フィエル編

81

*フィエル編、アーナスター編、グランディア編は一部登場人物が異なるだけで重複します。内容に大きな変更はありません。




  前線はハーツ騎士団の鉄壁の防御により敵国バックスは疲弊し、結果は既に見えてきている。


  学院から領地ハーツに向かっていたフィエルは、途中でナイトグランドによる補給部隊と合流した。


  軍隊の生命線を握る補給部隊。今回、その多くを引き受けたナイトグランドギルドの支援は大きい。


  「あそこに見えるのはアーナスター・ナイトグランドだな?」


  声をかけに向かおうと思い馬首を返したフィエルだが、そこに白の伝令鳥が舞い降りた。筒の中の内容にその場で動かなくなった主を見て、側近のラエルが内容を訊ねる。


  「境会アンセーマを調べさせていた手の者からだ。この戦下に乗じて、右側ダナーの令嬢の暗殺計画を入手したらしい」


  発した言葉に力が無い。むしろ喜ぶべき内容ではと、言いかけたラエルだったが、自分を呼び止めたリリーの姿を思い出した。


  ーー「左右問題あれ落とし物これは別なのよ」


  にっこりと笑ったリリーの姿に、学院内では気のせいだと思い込もうとしていた、黒髪を追っていた主の赤い瞳が重なった。


  「フィエル様、実は境会アンセーマを調べた中で、廃位された王女エルストラが祭司とやり取りしていた内容がありました」


  「エルストラ? あの者を、階段から突き落とした王女か?」


  「はい。境会やつらは、かなり以前からダナーの令嬢を狙っていたと考えられます。ここは私にお任せ下さい」


  「?」


  「右側ダナーに止めを刺すのは、左側われらの仕事です。境会アンセーマなどに、先を越されてはなりません」



 **



  妹の外出を窓から見送ったメルヴィウスは、青空を覆い隠す雲を見上げると、柱時計に目を移した。


  「ダナーは、ローデルートの部隊がそろそろ国境線に到着するはずだ」


  「はい。クレルベ卿の部隊も、昨晩デオローダ領に入ったそうです」


  書類の束を手にしたルールも、メルヴィウスに同調して頷いた。


  「蛮族国相手に、我が母上は戦いを長引かせたりしない」



 **


 

  両軍は睨み合い、膠着状態が続いている。だが互いに部隊が増員し続けるなか、パイオドが陣形を変え左右に割れると、新たに現れた黒の騎士団、その掲げる家紋にトイ国の部隊長は息を飲んだ。


  「ここでグラン・グラスを出して来るとは、奴ら、これ以上遊ぶ気は無いようだ」


  ステイ大公領において、グラスの最終擁護官と称されるグラン家。死神と謳われるダナーの中では、慈悲があり、最後まで罪人や敵を庇うと印象付けられているがその実は違う。


  捕虜を一切必要としない、死すべき者の行く手を阻まない殲滅部隊。


  指揮に立つローデルートは、美しい灰色の馬の背、碧の瞳をひたりとトイ国の前線を見つめると、進撃に片手を上げた。



  **



  「学院の下見はどうだった?」


  「下見、ですか?」


  「絶対に通わなければならない場所でもないけれど、経験してみるのは良いことだと思う。良い出会いも悪い出会いも、ファンくんの経験値が増えるから。最近通い始めた私の台詞ではないけれど」


  「……でも、奴隷は学院には通えません」


  「……そうね、奴隷の皆さまは、今直ぐ通えない。でもそれは、きっと変わるから」


  「?」


  「奴隷の皆さまも、貴族も庶民も、お金があってもなくても、いつか皆が通えるようになる。教育は国のためになるのだから、国が先行投資でお金を払えば問題ないわ。国、というか国王陛下がね」


  「……」


  周囲の者たちは聞かなかったことにしたが、リリーの根拠の無い発言を、ファンは心に焼き付ける。用意された菓子を全て平らげると、リリーは本来の目的を思い浮かべてにっこり微笑んだ。


  「では見学の最後は、を見に行きましょうか」


  校庭の森を抜けると、目印の境界線から向こう側は、境会の大聖堂を囲む森に繋がっている。小高い丘に出たリリーとファンは、森に囲まれた豪奢な大聖堂とその奥の王宮を眺めた。


  「学院内から王宮までも遠いけれど、外側の森からでは更に遠くなるのね」


  やれやれと丘の上で腰に手をあてた。リリーの姿にナーラは眉をひそめたが、ファンは間近に見えた三叉の矛を恐怖に見上げる。


  遠く街から眺めていたよりも、より一層不気味に赤く輝く異様な姿。


  「姫様、そろそろ屋敷に戻りましょう」


  「ナーラ様、少し息を整えてからね」


  森の散歩に息を切らすのはリリーだけ。少年ファンと辺りを見回す護衛たちは、何の疲れも見せてはいない。


  「リリー様、」


  再び赤い矛を怪訝に見上げたファンだったが、リリーは、背後のナーラに気付かれない様に片目を瞑った。


  「どう? 近くで見た、悪意の象徴」


  「え?」


  「発信源まで来れば、根元からブチッと切れるのではないかと思って来てみたの」


  他には何も考えてはいない。だが思ったよりも遠くに位置する境会の場所を見て、リリーは「今日は無理ね」と潔く諦めた。


  「では戻りましょう」


   背後の護衛たちを振り返ったリリーはぎくりと身を固めた。近くに居たナーラ、その後ろに居たエレクトとメイヴァー、更に周辺を見回っていた彼らの部下達が、一斉に地に伏している。


  何かに押さえ付けられるように身を伏せて、それからようやく顔だけを上げたナーラは苦鳴と共に呟いた。


  「ひ、姫さま、お逃げ下さぃ…」


  「!?」


  真横を見ると、ファンも横たわっている。


  「どうしたの、皆さま、ファンくん、ナーラ様、エレクト様、メイヴァー様、」


  おろおろとファンの身体を起こそうと手を伸ばす。だが森から現れた人影、リリーは自分を取り囲む灰色の外套たちを見回した。


 

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