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  スクラローサとアーナスターの追手から逃れてはいるが、自由気ままに国内外を行き来できる道を知っている。


  オルガンは、長年の結界で鎖国化し、歪んだスクラローサ王国を船上から眺めていた。


  およそ二百年前、当時は他国に普及していなかった保温庫、保冷庫、冷風機、温風機。境会アンセーマの聖女が国に与える知識として、不定期に行われる発表会。


  それらをスクラローサ王族が先立って使用し先進的だと謳われたが、スクラローサ貴族は見せびらかすだけで独占し、国民や外国への輸出をしなかった。


  やがて時と共に、他国でも同じ様な物が開発され、広く国民に行き渡り、競うように新製品が開発される。


  結果、聖女の作り出す目新しい商品を、先進的な技術だと傲り独占していたスクラローサは様々な開発に乗り遅れ、今では閉鎖的な島国の様に浮いていた。

 

  「境会アンセーマが、代々フェアリーという聖女を崇め、利用し、今でも他国への輸出入などを規制し害を与えている。正常な取引が出来ないスクラローサは、残念だ」


  そしてスクラローサの後進は、貴族の娯楽商品に力を入れて、一般庶民の生活を改善する商品の普及が、著しく低い点にもあった。


  王宮内にある境会の大聖堂。その上空には結界である欠けた三叉の矛が不気味に浮かんでいる。


  「まあ、あれだけは、他国に無くて独特だが」


  「次代、トイの王子からの封書です」


  「来ちゃったか……。開戦してるのに、王子は暇だね…」


  開いた手紙を見たオルガンは、片手を首に溜め息を吐いた。


  「参ったね。例の貢ぎ物、黒の姫様に似てないって怒ってるよ」


  「トイの王子は、令嬢と会ったことがあるんですか?」


  「無いだろう。だが、今は通学されているからなー…」


  王都の学院に通うリリーの美しさは、絵姿となって国内外に知れ渡っている。


  「あの人なら、本物を寄越せって、収まりつかないんじゃ」


  「本物は、もう渡すわけにはいかないからな」


  オルガンが今まで接したことの無い稀有な少女。


  「取りあえず、島に着いたら別の者を早急に用意しろ。黒髪、青い目、美人。それでもう一回、様子を見よう」



 **



  「あなた!」


  何か聞こえた。


  長い廊下を、右側てきと会話をしていたフィエル。それに納得がいかず、かといってどうする事も出来なかった。苛立ちを通り越して困惑し続けているラエルは、かけられた声に気付かなかった。


  「ラエル・フライツフェイス・ソートギア公子!」


  「!?」


  厳しい呼び掛けに振り返ると、頭から離れなかった黒髪の令嬢が立っている。そして驚くラエルに、スッと握りこぶしを突き出した。


  「落としたわよ」


  「??」


  握られた手、落としたという内容に、反射的に受け取る手の平を出してしまった。するとポトリと落とされたのはフライツフェイス家の家紋のブローチ。


  自分ならば、右側ダナー一門の家紋は落ちていても拾わない。むしろ蹴り飛ばすか踏みつけるのが当たり前だと思っている。


  「なんで、」


  「左右問題あれ落とし物これは別なのよ」


  言ってリリーはにっこり笑って歩き去る。後ろに従っていたエレクトは侮蔑の目線で睨んで踵を返したが、ラエルは揺れる黒髪を呆然と見送ってしまった。


  「……」


  そして手の平の大切な家紋を見つめ、同時に初めて見たリリーの笑顔を思い出し、赤くなった顔を見られない様に何もない壁を見つめた。


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