68


 

  学院までの長い廊下。一人で戻ろうと思っていたが、フィエルは、とぼとぼと歩き肩を落とすリリーを見る。


  「……」


  家と家との婚約結婚は当たり前の話なのだが、当事者たちは、それをいちいち言葉に出したりはしない。


  (…………)


  それをあえてグランディアに口に出された憐れなリリー。その覇気の無い姿に苛立ち、フィエルは声をかけた。


  「おい、目障り「やっぱりおかしいわ」


  「?」


  「国王様は善良な方だと言われるのに、なんで奴隷を許すのか」


  「??」


  「やっぱり、国王様一人の負担が大きすぎて、他に目が届いていないのではないかしら?」


  「なんの話をしている?」


  「隅々まで『サービス』が行き届かないっていうか、国王様一人では、限界があるのよ」


  「意味のわからない、右側いなかの方言を止めろ。お前、今、王政への不満を口にしたのか?」


  「不満というか、右側うちにも左側そちらにも奴隷はいないでしょ? それが王都に居ることが、おかしいと貴方も思わないの?」


  「……」


  危険な思想だが、面白い話を始めた。リリーはグランディアの言葉に傷つき落ち込んでいるかと思っていたが、そうではないらしい。


  「王政を廃止したいのか? それともスクラローサを侵略したいのか?」


  「何を言っているの? 王政…、というか国民が皆で国の事を考えた方が、良い発想が多いでしょう?」


  「民の声を聞く事は当たり前だが、お前の言い方では、国王は仕事が出来ないから、王政を廃止して、国民主導で動けばいいと、そう言ったとも取れるのだぞ? 過激派の言い訳だ」


  「王政の廃止? 国民主導?」


  「そんな幻想に意味はない。王と名乗る支配者に代わり、新たに民衆を纏める指導者、その周りの組織が王の代わりに利益を得るだけだ」


  「違うわよ、そうではなくて、ステイ領うちもお父様や周りの人達が、領民の代表者とよくお話してるという話なのよ。……まあでも、上に立つ者を国民皆が決めるという、民主主導は先進的よね」


  「国民が上に立つ者を決める民主主導? ……それは支配者は民意によって選出され、民意が決めたのだからと責任を民意に押し付ける事が出来るな」


  「あー言えばこう言うのね」


  蒼い瞳は、いつもの目付きでフンッと横を向いた。それにフィエルは口元を少し緩ませる。しばらく無言で歩いたが、まだ着かない学院入り口。ふと、最近ハーツ領内での気になる話題を思い出した。


  「……そう言えば、右側そちらは、春になると山大鹿ヘンムが増えるな?」


  「召し上がったこと、ありますの?」


  「食べるわけがない。臭みが強くて不味いと聞いた。ハーツ領では上品な大山羊ソワス肉しか頂かないのだよ」


  「残念ね。大山鹿ヘンムのお肉はぶ厚くて、脂がジュワって出てきてとっても美味しいのに。左側そちらには、腕の良い調理人が居ないみたい」


  「君こそ大山羊ソワスを食べたことはあるのか?」


  「……ないわね」


  「信じられないね。あの素晴らしい肉を食したことが無いなんて」


  「うちの大山鹿ヘンムだって、春に狩るお肉は柔らかくって、臭みもなくて、領内でお祭りするくらい沢山食べて人気なの!」


  ムキになったリリーだが、そうだと思い出してフィエルを見て憐れんだ。


  「残念ね。大山鹿ヘンム、今年は少なめだから、食べたいって言っても貴方の分は無いかも」


  「……」


  ハーツ領では、国境付近で不自然に大山羊などの野生動物が減少した事から、隣国バックスの行動を注視している。右側ダナーでも同じ様に動物が減少した事に、フィエルはあることを考えた。



 **



  苛立ちにエンヴィーを暴行した。ラエルは、未だに怒りが腹の中に燻っている。


  (境会アンセーマごときのせいで、フィエル様が私たちを疑う事になるとは)


  ようやく見えてきた主の姿、だがそこに、信じられないものを見た。


  「なぜ」


  同じことを思った、右側ダナーのエレクトが呟いた。目の前の長い廊下、フィエルの横にはリリー。二人は和やかに会話をしながらこちらに向かって歩いてくる。


  たどり着いた学院通路。


  「どうされたのですか?」


  ラエルは、衝撃が強すぎてリリーに駆け寄るエレクトより出遅れた。そして振り返った令嬢は、なぜか腕を組んでフィエルを見上げる。


  「そうね、味見をしたいのならば、仲良くしてあげましょうか?」


  「大山羊ソワスの味見をしたければ、そちらが先に山大鹿ヘンムの肉を私に献上するがいい」


言って笑ったフィエルを、ラエルは呆然と見つめた。


 

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