アーナスター編

81

*フィエル編、アーナスター編、グランディア編は一部登場人物が異なるだけで重複します。内容に大きな変更はありません。



  右側ダナーへの支援に志願したアーナスターだったが、ギルドの総帥である父親に左側アトワに行けと命じられた。


  前線はハーツ騎士団の鉄壁の防御により敵国バックスは疲弊し、結果は既に見えてきている。


  心は常にリリーを想い、今もお揃いで身に付けている、神獣の護りのブローチを手で確かめた。


  「次代、アトワの指揮官がこちらに来ます」


  「ん」


  興味の無い対象に、気の無い返事でやり過ごす。だがそこに、茶色の伝令鳥が飛来した。筒から取り出した印章を見て、アーナスターの側近の男は沈黙した。


  「本家から?」


   問われた部下は口ごもったが、「グラエンスラー様です」と差し出した。


  「兄さんが?」


  目の前にやって来たフィエルにも構わず、筒の手紙を開いて読む。それにアーナスターは息を詰めた。


  「次代?」


  「私は、王都に戻ります」


  「何を言われる?」


  ラエルの厳しい問いかけも無視したアーナスターだが、ふと総帥の言葉を思い出した。


  ーー「今回左側アトワを支援することは、右側ダナーのためにもなる」


  内容を確認した側近は逡巡するアーナスターを見て「この場はお任せ下さい」と背を押した。


  「ナイトグランドの指揮官が部隊から抜けるとは何事か!」


  挨拶もなく馬を走らせたアーナスターに、進み出た怒れるラエルを部下の男が遮った。


  「白の大公子殿下と、ライツフェル公子殿下にご無礼をお詫び致します。ですが、こちらを」


  筒の中にあった二枚の内の一枚。渡された内容に、フィエルは軽く赤い瞳を見開いた。「南ダエリアとの交易権です。ハーツ大公領と南の交流に、お役立て下さい」


  指揮官の突然の離脱の代わりに、交易の無かったダエリア諸島との橋渡しとなると申し出た。


  最早先の見えた戦況、後方支援者の罪を問うよりも、フィエルは戦後の利益にこの場を見なかった事にした。



 **



  妹の外出を窓から見送ったメルヴィウスは、青空を覆い隠す雲を見上げると、柱時計に目を移した。


  「ダナーは、ローデルートの部隊がそろそろ国境線に到着するはずだ」


  「はい。クレルベ卿の部隊も、昨晩デオローダ領に入ったそうです」


  書類の束を手にしたルールも、メルヴィウスに同調して頷いた。


  「蛮族国相手に、我が母上は戦いを長引かせたりしない」



  **


 

  両軍は睨み合い、膠着状態が続いている。だが互いに部隊が増員し続けるなか、パイオドが陣形を変え左右に割れると、新たに現れた黒の騎士団、その掲げる家紋にトイ国の部隊長は息を飲んだ。


  「ここでグラン・グラスを出して来るとは、奴ら、これ以上遊ぶ気は無いようだ」


  ステイ大公領において、グラスの最終擁護官と称されるグラン家。死神と謳われるダナーの中では、慈悲があり、最後まで罪人や敵を庇うと印象付けられているがその実は違う。


  捕虜を一切必要としない、死すべき者の行く手を阻まない殲滅部隊。


  指揮に立つローデルートは、美しい灰色の馬の背、碧の瞳をひたりとトイ国の前線を見つめると、進撃に片手を上げた。



  **



  「学院の下見はどうだった?」


  「下見、ですか?」


  「絶対に通わなければならない場所でもないけれど、経験してみるのは良いことだと思う。良い出会いも悪い出会いも、ファンくんの経験値が増えるから。最近通い始めた私の台詞ではないけれど」


  「……でも、奴隷は学院には通えません」


  「……そうね、奴隷の皆さまは、今直ぐ通えない。でもそれは、きっと変わるから」


  「?」


  「奴隷の皆さまも、貴族も庶民も、お金があってもなくても、いつか皆が通えるようになる。教育は国のためになるのだから、国が先行投資でお金を払えば問題ないわ。国、というか国王陛下がね」


  「……」


  周囲の者たちは聞かなかったことにしたが、リリーの根拠の無い発言を、ファンは心に焼き付ける。用意された菓子を全て平らげると、リリーは本来の目的を思い浮かべてにっこり微笑んだ。


  「では見学の最後は、を見に行きましょうか」


  校庭の森を抜けると、目印の境界線から向こう側は、境会の大聖堂を囲む森に繋がっている。小高い丘に出たリリーとファンは、森に囲まれた豪奢な大聖堂とその奥の王宮を眺めた。


  「学院内から王宮までも遠いけれど、外側の森からでは更に遠くなるのね」


  やれやれと丘の上で腰に手をあてた。リリーの姿にナーラは眉をひそめたが、ファンは間近に見えた三叉の矛を恐怖に見上げる。


  遠く街から眺めていたよりも、より一層不気味に赤く輝く異様な姿。


  「姫様、そろそろ屋敷に戻りましょう」


  「ナーラ様、少し息を整えてからね」


  森の散歩に息を切らすのはリリーだけ。少年ファンと辺りを見回す護衛たちは、何の疲れも見せてはいない。


  「リリー様、」


  再び赤い矛を怪訝に見上げたファンだったが、リリーは、背後のナーラに気付かれない様に片目を瞑った。


  「どう? 近くで見た、悪意の象徴」


  「え?」


  「発信源まで来れば、根元からブチッと切れるのではないかと思って来てみたの」


  他には何も考えてはいない。だが思ったよりも遠くに位置する境会の場所を見て、リリーは「今日は無理ね」と潔く諦めた。


  「では戻りましょう」


  背後の護衛たちを振り返ったリリーはぎくりと身を固めた。近くに居たナーラ、その後ろに居たエレクトとメイヴァー、更に周辺を見回っていた彼らの部下達が、一斉に地に伏している。


  何かに押さえ付けられるように身を伏せて、それからようやく顔だけを上げたナーラは苦鳴と共に呟いた。


  「ひ、姫さま、お逃げ下さぃ…」


  「!?」


  真横を見ると、ファンも横たわっている。


  「どうしたの、皆さま、ファンくん、ナーラ様、エレクト様、メイヴァー様、」


  おろおろとファンの身体を起こそうと手を伸ばす。だが森から現れた人影、リリーは自分を取り囲む灰色の外套たちを見回した。

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