魔方陣を過ぎ去って、この場から去ろうとするエンヴィーの、後をセオルは追って輪の中に飛び込んだ。


 *


  「私の存在は、場を荒らす。……これで良かったのです」


  「令嬢は、貴方ばかり見ていたが?」


  吹き抜けた風を見上げると、木々の切れ間に空の蒼が見える。


  「…………私は、陰ながらあの方のご無事を見守っていきます」



 **



  ーー『お姉さん、これ、クリアしたよ』


  ーー『ああ、ありがとう。どうだった? エンディング。スチル全部埋まった?』


  ーー『ううん。バッドエンドとノーマルエンドだけ。ハッピーエンドは、お姉さんが自分でやりなよ』


  ーー『えー? まさか残しておいてくれたの? って、……あれ?』


  ーー「?」


  ーー「なんか、大きくなってない?」


  ーー「そうですね、私、もう大人です」


  ーー「…………そう、そうか、そうだよね。大人だよ、大人になれたんだよね! 良かった、良かったよ、本当に……」


  ハッ。


  夢見てた。


  隣のあの子が大きくなって、そしてにっこり私を見つめた夢。


  でも顔は、はっきりと思い出せない。


  どこかで見たことあるような、ないような、でも優しそうな笑顔だった気がする。


  夕食前にうたた寝してた。口許が湿っとしたからヨダレをたしかめる。


  (……危ない。もう少しでソファーに染みてた……ん?)


  見上げると、上の兄がクールな瞳でこちらを見下ろしていた。



 **



  「グレイお兄様も、夢かと思った」


  「寝ぼけるな」


  「お帰りなさい」


  長椅子に寝転がる妹に、グレインフェルドは軽く頷く。

 

  「領地はどうでしたか? 皆と、お母様は? お父様も戻られたと聞きました」


  グレインフェルドの差し出した手を掴み、リリーはぐっと身体を起こす。


  「皆、問題ない」


  微笑んだ兄を見て、にっこり返したリリーだが、ふと顔を曇らせた。

 

  「グレイお兄様、セオルの事なのだけれど…」


  「全てメルヴィウスから聞いている。……彼が、お前を庇い、境会アンセーマと繋がっていなかったことも」


  「誤解がとけて良かったわ。ありがとう、お兄様」


  言って笑ったリリーは、どこか悲しげな顔をする。そこで膝にあった本がスルリと床に落ちて開かれた。


  ーーバサリ。


  グレインフェルドの後からやって来た二人。本を拾ったファンが、中身を見て首を傾げた。


  「何かの、呪文…?」


  開かれたページには、見たこともない文字がびっしりと書き込まれ、一つも意味が分からない。


  「それは、リリーだけの秘密の暗号文」


  覗き込んだメルヴィウスが、「まだ書いていたのか」と呆れてページをパラパラと捲った。


  「やっぱり、何書いてあるか、さっぱり分からないな」


  「ご存知? 皆さまって、書いてあるの」


  「皆さま? 演説でもするのか?」


  「書いたり読んだりが好きな皆さまに小説を披露しようかと思って、現在の出来事を書きためているのよ」


  「??」


  無言になった三人は、改めて角ばる文字を見つめる。


  「この規則的な文字の羅列は、小説というより諜報で役に立つ」


  「きっと魔方陣も画けます!」


  「……」


  真顔でグレインフェルドに推薦され、ファンからは慰めの励ましを受けた。無言で本を返したメルヴィウスを見て、リリーは片方の眉を上げる。


  「冗談です。ただの乙女の日記帳よ」


  「クレオが食事の時間だと待ってるぞ」


  「クレーが来てるの?」


  ダナーの城では幼少期に常に傍にいた白髪金目の世話係。同じ時、リリーの傍にいた優しい教育係を思い出して、蒼い瞳は何かを思って空を眺めた。それを見たメルヴィウスは、わざとリリーを半目に睨んだ。


  「……アローとの入れ替わり。こっちの執事頭。クレオに甘えすぎるなよ」


  「しないわよ。ファンくんの前で、変なこと言わないで。私ももう、大人なの。行きましょう、ファンくん」


  長椅子から立ち上がり、青のドレスの裾はフワリと花の様に広がる。ファンと共にテラスに移動するリリーの後ろ姿。それを見送ったグレインフェルドは、思い出して呼び止めた。


  「また、学院に通い始めたと聞いたが…」


  振り返ったリリーは、兄の問いに満面の笑顔で胸を張る。



  「今からが本当の学院生活。今度こそ、自分わたしが主人公なのだから」


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